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トップランナー

メンバーの自己紹介が終わり雑談の時間に移ったがケントさんは


「よもやま話の前に、マサコさんが次回スムーズにディスカッションに入れるように最低限必要の情報を伝えておきたいよね」


と言い出した。


「といっても、どこから説明したらいいかな?

マサコさん、犯権会はんけんかいの公務員制度改革案の内容は知ってる?」


そう質問されてしまえば俺は知識や感想をオープンにしないわけにいかなかった。


ディスカッション系サークルに参加した以上、手の内を隠そうが意見のない人を装おうが、いつか自分の考えを言わなければならない時が来る。

消極的であっても、反対しなければみんなの意見に賛成したのと同じことになる。


だったら、積極的に自分の意見を言うほうがいい。

どうせ話すなら本音を隠したってしょうがない。


「ニュースサイトで見れた範囲は知ってる」


俺は答えた。


言いながら改めて思った。

相手をじっと見ながら話そうとすると、どうも頭の回転が鈍る。


学校の授業や習い事なら、補助資料のないオンライン対話はありえなかった。

テキストやノートがあったり、画面に参考資料が表示されたりした。


そこでは手元を見たり横を向いたりすることはお互い当たり前で、何も言われなかったし、気にもしていなかった。


でも仕事を始めれば、オンラインであろうと対面であろうと、マナーのためそして何より信用のため、つまり嘘をつこうとしているのではないかと疑われないために、相手の顔から目をそらさずに話すことを求められる。


