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ハルキさんの人脈

60歳前後に見えるその女性は、きりの良いところで食事の手を止めてこちらを見た。


「あなたがマサコさん?」


「そうだ。あなたは?」


名前を呼ばれたので俺はゾッとした。なぜ俺を知っている?

レイナさんが


「では私はこれで」


と言ってラショウモン君を促し立ち去ろうとすると


「いいえ、証人がいた方が良いわ」


と引き止めて


「私はモモカ」


彼女は俺に言った。


「あなたにお礼を言いたかったのよ」


「お礼?

でも俺はあなたに会ったことがないと思う」


「ええ。私たちは今日、初めて会ったわ。

お礼というのは、あなたがリョウマさんに話してくれた事。

あなたが言った事が私たちを助けてくれた。ありがとう」


モモカと名乗った人物は落ち着いた口調で言った。

その言葉で俺には彼女の立場がだいたいわかった。

彼女は『犯権会』の中の、ある程度えらい立場にある。


どうしてわかったかといえば、俺が最近リョウマさんに話した事なんて一つしかないからだ。

つまりスケナリの逃亡を助けるために、犯権会の関連会社で行われていた『人権侵害』について『告発』した話である。


被害者の家族でなければ、その関連会社を監督する立場の人物だと言える。



俺は衝撃を顔に出すまいとしたが、多少ひきつってしまったかもしれない。

リョウマさんにあれほど『匿名で』と念を押しておいたのに、どうして俺の名前が関係者に伝わったのだ?


リョウマさんにもモモカは礼を言いたいと言って近付いたのだろうか?それとも何かハッタリでもかましたか?

どちらにしても、そんなものに騙されたとしたら彼女は『リスクヘッジ・アドバイザー』失格だ。


そして騙されたわけではないなら、彼女が犯権会にわざと情報を漏らしたということだ。


彼女に、スケナリをかくまっていると打ち明けなくて本当に正解だった。



俺は『何のことかわからない』と言ってとぼけようかとも思ったが、やめた。

嘘つきだと思われて警戒されるのが関の山だと思ったからだ。


俺がリョウマさんに話した内容を彼女がどこまで知っているのかわからない。

彼女が親切に教えてくれるとも思えないし、質問がハッタリかどうか見極めようとしても意味がないだろう。


「俺がリョウマさんに最近話したことは一つしかない。

だけどそれは、匿名にして欲しいと言ったはずの話だ。

リョウマさんが俺の名前を言った?」


俺は正直者のふりをして質問してみた。

モモカは俺の質問に答えなかった。リョウマさんから直接俺の名前を聞いたわけではないのかもしれない。


しかしリョウマさんでないとしたら、『当番派』のマネジャーの誰かしかない。

ハルキさんだろうか?

あとで確かめる価値はある。



「私たちの組織は内部調査を行ったわ。あなたが耳にした噂は、事実だった」


彼女は言った。


「被害者も特定したわよ。

彼は、私物を隠された状態で同僚に監視されていた。

私たちは彼を助け、関係者とその上司を適正に処分したの。

社長と役員も交代させたわ」


被害者を特定したとは、成果を報告しているかのような言い方をしているが、まるで脅しだ。


彼女は、被害者がいつどこで愚痴を言ったか調査済だということをほのめかしているのだ。

つまり俺の『友人』がそれをいつどこで聞いたのか特定できる。

だから逆算してその『友人』が誰なのか特定できているのだ、と。


俺に恐れを抱かせたいのだろう。


彼女は被害者の同僚の一人であったスケナリが職場から逃亡したことを把握しているだろう。

俺の言う『友人』こそスケナリであると、すでに確信しているかもしれない。


彼女はどこまで推理を進めているだろうか?

