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作戦

Start うまく身を隠す

Goal 隠れる必要がない状態になる


「こうならないと、俺は普通の生活ができないよ。後戻りできないからね」


スケナリは、なんでもない事のように言った。


なぜ彼が逃げ隠れしなければならないのか?

それは『犯権会はんけんかい』が権力を握ってしまったからである。


スケナリの詳しい話を聞いて、俺は犯権会を甘く見ていたことに改めて気付かされた。

犯権会は、嫌いなだけではすまない。

人々の日常生活を壊す敵である。


俺たちは、彼らに脅かされることなく平穏に暮らせる状態を目指さなければならない。


だが、彼らは俺たちのような素人が倒せる敵ではない。

戦うには人数が多すぎるし、彼らが危険だと気付いている人はまだ少ない。


「俺たちが普通に暮らすために何が必要か考えよう」


俺はスケナリと、犯権会のせいで被っている迷惑を振り払うため、作戦を立てることにした。

二人で作った一ヶ月計画はこうだ。



1st week

まず俺が転居する。


安いところを探す、出勤日が増えたからもっと会社の近くに住みたい…など、何でもいいからもっともらしい理由をつけて引っ越す。


スケナリをかくまうことで起きる、いわゆる光熱水の使用量や、生活リズムの急な変化に気付かれにくくするためだ。


引っ越すときは、スケナリをスポーツバッグの中に隠して俺が担ぐ。

表に出せないし、業者に運ばせるわけにもいかない。



2nd week

慎重に仲間を増やす。


スケナリをかくまいながら、俺は仲間を集めなければならない。


二人でできることには限度があるからだ。

危険かもしれない仕事を頼める人・いざというとき証人になってくれる人・アイディアを出してくれる人が、一人でも多く必要だ。

信用できる仲間を見つけなければならない。


だが要注意だ。

俺たちと考えが一致しても、裏切りかねない人、うっかり失敗しそうな人は仲間にできない。

じつは犯権会に入っていたり、すでに犯権会からマークされている人も、見分けなければならない。



3rd week

いよいよ反撃だ。


仲間が増えたといっても俺たちにできることは相変わらず少ない。


だから警察の力を借りる。

スケナリが持っている情報を警察に伝え、犯権会のメンバーをたくさん逮捕してもらうのだ。


犯権会は政権与党である。警察の中にも当然、支持者がいるものと考え警戒しなければならない。

また、犯権会に気付かれて手続き途中でスケナリが殺されるようなヘマがあってはならない。


通報システムは信用できるのか、また信用できる警察官は誰なのかを、見極める必要がある。

スケナリ本人はギリギリまで表に出さない。



4th week

安全の確保。


逮捕してもらっても、時間稼ぎにしかならない。

スケナリの顔を知っている者を全員捕まえたとしても、それは犯権会の一部にすぎないからだ。


しかも犯権会の新法によって、拘置や禁固がすでに廃止されている。ようするに敵は自由に動けるのだ。


そこで逆恨みや仕返しによる被害を避けるために、俺たちは三つの方法のいずれかを実行しなければならない。


1.とにかく攻撃を続けて、犯権会に一人も残らないよう徹底的に潰す


2.一生警察に保護してもらうか、別人に作り変えてもらって外国に逃亡する


3.犯権会が手出しできないくらい、超有名になる


どの選択肢を取るかは、おいおい考えよう。



スケナリの話によると、犯権会は『三万円法』めあてにいったん立候補して取りやめた人たちの個人情報も本当に集めていたし、今回の『カラ移籍』に乗った人たちの個人情報も集めていた。


噂は本当だったのだ。


彼らはとにかく、下っぱとして使い捨てにできそうな人を探し続けているため、網を張って情報を集めたり、目をつけた相手をエサで釣ったりしているらしい。


そして、そういう情報の管理に関わる仕事をスケナリはさせられていた。


俺は彼に自分の体験を話した。


「サクラっぽい男女を近所で何度か見かけたなら、マサコはたしかに尾行されてたんじゃないかな?

でも、そのあと何もないってことは、使えないゴミだと思われたんだろうね。

よかったな」


「微妙な言い方をするな。

でも巻き込まれずにすんだのは助かった」


スケナリはハハハと声を出して笑った。


「マサコなら、彼らにスカウトされないはずだと思った。

明らかに話が合わなそうだもん」


「あ、そう。

それにしても、やっきになって人を集めて何をしたいんだろう?

奴らはどこへ向かっているんだ?」


「俺の立場では全体像はわからないね。

だけど、今は行き当たりばったりだと思う」


「え?行き当たりばったり?