俺はこれまでそういう訓練を受けたことがなかったので、意識して目をそらさないよう気をつけなくてはならなかった。


他の人の様子を見てみると、やはり社会人経験のあるケントさんとマイクさんはほぼ目をそらさない。

慣れているのだろう。


マリエさんは学生だが、訓練したことがあるのか自然にできているのか、じっと前を見ている。


しかしラショウモン君は癖だろうか、メモをとらなくても時々手元に目を落とす。

マイミさんも、話しながら横を見たり上を見たりキョロキョロしがちだ。


気付いて見ると、視線をそらされるのはやはり気になる。

相手の顔を見て話せ、と言われるのも道理だなと思う。



俺「犯権会の改革案、ポイントは三つだ。

公務員を減らして経費削減。

公務員の仕事をより能率化するためのアドバイザーを外部から投入する。

公務アドバイザーの顧問料を確保するために偉い公務員の手当てを減らす。

だね」


ケント「うん。基本はおさえてるね、それなら話が早い」


ケントさんがそう言うと他のメンバーも頷いた。


俺「というか基本しかわからない。

この法案で、じつは気になっていることがあるんだ。

でも詳しく調べられなかった。

例によって法案が好評すぎて、ファンとかが大量にいろんな投稿をしまくってるから、検索してもまともに調べものができないだろ?」


ケント「そうだね。

だから僕はもう、一般検索を使わない。

それより情報開示システムのほうが確実だから」


俺「情報開示システムか。使ったことないな」


ケント「これは使ったほうがいいよ。

最初の登録は面倒だけど、法案は全文読めるし法案検索もできる。

システム内で国会や会見の議事録検索もできるから、内容を調べるだけじゃなくて誰かの発言を時系列で追うこともできる。

特定の言葉を言った議員が何人いるか、数えることだってできてしまうんだ」


俺「それはすごい便利だな。

だけど俺は登録が嫌なんだよ。管理されてる感じがするから」


マイク「わかるよ。

だけど登録しなくてもすでに管理されているかもしれない。

匿名と無記名とは違う。

つまり一般検索でもその気になれば、いつ誰が何を調べたか追跡できる」


俺「その気になればだ。俺はまだ、誰かをその気にさせていないはずだ」


マイク「自分が何者かにマークされているかいないか、誰にもわからない」


俺「まあそうだけど」


ケント「僕が思うのは、登録しておけば堂々としていられる。

疑われたり詮索される心配はないということだよ」


俺「それはそうかもしれない。考えておくよ」


ケント「マサコさん、僕が法案の全文をダウンロードしたから、あとで読んでみて」


俺「わかった」


ケント「で、調べられなかったことって何だったのかな?」


俺「あー、それは今回の削減対象に警察や消防が含まれてるかどうか、だ」


ケント「そうか、今見てみよう。待ってね…あった。警察も含まれるね。

ほらここ。

『全ての』公務員が対象になってるから。例外は無しだ」


俺「やっぱり。

俺の仮説は、犯権会が本当は警察官を減らしたかったのではないかってことだ。

これまでのディスカッションでそういう話は出た?」


ケント「いや、出てないよ。な、ラショウモン君」


ラショウモン「ないよ。

僕たちが問題にしたのは『公務アドバイザー』の選び方が不透明なことだよ。

大きな権限を持つアドバイザーだけど、『こういう人を選んではいけません』って制約がない。

だから政府に都合の良い人を選べちゃうんだ」


ケント「偏った考えのアドバイザーを集めたら、公務員の仕事の進め方をコントロールできてしまうかもしれない。

実は次回のディスカッションで、もう少し論点をまとめる予定だった」


俺「へぇー。アドバイザー危険だな」


ケント「そう思う。心配なのは、犯権会のスピードに他の議員たちが全く追いつけないことだね。

よし、では次回この話の続きを議論して、マサコさんの仮説も聞こう」


俺「俺の仮説は犯権会に対して明らかに批判的な内容だけど、議事録に残って大丈夫かな?」


ケント「大丈夫だよ。みんなで『フォロー』するから安心して」


俺「ありがとう。次回までに少し考えを整理する」


ケント「よろしく。ところで…」



それから俺たちは一時間あまりいろいろな話をした。

何の話をしたかほとんど忘れたが、最近ヒューマノイドロボットを働かせる夜の店が増えてきたという話は記憶に残った。


人間と区別するための印『HNヒューノマーク』を、下着で隠れる部位につけている場合もあるらしいとケントさんが言っていた。


「HNマークが見えないから、お客さんは店員を人間だと思うようだ。

そういう店は人間が接客する店と同じだけの料金をとっているそうだよ」


「じゃあ儲けてるのね。

ていうか、逆にHNがお客さんの席にいても気付かないわね」


とマリエさんが言った。

その通りだ。

人間とHNとの境界がなくなりつつある。


でもHNに人権が与えられる日は遠いだろうと俺は思う。

もし彼らに所有権や参政権が認められるようになったら、自分に都合の良い主張をしてくれるHNをたくさん作れる人が、権力を独占できてしまうからだ。


でも俺はあることに気付いた。

今すでに、ある人にそっくりのHNを作って一時的に身代わりを務めさせることはできるのだ。

ばれたら詐欺と言われるかもしれないが、技術的にはできる。規定サイズのHNマークがあれば、製造すること自体は罪に問われない。



そうだ、例えばヒナタにそっくりのHNがいたらどうだろう。

オープンカーに乗っていたのは、あれは本人だったのだろうか?

身代わりHNだったかもしれない。


だって、あんな寒い日に水着を着てオープンカーに乗る人間は珍しいからだ。

それにあのとき彼女は、同じセリフばかりを不自然に繰り返していた。


そうは言ってもどうせ俺に真相はわからない。

寒さに強すぎる人間もいるだろう。不自然なスピーチをする人間は珍しくもない。


ヒナタが『私は身代わりHNに選挙活動をさせました』と言うわけがないし、俺が勝手に疑っているだけだ。



ともあれ一回目のオンラインミーティングが無事に終わり、俺はほっとした。

ずっと参加し続けるのは疲れそうだが、ケント会のおかげで俺は久しぶりに言いたいことを言えた。


彼らも、こんな微妙な話をするのに俺をよく信用してくれたものだ。

俺がユウキ会長の推薦で入会したからだろうか?会長のメガネにかなったと思ってもらえたのかもしれない。


ユウキさん自身は穏健派だし、犯権会に対してあまり警戒していないようだ。

ケントさんと意見が違っても、会長は会長なのだろう。



さてその後も犯権会は次々に新しい話題を提供し続けた。


その勢いに比べて、ついこの間まで与党だった安心党の動きはまるで眠っているかのようだ。

ニュースには、たまにマナミさんが脇役として登場する程度である。


そしてついこの間まで最大野党だった改革党も、国会でヨウコさんがインパクトに欠ける質問をする姿くらいしか見かけない。彼らは完全に政権の引き立て役になっていた。


犯権会がトップランナーであることは間違いなく、誰も追いつけない独走状態だった。


その中でも俺があっけにとられたのは、総理大臣のショウゴ自ら発表した新しい計画だった。


『移住推進計画』


4月も後半のある日、それは主なニュースサイト全てのトップを飾った。


『返ってきた地域の経済を活性化するために、北海道、沖縄、離島、九州への移住を進める』


彼は笑顔で宣言した。


『国会議員の選出定数3人以上の選挙区から、それらの地域に移住した場合、一人あたり10000もんの補助金を支給する。

対象期間は明日から3ヶ月間だ。

早ければ早いほど助かるから、みんな急いで欲しい。

移住の後、一年以内に転居した人には残念だが補助金を返してもらう。

みんなの協力を待っている』


拍手喝采されるショウゴに対して、俺はますます不信感を募らせた。

うさんくさすぎる。


移住を進めるだって?

彼の言うことは本当に突拍子もない。

10000文という大金をちらつかせるとは強引だ。

それに早いほうがいいと言ったって、3ヶ月は短すぎないか?


