表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/66

Birthday party

「マサコさん?今、大丈夫?」


夕方、ユナから連絡があった。

小声なので用件はすぐにわかった。

そう、スケナリの事だ。


「この間、卒業した先輩?が来てマサコさんの住所を聞いて行ったの。すぐ連絡しようと思ったけど遅くなってしまって…」


「いいよ全然。本人から聞いた」


「ごめんなさい、その人、探されているみたいで」


「へぇ?家族とかから?」


「よくわからない。さっき、また『元祖・人さがし本舗』のはっぴを着た人がフラットに来て、全住人に話を聞いて帰ったのよ」


「そうなんだ。残念だけど、うちに来た後どこか行ったよ」


俺はとぼけておいた。

スケナリはうちにいる。俺がいるところから少し離れた床に座って、こちらの様子に注目している。


ただし、ここは転居先だ。

ユナに言った事もまるきり嘘というわけではない。スケナリは俺と一緒に『どこか』へ移動したのだ。


彼女から連絡があったことより、俺は追っ手がそこまでたどり着いたことに危機感を持った。


彼女が言うには、人さがしのスタッフが来たのは3回目だそうだ。


その流れは、こういうことだった。

ちなみに説明の中では便宜上スケナリを名前で示すが、彼女はスケナリの名前を知らない。



最初は、スケナリが彼女を訪れた翌日だった。

大学から帰宅するとき『探知犬っぽい大きな犬を連れた、人さがしの男性』がフラット近くの交差点をうろうろしていた。


そいつは、すれ違う人に静止画らしきものを見せて『この人を昨日か今日、見かけなかった?』と聞き回っていた。


そのとき彼女はそれをスケナリと結びつけなかったので、静止画を覗くこともなく通り過ぎた。



2回目は、その3日後だった。

彼女の部屋から友人二人が帰ろうとしたとき、隣の部屋に『元祖・人さがし本舗』のはっぴを来た人物が二人来ていた。


隣人は『そんな人は知らない』『見たこともない』『何かの間違いだ』を繰り返して、人さがしの男と押し問答していた。

男たちは『ドアノブからも指紋が出ている』『足跡が残っている』と隣人に詰め寄っていた。


怖い感じで、直接言われたわけではない彼女も不快な気持ちになった。


男はユナたち三人を見て、ついでにという感じで話しかけてきた。

『この人を最近、見なかった?』

そう言われて見せられた静止画は、スケナリの顔だった。


彼女はとっさに、表情の変化に気付かれたくないと思い


『うちの大学にも、いなさそうよね?』


と言って友人と顔を見合わせた。

友人が


『ね。見たことないかも』


と答え、それをきっかけに隣人が部屋の中に引っ込んでドアをしめ、男たちは諦めて帰った。

部屋で一人になってから、彼女は3日前の犬連れを思い出し、あれもスケナリを探していたのかと気付いた。

しかし彼女は『大人のことだし、本人が家出したいならそっとしておけばいい』と思って何もしなかった。



そして3回目が今日だ。

人さがしチームは捜索に行き詰まっているらしく、再びユナのいるフラットにやって来た。

スタッフは五人以上いて、全戸を回っているようだった。


彼女はスケナリを見ていないと答えたものの、これは家出の捜索ではないかもしれないと感じた。

探し方が切羽詰まっていて、事件のように思えた。


そしてふと『その人にマサコさんの住所を教えてしまったけれど、大丈夫だったのか?』と心配になり、彼女は俺に連絡したのだ。



「マサコさんが何ともなくてよかった。そっちに人さがしは行ってないのね」


「来てないと思うよ。そいつが探されてるってことも知らなかった。