スケナリがうちにいることにまでは気付いていないだろうけれど、俺が何か隠していると思っているかもしれない。


スケナリの足取りを辿れない以上、最後の確かな接触者は俺という事になるのだ。



「リョウマさんに言うには言ったけど、そんな事が本当にあるとは俺は思っていなかった。

私物を取り上げられて監視されるなんて、そこまでひどい状態になっていたとは驚いた」


俺は言った。

リョウマさんと話した時、俺は被害者についてあくまで愚痴を間接的に聞いただけで、真相を知らないことにしていた。

だからつじつまを合わせるためにそう言った。


彼女は頷いた。


「本当とは思えなかったのね。

そうでしょう。今の若い人には信じられない事かもしれないわ。

でもあなたは、もしかしたら本当かもしれないと思ったのね。だから誰かに相談したかった。

そういう事ね?」


「そうだ。

嘘の愚痴を言う人は普通いないだろうと思った」


「あなたが、通報するのではなく相談する選択をしたのは正しかったわ。

私たちは組織の中で処分を行った。

そして通報しなかったから、事件はニュースにならずにすんだ」


「ニュースになったら困るのか?

適正に処分を行ったなら、知られても困る事はなさそうだけど」


「政府の関連企業に、よりによって人権に関わる不祥事があったらどうなると思う?

わかるでしょ。

今は大切な時。私たちは政権の足を引っ張りたくないの」


彼女は初めて、犯権会政権とのつながりを認めた。

俺が黙ると、彼女は満足そうに微笑んだ。


「事実だとわかった今、改めて通報しようと思う?」


「いや、思わない。

事実だとあなたが言っているだけで、俺は証拠を見たわけでもないし。

そもそも『自作自演罰金』を払いたくなかったから俺は通報しなかったんだ」


俺がそう言うと、モモカは声を出して笑った。


笑い事ではない。


自作自演罰金はもともと警察のしくみとしてあった。

だが、犯権会がその適用範囲を広げる法案を成立させてしまったのだ。


法案は自作自演かどうかの線引きをあいまいにしたので、それが人々によりいっそう通報をためらわせる原因になっていた。



「お礼と言っておいて、つい脇道の話をしてしまったわね。

一番伝えたい事を言うわ。

今回、処分の対象になった人たちは私たちの組織の中でも、ワガママを言ってはばをきかせてきた困った人たちだったのよ。

だから彼らが犯した過ちに、早く気付くことができてよかった」


彼女は言った。

組織の中でも困った人たちだと。

犯権会は一枚岩ではないということだ。


スケナリもそう言っていたが、これで彼らの派閥争いがいかに激しいかよくわかる。

彼らは犯権会の中で、権力闘争をしているのだ。


それが一番言いたいことだとは呆れる話だ。

ようするに、ライバルを蹴落とすきっかけを作ってくれてありがとうと彼女は言っているのだ。

人権は二の次という事だ。


そんな事を平気で言えるのが犯権会の人間か。



派閥としては、彼女はスケナリの元上司や、その上にいるらしい『レイさん』とは敵というわけだ。


それなら、彼女はスケナリの味方になり得るか?

取引できる相手なのか?


いや、そんなことはない。

彼女はスケナリを、犯権会の内部事情を暴露しかねない危険な存在だと考えているだろう。

だからやっぱり敵だ。



モモカは俺に敵認定されているとは自覚していない様子で言った。


「マサコさん、これからも何か気付いたら私たちに教えてちょうだいね」


「うん、機会があれば」


「それから、お友達にも私が感謝してたって伝えて」


そう言って彼女は一歩踏み込んできた。

俺は


「友達って、リョウマさんに言った事の元になった噂を耳にした奴のことか?

それなら、俺はそいつが今どこにいるか知らない」


と答えた。

それは事実だ。

だってその友人というのは、スケナリが考え出した架空の人物なのだから。


架空の人物がどこにいるか、誰がわかる?