人口を増やして、簡単には外国に占領されないようにしよう、という考えらしいがそれは本当に効果があるのだろうか?


トラブルも起きるだろう。

きっとショウゴもブラッドと同じだ。いいニュースで人々を盛り上げておいて、あとから問題が出ても知らん顔をするに決まっているじゃないか。



しかし彼を批判する声は見当たらず、外国のニュースの転載を見ても


『日本に新しいリーダーが現れた』

『日本もようやくまともな国になった』

『今年の日本のヒーローはショウゴとブラッドだ』


という調子でポジティブな評価しかない。

世界はショウゴを褒めていた。

俺はイライラした。


だから二回目に『ケント会』に参加したとき俺は、それまでの警戒心を放り出してけっこう言いたいことを言った。

そして今回も相手の顔を見ながら話したので、俺の頭の瞬発力は鈍かった。



俺「『警察官を減らして犯人が捕まりにくくするための隠れ蓑』これが俺の、公務員制度改革案に対する仮説だ。

彼らは警察官を減らしたいために、他の公務員も減らそうとしているんだと思う」


マリエ「何それ?

警察官だけを減らすとは言いにくいから、ってこと?」


俺「そうだ。これはこの間の、セキュリティ会社に大打撃を与えた『催涙弾・照明弾自動発射装置禁止法』の続きだと思う」


ケント「どういうことかな?」


俺「あの新法で、大きなビルによく設置されていた照明弾自動発射装置つきの監視カメラが、撮影と警報を鳴らす程度しかできない防犯カメラに取り換えられた。

犯人に有利になったんだ。

そこへきて警察官の削減だ。

ますます犯人に有利になる」


ケント「うーん、それが目的と言い切れるかな?数多くの法案を、どう切り取るかで結論がずいぶん飛躍してしまうと思うよ」


俺「たしかにこれは推測でしかない。

だけど彼らは党の名前でそもそも『犯罪者の権利を守る』と言ってる。

犯罪者だけを守るとも受け取れる。そして実際に、セキュリティ業界と警察を弱らせる新法が作られた」


ラショウモン「ほんとだ」


マイミ「でもマサコさんはどうして、この改革案と催涙弾・照明弾禁止法を結びつけたの?

禁止法が出たのは、しばらく前だったわね。

もし二つがセットなら、彼らはかなり前から用意してたことになるのよ。

でも、その根拠はないわ」


俺「証拠はないけど根拠はある。

犯権会は立候補のときから用意周到だった。そう思わないか?

彼らは『犯罪者の権利を守る』ために全力で行動しているように見える。

それが目的なのか、それとも手段なのかはまだわからないけれど」


マイク「もし彼らが犯罪者の利益を守ろうとするなら、それは公約を果たすことなのだから、なぜ隠すのだろう?

むしろアピールすればいいではないか?」


俺「彼らにも、アピールしたら反対運動をされるという程度の常識はあるんじゃないか?」


マイク「それでは彼らは有権者を騙したと自覚していることになる」


俺「その通りだと思う。彼らは自分たちが、勢いだけであべこべに当選したことを自覚していると思う」


マイク「どうしてわかる?」


俺「彼らのスピードだよ。全ての動きが早すぎる。彼らは急いでいる。

焦っている」


マイク「でも確証はない。君が意見を取り消す必要はない。ただ、それは疑いとしか言えない」


ケント「結果としてセキュリティが甘くなる新法、警察官が減るかもしれない新法。

これらは結局、人を不安にさせるということだよ」


ラショウモン「犯権会が圧倒的な多数だからいけないんじゃないの?

人を不安にさせるような法案を簡単に可決しちゃうから怖いんだ。

だからもう、多数決は限界にきてるってことだ」


ケント「本当に圧倒的多数だね。

彼らを注意深く見ていくしかないね」


俺の話に賛同した人はいなかったが、俺を悪者呼ばわりする人もいなかった。


俺の話は、ラショウモン君の議事録では


『公務員全体を削減する影響で、警察官も減ってしまうのではないか。

監視カメラの商品制限によってセキュリティに不安が生じている今、警察官を減らすべきではないのではないか』


という短い表現に縮められていた。


彼が本当にこのように受け取ったのか、それとも議事録をリスクヘッジアドバイザーのリョウマさんに提出することを考えてこういう書き方にしたのか、俺は彼に聞きそびれた。


でもそのように書かれてみると、俺はそんなことを言った気もしてきた。

過激な議事録を出してリョウマさんにたくさん訂正されるより、これでいいだろうと俺は思った。


なぜなら俺は、犯権会を嫌っているけれど、嫌っているだけなのだ。

わざわざ労力をかけて戦うつもりはなかった。


それよりも日常生活のペースを崩さないことのほうが、その時の俺にとっては大事だった。


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