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メンバー

4月3日月曜日、新しい社員が採用されて俺に後輩ができた。


その人は背が高く細身の女性だった。

ユウキさんが


「今日から働いてもらうハンナさんだ。子ども向け商品を営業してもらう」


と紹介した。


彼女は弊社の取り扱い商品の中でも高額な、多機能付き介護用移動ベッドに乗った息子のルミエル君を連れてきた。

そして事務所の隅に仕切り板を置いて息子が落ち着いて勉強できるスペースを作った。

小一時間ごとに彼女もそこへ出入りする。


ルミエル君は8歳で、会話のときは移動ベッドの枕元に設置された端末に言いたいことを表示する。

休み時間に俺がハンナさんの許可を得たうえで話しかけに行くと


『同年代の友達が増えた』


と言い出した。


「誰?」


『マサコ』


「同年代じゃないだろ。

年代ってわかるか?何歳くらいかってことだぞ」


『わかる』


「じゃあ俺のこと、いくつだと思ってんの?」


『しらない』


「なんだよ」


『(^_^)』


俺が会社の中で下っぱだということを、彼はよくわかっているようだ。



翌日、いつものように自宅で仕事していたらユウキさんから連絡があった。


「悪いがしばらく毎週水曜日か木曜日、どちらか事務所に来てもらいたいんだが」


「いいよ」


とくに不都合はないため俺はすんなり了承した。


「ありがとう。

ハンナさんから、月曜日から木曜日まで毎日出勤したいと申し出があった。

自宅にいるより事務所の方がルミエル君の勉強がはかどるそうだ。

それはけっこうなことだから、俺は出勤を認めたいんだ。

だが、正直まだ彼女に事務所の鍵の暗証番号を教えるわけにはいかない」


つまりユウキさんとソウさんが、二人とも事務所を不在にできる営業日を週一日は確保しておくため、俺に出勤して欲しいということだ。


「わかった。選べるなら俺は水曜日がいい」


「かまわない。じゃ明日から頼む」


ユウキさんが、消極的な理由にしろ頼りにしてくれているようで、俺は嬉しかった。



仕事で世話になっていることだし、俺は『当番派』のサークル活動でユウキさんが主宰するディスカッショングループにしか参加したことがなかった。


特に、当番派の4人の幹部(マネジャーと呼ばれる)のうちケントさんについては、過激な原理主義者だと聞いていたので俺は警戒してなるべく関わらないようにしていた。

さぞ面倒な人なのだろうと思ったのだ。


しかし各グループのディスカッションテーマを見ると、ケントさん主宰のがいつも面白そうである。


それも『ケントかい』といういかにも面倒くさそうなグループのが一番いい。



ディスカッションのテーマは、グループごとにひとつ決めることになっている。

とはいえ当番派は大人のサークルであって、仕事でもなければ学校でもない。


ふたを開けてみたらテーマとは全く関係ない雑談しかしていないこともよくある。

言いたいことを言い合っているだけということもよくある。

途中で何度もテーマを変えることもできる。


だからそれほどこだわる必要はない。


だが最近、テーマの決め方について少し気になる変化があったのだ。

それは、どのグループも『犯権会はんけんかい』が提出した法案を議題にとりあげるようになってしまったのだ。


ある程度は仕方ないと思う。

犯権会が新しい法案を次々出し続けるからだ。


でもそれでは、俺にとってはつまらない。


会社で俺と感覚を共有できていると思っていた、ユウキさんとソウさんすら『犯権会のほうが改革党よりマシだ』と言うのを耳にして以来、俺は世間の誰も彼もが犯権会を応援し始めたように感じている。


犯権会を嫌っている俺が本音を言える場所はどこにもなかった。

匿名ですら批判できない雰囲気だった。


だから、犯権会の法案をテーマにされたら俺が言える意見なんか何も無いし、雑談だって気を遣わされる。



「ユウキさん、プライベートの話してもいい?当番派のグループのことなんだけど」


次の月曜日、仕事が終わって事務所を出る直前、ユウキさんと二人になったので俺は言った。


「どうした?」


「前にケントさんの話をちょっと聞いたけど、どんな人?

彼のグループが面白いテーマを選んでるから、参加してみようかと迷ったんだ」


「あー、いいじゃないか、参加してみたら?

彼はストレートな性格だから、嫌味とか無いんだよ。

サークル作ったばかりの頃は彼がもう、例外はダメの一点張りで頑張っちゃってさ。

ずいぶん困らされたけど、今は良い友人だよ」


「そうなんだ」


「マサコは真面目だな。

そんなに俺に義理立てようとしなくていいんだよ。いろんなグループに参加してみたらいい。

気に入らなかったら他のグループに移ろう、くらいの気楽な気持ちでかまわないから」



帰宅後、俺は当番派のページをもう一度見た。

例の『ケント会』以外にも俺が興味をひかれるテーマを取り上げているグループがあったらいいな、と思ったからだ。


でも他には無かった。

ケント会のテーマは


『犯権会の公務員制度改革案について』


だ。一見、メッセージ性はない。


そのタイトルから犯権会に対するネガティブな態度を読み取るのは、俺みたいに犯権会を嫌っている奴か、あとは犯権会の黒幕ご本人くらいのものだろう。

俺はあきらめた。


ケント会の参加メンバーは(ケントさん本人を除いて)たった4人。

間違いなくケントさんの弟子とか熱烈な支持者だろう。


そこにもし俺が加わったらどうなる?