「あら、親友じゃないの?」


親友、と彼女は言った。

やっぱり彼女は俺がスケナリから直接話を聞いたと思っているのだと、このセリフからもわかる。


俺は彼女の誤解を誘うために、スケナリを俺の視点ではなく世間一般の視点から説明した。


「しばらくみんなと連絡取れないと思うとか言ってたし。

外国と日本を行ったり来たりしてるらしいから」


「そうなのね。でもありがとう、参考になったわ」



ようやくモモカから解放されて俺は静かなところで頭を整理したい気分だったが、モモカが座っているところが会場で一番静かなのだった。


俺は仕方なく、レイナさんとラショウモン君と一緒に人混みの中に戻り、軽く飲み食いして調子を整えた。

しばらく三人とも無言だった。


「急にごめんね」


ひと息ついてレイナさんが言った。


「あなたを彼女に会わせて欲しいってハルキさんに頼まれてたの。

彼女は政権に近い人なんだって」


犯権会とのつながりを持ち出されると、頼まれた事を断りにくい。

そんな、古代の『王様の名前を出せば何でも頼める』みたいな良くない状態が日本に広がりつつあった。


『当番派』のマネジャーの一人であるレイナさんですらそうなのだ。

ハルキさんに至っては、頼み事をする側に回ってしまった。

これはひどすぎないか?


「彼女はリョウマさんを知っている様子だったけど、本当だろうか?」


「本当よ。二人ともハルキさんの古くからの知り合いらしいわ。

リョウマさんをうちのアドバイザーに推薦したのはそもそもハルキさんだったの」


「なんだって?ハルキさんの人脈って本当に幅が広すぎるな」


「そうね。ここにいる誰もが同じように思っているんじゃないかしら?」



「守秘義務を守れないアドバイザーってどうなの?本当にプロなの?」


ラショウモン君がフライドスワンをかじりながら言った。

俺は頷いた。


「それ、俺も詳しく聞きたいんだよね。

リョウマさんにも直接聞きたいけど、ハルキさんとも話したい。

レイナさん、ここでは話せないだろうから、数日以内に時間を作って欲しいんだけど。

彼女に俺の名前を伝えたのは誰か、どうして伝えたのか、教えて欲しいから。

あと、どうして俺が彼女に会うことになったのか。

俺に予告しなかったのは何のためなのか、それも聞きたい」


レイナさんは一瞬、何か言いたそうな表情を浮かべたが


「できるだけ早く時間を作るように、ハルキさんに言っておくわね」


とだけ答えた。


「レイナさんは案内を頼まれただけ?」


「そうね。ユウキさんはオンライン参加だし、ケントさんは受付を手伝ってる。

私なら会場で動けるから」


「彼女があんなところにいなければ、このあとの行動とか誰が近付くかとかさりげなく見張れたんだけどな。

場所の指定もやっぱりハルキさん?」


「ええ」


「彼女はVIPってことか。

なんか奥にドアがありそうだったし、こっちの通路を通らなくても外に出れそうだったな」


俺がそう感想を言うと


「えーっ?そんなこと、よく見てたね」


ラショウモン君がわくわくした様子で言った。


「確かめに行ってみない?」


「確かめに?

