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ステップ1

7月20日、木曜日。


明日で二週間目『仲間を集める』という目標達成の期限だというのに、俺は苦戦していた。

スケナリことジューローをかくまっていることを、誰にも言い出せずにいたのだ。



一週目の課題である引っ越しは作戦を立てた翌日に、前倒しでスムーズに終わった。

今回は冷凍庫と、ウォーキングマシンや調理器具・食器も業者に運んでもらった。


スポーツバッグにスケナリを詰め込んで俺が背負ったが、苦しくないように、またあからさまに人間のフォルムが出ないように、タオルや服を緩衝材として詰めた。

重くないふりをして担ぐのはけっこう大変だった。


その格好のまま、俺は出がけに大家のジョージさんに挨拶した。


「新居はセキュリティどんなタイプ?」


ジョージさんは興味がある様子で聞いた。


「警察への通報システム自動連携のカメラがあるよ」


「うちもそうしようかな。

ちょっとしたことで通報しちゃうと後の処理が面倒だから、今までは敬遠してたんだけどね。

ほら、空き巣ロボットが一時騒がれたろ?」


「あったなロボット集団。

あれ通報すると嫌がられるって言われてたね。証拠も残さないし、実行部隊のロボットは解体されたりしてて追うのが難しいから」


「そうそう。

だから自動通報よりも、カラー麻酔弾で予防するほうがいいと僕は思ったんだ。

だけど風の噂でね、麻酔弾タイプの規制が強化されるかもしれないって言うんだよ」


「え?また規制強化?」


「まだ噂だけどね。

麻酔薬のアレルギー性が問題とか何とか」


「えー」


「言われてみれば、たしかに薬品でアレルギーを起こす人もいるかもしれない。

だけど、警告ブザーが鳴っても不審な行動をやめない場合しか発射されないんだよね。そんなに問題かな?と僕は思うよ」


「そうだね。セキュリティ業界には打撃が続く」


「そうなんだよ。

メーカーが倒産したら新製品も出ないし、メンテナンスも精度が落ちるだろうし、誰のためのセキュリティシステムかと思うよね」


犯権会の魔の手はますます伸びている。セキュリティ業界には経営への打撃が続き、警察には余計な仕事が増える流れだ。


しかしジョージさんでさえ、犯権会に反対ではない。犯権会が領土を取り返してくれたからだ。

だから今もし俺が調子に乗って犯権会の悪口を言えば、きっとジョージさんは彼らをかばうだろう。


『セキュリティ器具の規制には不満だけど、全体的には良くやってくれていると思うよ』などと。


ブラッドの影響力はそれだけ大きい。



勤め先の事務所から見て、俺は隣駅から同じ駅に移った。

職場ともう少し距離感を保ちたかったが、引っ越しの口実作りのためには近付くのも仕方ない。


新しい部屋は以前より少し狭い。

まさかここに二人の男が住んでいるとは思われないだろう。


しかしよく知った友人同士でも狭い中での共同生活は難しい。

住み始めてすぐに、少しむかつく事があった。

スケナリが床に落ちた髪の毛を嫌そうにつまんで捨てながら


「マサコの抜け毛だ。

尖って指に刺さりそうだ。ジャパニーズ・ワイヤーヘアだ」


と言った。


「古代ネコの品種みたいに言うな」


「お前は人間だ」


「そんなことは言われなくてもわかる」


でもスケナリはワガママも言わず、静かに暮らしていた。


彼は窓に近寄らないように気をつけ、なるべく音をたてないように気をつけながら、動ける範囲の中で自由に過ごしている。


彼がいろんな物を、さっと持たないで嫌そうにつまむのが俺は気になった。だが、物音をたてないためにそうなってしまうことが次第にわかった。

ぼそぼそしゃべるのも、隣の部屋の人に声を聞かれないためであって、つまらないとか機嫌が悪いとかではない。


それは俺も理解しているつもりだが、たまにイライラする。



彼が運動不足になりすぎないよう、俺はウォーキングマシンを明け渡した。歩行時間が記録されるから、二人で使うわけにいかないのだ。


俺は通勤や買い物で多少歩くが、おそらくそれだけでは必要な運動量に足りない。

しかし外でランニングやウォーキングをするのは、ウォーキングマシンを家に置いている立場では不自然だと思うからわざわざ遠回りなどできない。


だから家で古典的なストレッチや腕立て伏せをして、それでよしとする。


俺は今まで自炊していたが、家の水を使いすぎたくないので昼と晩は外食するようにした。

買い物は今まで通り続け、俺が買ってきた食材でスケナリが自炊している。



他に変化した事といえば、何度か転居してもいつも靴箱の上に飾っていた、アイドルグループ『サクラ・ジョウルリ』のカード(スケッチブックの表紙を切り取った物)を今回は飾っていないことだ。


荷物の移動を終えて落ち着いたとき、俺はいつものようにそれを靴箱の上に置こうとした。


しかし、ふと考えた。

入り口の近くに物があるのは、 身を守るためには良くないことではないか?