ていうか、来てももう俺もそこにいないけど」


「え?」


「最近、出勤日数が増えてさ。電車代を節約することにしたから」


「ああ、職場の近くに引っ越したのね」


「そう。つい最近な」


黙っていることもできたが、俺は引っ越したと正直に話した。


もし、転居したことを隠していたとあとでわかったら、スケナリをかくまっていることに気付かれそうだと思ったからだ。


俺たちはそれから、共通の友人の近況などを話して通話を終えた。

俺は彼女に何も打ち明けなかったし、犯権会の話もしなかった。


彼女を味方と思えなかったからだ。

悪意があるという意味ではない。もちろん敵ではない。

今のところ彼女は、怪しい人さがしではなく俺に味方してくれている。


だが状況によっては、この先どうなるかわからないと思ったのだ。

例えば犯権会にうまく宣伝されて、スケナリを捕まえるほうが正しいと思ってしまうかもしれない。


それに彼女は画像なしの通話で連絡してきたので、近くに誰かいるかもしれなかった。



通話を終えてから俺は、ユナと話した内容をスケナリに伝えた。


「最後まで俺の名前を言わなかったね。上等上等」


彼は満足そうに頷くと、最近慣れた摺り足で静かにこちらへ寄ってきた。

あだ名をスケナリから『ニンジャ』に変えても良さそうだ。


「俺はウサギとかがよくやる止め足の応用編みたいな技を何度も使った。

ユナさんの近辺までたどり着いたとは、犯権会もたいしたものだ。

でもそれより先は口コミがなければ絶対に追えない。

自信ある」


「今のところ口コミはなさそうだ」


「うん。

二週間過ぎたし、防犯カメラの記録からも、人の記憶からも、俺の姿はどんどん消えていくはずだ。

その様子なら心配ない。

俺が外に出なければ見つからないと思う。

病気や怪我をしないように、とりあえず気をつけるよ」


「そうだな。

俺も気をつける。

そういえば、靴跡と彼女は言っていたが、お前サンダル履いて来たな。

言葉の綾かもしれないが、どこかで履き替えたか?」


「さすが。よく気付いたね。

そう、履き替えたよ。

もちろん、足跡を途中で変えるためにね」


「そのせいでマメが剥けた、と」


「まあね」


「あとは犯権会が禁じ手を使わないことを祈るばかりだな」


「禁じ手?」


「お前を犯罪者と偽って、堂々と顔を公表することだ。

犯権会は何をするかわからないからな」


「だから早くこっちから警察に連絡しないと」


「警察の誰に言ったらいいかわからないんだよ」


「警察の人をなんとか観察できないか?」


「どうやって?」


「知らないよ」


通報の話になると、会話は堂々巡りしてしまう。


『犯権会』政権による『公務員制度改革法案』は可決されていて、すでに政権によって指名されたアドバイザーが警察にも入りこんでいた。

そのため、俺は警察に通報するのを渋っていた。


通報システムのセキュリティも、警察官の守秘義務も確かだと思う。

しかし俺が通報した内容が手続きの途中で、犯権会の息がかかった人物の手元に行くことは絶対ないか、俺にはわからない。


俺は仲間集めを滞らせているだけでなく、反撃のための通報もできずにいた。



そんな中、チャンスが訪れた。

ハルキさんのバースデーパーティーに招待されたのだ。


ハルキさんは『当番派』のマネジャーの一人である、と最低限の情報を今は説明しておこう。


8月5日土曜日、11時過ぎ。

俺は渋谷駅の近くでラショウモン君と初参加同士で待ち合わせて、ハルキさんの自宅に向かう。


「こんな大人数のパーティー初めてだよ。実地1000人、オンライン100人だって」


「俺もだよ」