彼女にまた会うのは気が進まないけど…そうか。

『また何かあったら教えて、とさっき言われたけど、連絡先を聞くのを忘れたから』って言ってみようか。

彼女はきっと、リョウマさんに言えば良いと答えるだろう」


「その間に、僕がなにげなく隠しドアを探すよ」


「いいね」


レイナさんは乗り気でなさそうだったが一緒に来てくれた。

俺たちは三人でゆっくり来た道を戻った。


すると、通路の先にモモカの姿はなかった。

ただ椅子だけが置いてあった。


「いない…」


壁から吊るされたカーテンの端をめくってみると、目の前に廊下が伸びていた。

俺たちはそれ以上先へ進まず、会場に戻った。


隠しドアどころか、モモカは初めからハルキさんのプライベートスペースを通って出入りしていたことがわかった。



その後、レイナさんはオンラインスペースに挨拶したい人が数人いると言ってそっちに行った。


俺は顔見知りの某私立大学教授と話をした。

ラショウモン君もついてきて、教授に大学の事など質問していた。


すると背後から三人組の女性が近付いてきて俺たちに声をかけた。


「失礼、お二人は兄弟かしら?」


年長の女性が言った。


「いや、友人だ」


「あら残念、お二人は娘たちにぴったりだと思ったのだけれど」


「娘さん?」


「ええ。娘たちと結婚できる兄弟の男性を探しているのよ。

お二人は兄弟はいるの?」


「俺は姉だけ」


「僕は妹だけ」


「まあ、残念。どうぞお気になさらずね」


「…」


「さようなら」


「…さようなら」


この人たちがハルキさんとどういうつながりか俺は知らないし、知りたいとも思わなかった。


彼女たちも、俺たちが誰なのか聞こうともしなかった。この会場にいる人なら誰でも信用できると考えているようだ。

友人の友人だけが集まっていると信じているなら、そう思う事は自然だ。


しかし俺はもう、そうではないことに気付いている。


ここには信用できる人も、信用できない人も同じようにたくさんいる。


ここは社交の場でも何でもない。

ハルキさんにとってどの人も人脈の一角である。しかし、招待客同士を見てみれば、会わない方が良い人々が平気でうろうろしているのだ。


しかし、だからといって招待客が文句を言うのは筋違いだ。

そもそもハルキさんの誕生日を祝うためのパーティーなのだから、ハルキさんにしかメリットがなくても全くかまわないわけだ。


盛大なバースデーパーティーは、彼なりの護身術なのだろう。


ハルキさんはおそらく、敵も味方も一ヶ所に集めて、こう言っているのだ。

俺はこんなに、役に立つ人脈を持っている。つまり話が通じる人間なのだ。だから権力者よ、俺を捨て駒に使わないでくれ。



パーティーの終了時間はまだだが、ちらほら帰る人たちが出始めたので、俺たちも帰ることにした。

楽しくなくなったのだから、最後まで残る義理もないだろう。



渋谷駅でラショウモン君と別れてから、俺はスケナリが無事かどうかハラハラしながら帰宅した。


部屋のドアを開けると、変わった様子は無くまずほっとした。


入り口で念入りに、衣服に付着物がないか…盗撮カメラやら盗聴器やらを張り付けられていないか…チェックする。

問題なし。


手洗いをして顔を上げると、洗面台の鏡にスケナリがヌッと映った。


びっくりした。

彼は確実にニンジャの腕を上げている。


「よかった。生きてたか」


「うん」


「異変は無かったか?」


「ないよ」


「パーティー会場に敵がいた」


「やっぱり」


俺はモモカの話をした。


「嫌な流れだな。

でも、まだ俺がここにいることには気付かれていないようだ」


スケナリはそう言ってウォーキングマシンの上に乗った。

俺が帰宅したから、ウォーキングマシンの使用時刻に記録が残っても良い時間になったと思ったのだろう。


「悪い、ハルキさんの豪邸がものすごく広くて、けっこう歩いたんだ」


「えー。

わかった。今日の運動はストレッチにしておくよ。

しかしモモカって名前、犯権会じゃなくてどこかで聞いた気がするんだな…どこだったかな」


スケナリは言った。


「珍しい名前じゃないからね。

ユキさんの母親もモモカだし」


「ユキさんって誰?」


「解散したアイドルグループ、サクラ・ジョウルリのメンバー」


「あー、はいはい。その人ではないと思うな。

まあ、いいや。

もしかしたら著名人かなと思ったんだよ。

思い出したら言う」


「なるほど著名人だったのかもしれない。気付かなかったけど。

いや、違うか。同席したレイナさんはフリーライターだ。

もしモモカが著名人なら、彼女は知っていたはずだ」


「そっか。じゃあ名前が同じだけかな」


「モモカはともかく、会場には有名な人がたくさんいた。

旧タダヒコ政権の関係者もちらほらいたよ」


「へぇー、そうなんだ。

ハルキさんって人は手当たり次第、人脈を広げてきたのかもね」


「そうかもしれない」


「問題は、俺たちが次にどうすべきかだよ。

俺たちも有名になる作戦でいくべきかな」


「一生逃げ隠れし続けるのは、やっぱり現実的ではないからな」


「うん。

マサコは有名になっちゃった方が安全かもしれない。

俺はどうだろう、犯権会が権力を握ってる間は、隠れていれば探され、有名になればバッシングされる気がする」


「じゃあ、犯権会に勝つしかない」


俺もスケナリも共に普通の生活に戻るためには、犯権会との闘いは避けられない。

俺は改めて、勝つしかないと決意した。


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