敵が入ってきた時にカードに気をとられて反応が遅れる、みたいなことがあってはならない。


だから危険を避けるためにやめた。


しかし捨てるのはもったいない。

俺は居間のいつも座っているところの近くにそれを立て掛けた。

10日前の月曜日のことだ。



その日、仕事を終えて帰り際にユウキさんと二人になったところで


『こっそり相談したい。

犯権会は人権侵害していた。

どこに通報したら安全かわからない』


と手帳に挟んだメモを見せた。

声に出して相談するわけにはいかないからだ。


なぜなら、廊下の向こうにいる誰かに話の内容が聞こえてしまうかもしれないからだ。

それに、ビルの管理会社にエレベーター前の会話を録音されていないとも限らない。通路を録画されているかもしれない。


だからできるだけさりげなく、証拠を残さない方法で伝えたかったのだ。



ユウキさんは少し驚いたようだったが


「今週末、マネジャーミーティングで話してみるよ」


と言った。

マネジャーミーティングとは、『当番派』の四人の幹部による定例の打ち合わせのことだ。


週末に協議するのでは遅いと思ったが、俺は黙って了承した。

政権が代わっても目をつけられ続けているかもしれない当番派のマネジャーたちが、緊急で集まったら目立ってしまうだろうから。


「ユウキさんはあのコメントを見て危機感を持ってくれそうだと思ったが、そうでもなかった」


俺は帰宅してスケナリに結果を伝えた。


「もっと衝撃的なことを書かないといけなかったかな。

うーん、難しい」


スケナリは腕組みして考えた。

彼は言った。


「当番派は動きが遅そうだね。

立場がある大人だからそれも仕方ないか。

彼らだけに頼るのではなく、並行して大学の後輩にコンタクトしてみたらどうだろう?」


「いやー。

大学は怖いな。

反・犯権会の考えに賛同してくれる人も多いだろうけど、犯権会のファンや関係者もかなりいる気がする」


「まあ、いるだろうね。犯権会の関連会社でバイトしてたり、ショウゴのファンだったり、けっこういるんだろうな。

あ、そうだ。

マサコのよく知ってる後輩なら大丈夫じゃないか?

歴史科とか政治科の後輩なら、犯権会に反発するはずだよね。

アナログに顔見知りを当たってみたら?」


これだからメジャーな学科の卒業生は。

マイナーな学科の事情を彼はわかっていない、と俺は思った。


「お前は日本史学科の学生が何人いるか知らないから、そんなことが言える」


俺は言った。


「少ないんだろ。むしろ都合良さそうだけど?」


「少ないなんてものじゃない。

日本史学科は今年、四年生はゼロ。三年生は一人。二年生は二人、一年生はゼロだ。

しかもその貴重な三人は、明らかに俺と価値観が違う」


「えー?仲悪いのか?」


「どっちかというと悪い」


「なんだよー」


「ヨーロッパ史の奴も少ない。四学年あわせて十人いるかどうか。

その中で挨拶レベルよりも親しいのは二人だけだ。

アジア史、世界史も似たようなものだよ。

政治系も人数は少ないし、残念だけど俺たちと感覚を共有できそうな奴ばかりではない」


「えー」


「俺の部屋を引き継いだ奴らなら話を聞いてくれるだろうけど、秘密はあんまり守れない。

賭けだよ。わかるだろ?」


「じゃ教授は?親しそうな人いたろ?」


「その人に相談したら、人権問題に強い弁護士を紹介されて終わると思う」


「俺、それでもいいけど。

弁護士なら守秘義務を守るから」


「待てよ、裁判するにはお前が表に出ないといけなくなる。無理だろ」


「…まあね」


スケナリは早く事態を解決したいと焦っているのだろう、と俺は思った。

気持ちはわかる。

しかし焦って良い事は何もない。



日曜日、ユウキさんから連絡があった。水曜日に仕事のあとで食事をしながら話そうというのだ。

場所は一度行ったことがある、中庭ふうのテラス席に『盗聴防止ミュージック』がかかっているあの店だ。


そこにはリスクヘッジ・アドバイザーのリョウマさんも同席『してくれる』と言われた。彼女は偶然、今は日本にいてしかも水曜日の夕方は都合が良かったのだとか。


俺は礼を言って了承したが、リョウマさんがいるなら本当の事は言えないしスケナリの存在も明かせないと思ってがっかりした。


リョウマさんはタダヒコ政権時代の政府関係者と人脈のある人だが、彼女と新政権の関係はわからない。

前政権と親しかった人なら、新政権と不仲なのが通常だろうとは思うが、親しくないとは言い切れない。


だから、リスクヘッジ・アドバイザーを同席させることが当番派の回答なら、当番派は(もちろん、それが当たり前なのだが)今の地位や生活を犠牲にしてまで犯権会と闘うつもりはないという事だ。