俺たち『昼の部』の招待客は会費制でプレゼントは持っていかないルールだ。

顔の広いハルキさんの誕生日を祝う人間は多岐にわたる。全員からプレゼントをもらったら邪魔なのだそうだ。


家の近くまで行けば同じ行き先の人が列をなしているだろうと思ったのだが、全く行列などなかった。

駅から歩いていく客は少なかったのだ。


門衛の人に名前を告げて中に入ったが、門の中はまるで『なんとか城』のような広大な庭園だった。

シンプルに美しい。


歩道の横にはなんと車道がある。俺たちは車や自転車に次々と追い抜かれていった。

なかなか建物にたどり着かない。


「こんなに広いとは思わなかったよ」


ラショウモン君が言った。

俺は歩きながら頷く。


「仕事なら遅刻しているところだ。

あ、あれは水素飛行機だな」


「ほんとだ。

いくら渋谷の豪邸タウンだからって、家もお客さんも高級すぎ」


「ユウキさんに聞いたけど、ハルキさんは豪邸二軒を買ったらしい。

大きい方を修繕して住み、小さい方は潰して庭園にしたんだって」


「そんな豪快な。

前はどんな人が住んでたの?」


「それは聞いてない。

ここらへん、昔はやっぱり屋敷の多い地域だったけど、その後いったん商店とかオフィスの多いエリアに変わったんだ」


「そうなんだ。いつから豪邸タウンになったの?」


「100年前くらいからだよ。

200年前ごろから、ビルが撤退した跡地に家が建って、人が住むようになった。

そのうちに、だんだん今のような形になったんだ」


「じゃあ、けっこう昔からだね。

マサコさんの口ぶりだと、つい最近の話みたいに聞こえたけど」


「最近と思って話してたけど」


「なんで!?

最近じゃないよ。100年前、まだ産まれてもいないじゃないか」


「そうだけどね」


「お屋敷が多かった『昔』っていつ?」


「700~800年前かな」


「それ、超昔だよ」


二人で笑いながら15分くらい歩いてようやく建物に着いた。


「お疲れ」


入り口で受付を手伝っていたケントさんに手招きされた。


「庭園の散歩は楽しめた?

はい、会費3もんはこちらで」


「僕たち早いほう?」


「真ん中くらいかな」


「まだ受付離れられない?」


「まだまだ。

僕と一緒に行動しなきゃ、とか気にしなくていいんだよ。

お客さんがみんな来たらハルキさん挨拶するから、それまでは適当にいろんな人とおしゃべりして遊んでな」


ラショウモン君がケントさんと話している間、ケントさんの隣にいる受付係が疑い深そうな目付きで俺たちをじっと見ていたことが俺には気になった。



ホールと言えばいいのか、その部屋を何と呼ぶべきかわからないがとにかくパーティーの会場は広い部屋だった。


俺は軽食を手に談笑する人々の顔をざっと見回した。

老若男女、実にさまざまだ。

オンライン参加者が集まるコーナーでは、外国語が飛び交っている。


どこかで見たことがある顔がぽつぽつ、と思ったらタダヒコ前政権時代の閣僚たちではないか。


「あの人たち本物かね?」


ラショウモン君にそっと話しかけると、彼も気付いていた。


「そっくりさんにしては都合良く集まりすぎ?」


「だな」


「信じられないね」


「うん。あれ?知り合いがいる」


ちょっと挨拶して来る、と俺は言ったがラショウモン君はついて来た。

人の間を縫って歩きながら、ついて来てくれてちょうど良かったと俺は思い直した。

この中ではぐれたら後が面倒だ。


「こんにちは」


一口サイズのパンを何種類か食べ比べながら、その人がそれまで話していた相手と会話を終えるタイミングを見計らって俺は話しかけた。


「すごい久しぶり。リュウセイさんのお父さんだよね?