計画もないのか?」


俺が驚いて聞き返すと、スケナリは苦笑した。

彼は言った。


「俺は犯権会のトップに近いっていう奴に会ったことがあるんだ。

そいつは、自分の楽しみのために『日本を解体してやる』って言ってた」


「日本を解体したい、だと?ふざけるな、だよな」


「うん。

でも、別の奴はこう言ってた。

『金もうけをして、周りのみんなを見返してやる』って。

さらに別の奴は言ってた。

『芸術のために犯罪者の能力をもっと活かすべきだ』って」


「その3つの目標に、いったい何の関連があるんだ?」


「関連なんて、ないよ。

最初に言った奴は、本人も部下も日本を解体するために活動していると思う。

でもそれは、そいつが勝手に言ってるだけだ。

金もうけをしたい奴の部下は、上司の金もうけの手伝いをしてる。

日本がどうなるか、なんてことに関心はない。

自称トップに近い奴らだけでも10人くらいいるって聞いた。

そいつら、それぞれ目標が違う。

そもそも、どこがトップなのかはっきりしないけどね」


「なんだそれは。

統一しようって動きはないのか」


「ない。

野放しになってる」


「えー?それはもはや組織ですらないな」


「上の奴らにはそれぞれの目標があるし、それぞれの目的がある。

どのゴールが優先されてるのか、下っぱにはわからない。

ただ自分のすぐ目の前にいるリーダー格に、ついていくだけさ」


「自称『人権団体』のやることじゃないぞ」


「大きくなりすぎた魚の群れは、その場その場の勢いで動くことしかできない。

敵に襲われれば見事なダンスを見せるけど、遠くへ行こうとしたら群れは分裂する」


「犯権会は自然に分裂しそうか?」


「しないね、しばらくは。

人間は遠くへ向かう魚じゃない」


「魚にたとえたのはお前だぞ」


俺は少しイラッとした。

そういえばこいつは、こういう奴だった。

スケナリは、何のことだ?とでも言いたそうな表情で肩をひょこっとすくめた。

そして言った。


「犯権会は、かんたんにやめられないように罠がいくつも仕掛けてあるんだよ。

だからメンバーがお互い縛り合って、なかなか崩壊しない」


「罠?」


「そう。

例えば俺は仕事に使うからって、文房具のレンタル契約をさせられた。

ていうかサンローが、勝手に俺の名前でサインしたんだけどね。

それを放置しちゃったのは俺のミス。

契約は解除しない限り自動更新。

だから俺は名前や在籍地登録を変えられない」


「そうか、契約か…」



安心党政権の時代に、規制が撤廃されて16歳以上なら誰でも自由に、自分の名前や在籍地を変えられるようになった。


だが、自由化だけでは代金を払わずに名前や住所を変えて逃げることもしやすくなってしまう。

保守的な安心党政権は、予防措置をとった。


契約期間中に名前や在籍地を変えるときは、相手に通知する義務があるとしたのだ。どんな小さな契約でも。罰則つきで。


違反すれば罰金を課されるうえ、強制通知されてしまう。


だから文房具のレンタル契約期間中であるスケナリは、名前を変えて逃げても無駄だ。

あべこべにこっちが犯罪者扱いされて、いずれ強制通知されて犯権会に見つかってしまうのだ。



「お前が会った『トップに近い』って奴は、何て名前だ?

この中にいるか?」


犯権会の閣僚たちが連日ニュースサイトを賑わしていることを利用して、俺は彼らの名前などを検索することなくショウゴたちの顔をスケナリに見せた。


「いない。

そいつは『レイさん』って呼ばれてたけどね」


「そうなのか」


「ショウゴ?ブラッド?アヤカ?

へぇー。

これが閣僚か」


「こいつらが、今すごい人気だ。

ちょっとした悪口すら言いにくいほどに」


「そっか。

俺はこの中の誰も知らない。

名前も噂も聞いたことない。

たぶん、閣僚たちは犯権会の中ではぜんぜん偉くないよ。

レイさんか誰かの下で動いてるだけだと思う」


「ひどい話だな。

別々に当選した人たちが実はみんな、議員でも何でもない誰かの言いなりでした、なんて。

それじゃ扇動みたいなものだ」


「でもその通りなんじゃないか?」


「うわー。

まずいよ、本当に。

選挙の限界だな」


ケントさんの口ぐせ『選挙の限界だ』が頭に残っていて、俺は自然にそう言った。


するとスケナリが


「え?マサコ、まさか『王政復古派』?」


と言い出したので俺は驚いた。


王政復古派に俺が入るわけがない。

それはメンバーが万単位でいると言われていることが信じられないほどおかしな主張を持った過激派だ。


何がおかしいかって、『日本を王政に戻す』と言いながら、じゃあ王って何するの?と聞けば答えられないようなグループなのだ。

しかも戻って欲しい王が誰なのか、つまり天皇なのかそれとも武士なのかとか、そういうことも彼らは自分たちでぜんぜんわかっていない。


どうしてこのくらいのことを知っているかというと、学生時代に少し調べたからだ。



「違うよ。あり得ない」


俺は言った。


「選挙もう嫌だみたいなこと言ったから、そうかと思った」


「歴史を学んだ人間が『王政復古派』なんてないよ」


「マサコが何を言ってるのかよくわからないけど、王政復古派を好きじゃないことはわかった」


スケナリは古典文学や歴史のことをよく知らないから仕方ない。

俺の言いたいことが半分伝わったので、よしとしよう。



「俺は『当番派』ってサークルに入ってるんだ」


俺が当番派に入ったいきさつや、今どんなサークル活動をしているか説明するとスケナリは


「それは極相林きょくそうりんだね」


と言った。


「は?」


「最終手段」


「ああ、そうかもな」


「でもこのグループ、味方につけられるかも」


「うん。俺もそう思ったんだ。

当番派の人たちは、ちゃんと真相を伝えることができれば必ず犯権会を嫌いになるはずだ」


「だね」


「ユウキさんとは、俺は直接会える。

月曜日、お前のことも含めて相談してみようか。

彼が『改革党より犯権会のほうがまし』みたいなことを言った事があって、俺はしばらく警戒してたけど、実体を知れば彼も必ず俺たちの側に戻るはずだ」


「そうだね。

マサコが今の仕事を続けるなら、社長を仲間にしておくのが得策だよ。何て話したらいいか前もって考えよう。

あと、当番派の中ではケントさんも気になる。

彼はいろんな意味での護身術にたけていそうだね」


「そうだと思う」


手堅く慎重に、俺たちは反撃の準備を始めた。



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