まあ、誰だってそうだろう。俺だってスケナリに巻き込まれるまではそうだった。


ともかく俺は、スケナリと共に水曜日に何を話すべきかを考えて、パターンを3つ作った。


そして当日、リョウマさんが本当に俺たちの味方なのかどうか俺は見極めることができなかったため、事前に決めた『パターン1』通りの話しかできなかった。


パターン1は、相手を信用できなかったときのための言わば逃げ道で、この話から核心に迫ることは期待できない。


それはスケナリ本人の話ではなく、外で自分のことをペラペラしゃべっていた奴の会話を耳にした友人から、相談をされたことにするという遠回りなストーリーだった。


ストーリーにはモデルがいた。

そいつはスケナリたちとともに東京に戻って数日後、持ち物を全部取り上げられて寮から出られなくされた。

しゃべりすぎたからだ。


その前日にもそいつはスケナリ他数人と連れ立って昼飯を食いに出て、職場の不満や仕事の内容について平気で話していたそうだ。

そのとき職場が犯権会と関連すると明らかにわかる言葉も口にしていたという。



当日、会話はリョウマさんの自慢話から始まった。

彼女としてはアイスブレイクのつもりだったようだが、何もほぐれなかった。


「あなたもお金がたまったら、外国に家を買うといいわよ。

リスクの分散になるわ。

私はいくつもの国に別宅を持っているの。一ヶ所にとどまることは、あまりないわね」


「はぁ…」


「家が増えれば当然、管理の手間も増えるのよ。

それを嫌がる人も多いわ。

でも私は、手間を楽しんでいるの」


「…」


「手間をかけることこそが人生だと私は思うの。

私はとくに、掃除をすることがとても好き。

ロボットを使わず自分の手で掃除しているわ。掃除をしながら考えを整理するのよ。

良いアイディアが浮かぶわよ。

それに、別宅のあるそれぞれの街を歩くこともとても楽しいわね」


「リョウマさんは日本が世界で一番安全だという説についてどう思う?」


「もちろん、その通りだと思うわ。

日本が一番安全よ。

だから出産は5回とも日本でしたのよ」


彼女は言った。


彼女はリスク分散の観点から、すべて違う民族出身の男性5人との間に一人ずつ子供を産んだそうだ。

別宅のどこだかに、それらの男性や子供をそれぞれ住ませていると自慢気に言われたが、まったく賛成できないと俺は思った。


「それで、あなたは犯権会の人権侵害を見かけたかもしれないということだけど?

具体的に教えてくれるかしら?」


そんなふうに言われたが、俺は相手を信用する気に全然なれなかった。

俺は匿名の通報を希望すると何度も念を押しておいた。



「明日で二週間だ。ステージ2の終了だ」


スケナリは俺をせかす。

俺が動くのを待つしかないので、じれったいのだろう。

彼は尋ねる。


「他に仲間にできそうな人はいないかな?」


「そうだな…」


「実家の人たちはどう?」


「ダメダメ」


「お姉さんは?」


「彼女はショウゴを好きになりかねないタイプだ」


「そうだっけ?」


「そうだよ。

それに何年も連絡してないし、今どうしてるか全然わからない」


「前は仲良かったのに」


「いつの話だよ?小学生の頃とかだろ」


疎遠なだけに俺は、かえって家族を巻き込んではいけない気がした。


そして会話は続かない。

俺が慎重すぎるのかもしれないと思う。

だが、友人の生死がかかっていると思うと慎重にならずにいられなかった。


しかし動くべきときは大胆に行動しなければ成果を得られない。

バランスがとても難しい。



夕方、リョウマさんから連絡があった。

しかるべき筋に、匿名の通報として俺が話した内容を伝えたという。

俺は礼を言ったが、警察が動いたとしても犯権会はたぶんシッポ切りをして話を終わらせるだろうと思った。


リョウマさんとの通話を終えた後、俺はユウキさんにお礼と報告の連絡をした。


そのときに


「明日、ケント会のオンラインミーティングに参加するけど、もしケントさんから何か聞かれたら、ここまでのことを答えようと思う」


と告げておいた。

ユウキさんから了承をもらえたので、俺は聞かれもしないうちにケント会でこの話をした。


ケントさんもマネジャー四人のうちの一人だから、マネジャーミーティングで情報を得ているはずだが、俺から直接話を聞くのとは違うだろう。


俺が、どうせ犯権会の実態を解明できないだろうと思ったと感想を言うと


「なるほどね。

でも、一人だけでも助かりそうだから、それでよかったんじゃないかな。

人権を守ることは大事だからね」


と言いながらケントさんは、わざとらしく目配せした。

本心ではないということだ。


リスクヘッジ・アドバイザーにも言えない情報を俺が持っていると、彼には伝わったようだった。

そしてケント会の他のメンバーたちも、興味を持ったようだった。


しかし彼らが動いてくれるかどうかは、犯権会に対する危機感をどれだけ共有できるかによって決まる。

なにしろ、長年『反体制的な危険人物』というレッテルを貼られないように気をつけながら、反体制的なサークル活動を無事に続けてきた人たちである。


興味だけでは彼らは動かない。

俺よりもさらに慎重であることは間違いないように思われた。



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