俺はハイスクール生の時にプロジェクターをもらったマサコです」


「おお!あの時の」


息子の友人だよ、とその人は知人らしき隣の人に説明した。


「元気そうだね。マサコくんは優秀だって息子も言っていたが。

ハルキさんとはどういう?」


「趣味のサークルで」


「ああ、そうか。彼は本当に活動が幅広いからね。

しかし世間は狭いね。まさかこういう再会があるとは」


「不思議だね」


「そうだよ。誰と誰がいつ会うか、人の縁は本当に不思議だと思うことがよくある。

マサコ君は今、社会人?」


「はい。介護関連商品の販売会社で働いてる」


「そうか。

いつの時代も、介護をする人もされる人も助ける良い道具は大事だよ。

差支え無ければ社名を教えてくれる?」


彼としばらく話している間に、招待客はどっと増えてきた。

後から来た客の中にもどこかで見た顔がいくつかあったと思うが、人混みにすぐ紛れてしまうため、じっくり見ていられない。


目の端に、かつて俺がオンラインで半年間講義を聞いた某大学教授の姿が見えたが、すぐに見失った。


そうこうするうち、レイナさんに肩をたたかれた。


「びっくりした、いつからそこに?」


それをきっかけにリュウセイさんの父親は


「じゃあまた」


と離れていった。

当番派のサイトで俺はレイナさんの静止画を見たことがあった。

彼女もマネジャーの一人だからだ。

しかし彼女は俺の顔を知らないはずだと思った。


「マサコさんよね?」


「そう。どうしてわかった?」


「この間、マネジャーミーティングで静止画を見せてもらったわ。

ユウキさんに聞いたけど、お友達の話、衝撃的だったわね」


友達の話とは、例のリョウマさんに伝えた、犯権会の人権侵害の話だ。


そうか、犯権会に対して疑問を持っていない人にとってあれは衝撃的だったのか、と俺は今さら思った。



『お待たせー』



会場を満たす音楽のテイストが変わり、ハルキさんが姿を現した。

音楽がかき消されるほどの拍手や歓声が起こり目まいがするかと思った。


『みんな、今日は来てくれてありがとう!』


ハルキさんはマイクを使っている。そうしてもらわないと聞こえない。


『おかげさまで僕は今日、五十…』


えーっ!?の嵐。


『三回目の…』


どよめき。


『誕生日を迎えることができたよー!』


大歓声。


そしてそのあと彼が何を話したか、俺はろくに聞いていなかった。

オンライン招待客の一人が気になってしまったからだ。

俺は誰にも違和感を持たれないように、作り笑顔で周りのみんなと同じ動きをすることに気を使った。


そいつは犯権会の人間だった。

何かの中継のとき、アヤカ大臣のすぐ後ろにいた奴だ。


なぜそんな奴が招待されているのだ?

犯権会は犯罪者とつながっている。

俺たちは犯権会に、空き巣のカモにされかけているのではないか?

パーティーに出席している間は自宅にいないのだから。

ハルキさんは騙されているのか?


俺は今すぐにでも帰宅したい気持ちになった。

オンラインコーナーの近くにいる人にしか話しかけられなくても、オンライン参加にしておけばよかった、と思った。


しかし挨拶の間は動けない。

ハルキさんの話が終わっても、すぐに友人代表とかいう人がマイクを受け取って話し始めてしまった。


彼らに背中を向けたり歩き回ったり、私語をする人は誰もいない。

トイレに立つ人すらいない。


俺はオンラインコーナーをなるべく見ないようにしておとなしく立っていた。



一連の挨拶が終わると、人々は再び動き始めた。


「マサコさんにお礼を言いたいって人がいるのよ」


レイナさんがそう言い出した。


「お礼?」


「そう。来て」


彼女はオンライン参加者たちの等身大の映像が投影されているコーナーの裏に、俺たちを案内した。


そこには一人掛けのソファーが置いてあり、健康そうな、60歳前後に見える女性が座ってパスタを食べていた。

彼女はいつからそこにいたのだろう?ハルキさんの挨拶も見なかったのか?


「ダイズ麺のパスタね。美味しいわ。

今年のシェフは去年より上手ね」


誰にともなく、彼女はそう言った。

リョウマさんと似た雰囲気を感じて、嫌な予感がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