もちろん、なんだかよくわからない奴は邪魔だと断られるかもしれない。

断られなかった場合は?


名前は表示されないが、参加者4が5になれば目立つ。

ちょっと敏感な人は『会長のユウキさんに引っ張られてきた新入りが、ケントさんの派閥に流れたな』と感じ取るだろう。

古株が今さらケント会に入るわけがないのだから。



そこまで考えて俺は、ふとあることに気付いた。

うん。

どうやらケント会こそ、犯権会を自由にけなせる安全な場所のようだ。


それはこういう理屈だ。


ケントさんは以前から筋金入りの当番派だ。原理主義者で、国会議員の完全当番制を理想としている。


彼は政権から危険な人として目をつけられているはずだ。

その言動は監視されているだろう。盗聴や通信傍受もされているかもしれない。


だが、彼を監視するのは誰だ?


それは、20年以上も続いたタダヒコ前内閣に通じていた人物だ。

犯権会ではないのだ。


その人物は、政権が代わった今も変わらずケントさんを監視しているだろう。

そして、自分以外の誰かがケントさんを監視しようとしたら、きっとそれを阻止するだろう。


だから百パーセントとはいえないが、ケントさんが犯権会という新興勢力にマークされる心配はまずない。


つまり、タダヒコさんの後継者を落選させた犯権会の悪口を、ケントさんは言いたい放題なのではないか?

犯権会を悪く言えば言うほど、タダヒコさんをほめるのと同じわけだから…。



参加の申し込みはすぐに承認された。

土曜日、初めて俺はケント会のオンラインディスカッションに参加した。


定刻の1分前に入室すると、他の5人はすでにそろっていた。

俺はプロジェクターを三方向投影に切り替えた。5人のほぼ等身大胸像が部屋の壁に浮かび上がる。



ケント「マサコさーん、はじめまして。ケント会へようこそ」


俺「はじめまして」


ケント「テーマを見て、って参加申請の理由ね、ありがとう。

まずはお互い、自己紹介しようか」


俺「OK」


ケント「それじゃラショウモン君、今日の議事録は『自己紹介・雑談』のふたことでよし!」


ラショウモン「ラジャー」


ケント「というわけでみなさん、今日はメモを控えて。わざわざ『個人情報』を増やすのは、リスクを増やすだけだから」


ユウキさんはケントさんについて単純な人だという感じの言い方をしたが、彼はむしろ策士かもしれない。

俺はそう思った。


個人情報をたてに記録を封じ、『雑談』で何を話すつもりか?

リスクヘッジアドバイザーのリョウマさんに聞かせたくない話をするのではないか?

そして議事録が不完全だと指摘を受けたとき、書記のラショウモン君が言い逃れしやすいように個人情報を前面に出したのではないか?


それより気になるのはラショウモン君の名前だ。

大学の日本史学科卒業生としては、どのようにしてあの歴史的に有名な門の名前が人名として彼に名付けられたのか興味がわく。


しかし名前のことは聞きにくい話題だから、俺は本人が話してくれることを期待するしかない。

俺の予想としては、日本の古典映画『羅生門』のタイトルを主人公の名前と思い込んだ人が命名したのではないかと思う。


なぜなら、その手の間違いが多いからだ。


俺の知り合いで、例えば中学校の同級生にウゲツという女子生徒がいた。

名前として別におかしくはないが、由来を聞いて驚いた。


江戸時代の文学作品『雨月物語うげつものがたり』のタイトルを主人公、この場合は語り手だが、そのファーストネームと思い込んだご両親が命名したのだった。


もし原典を読んでいればそのような間違いはあり得ないと思って俺は、ご両親が本を読んだのかと聞いてみた。

彼女の答えはノーだった。

ご両親はダイジェストアニメを見て感激したのだそうだ。


また、大学の先輩でゲンジという男がいた。これも名前としては違和感がないものの、由来は勘違いによるのだ。


彼はきれいな顔立ちで女性に人気があった。あるとき俺がからかって、名前の通り源氏物語になりそうだと言うと


「それなんだけど」


と苦笑された。


「恥ずかしいことに、俺の名前は本当に『源氏物語』が由来なんだ」


「恥ずかしい?どこが?」


「母さんは『源氏』をファーストネームだと思い込んでいた」


「なるほど、よくある」


そういうことだ。

話がそれた。

ケント会についてだ。



ケント「では僕から。

改めて、リーダーのケントです。当番派のマネジャーでもある。

仕事は眼科医だ。

僕は当番派の考えは、必ず実現できるものだと思っていて、個人のSNSでも発信している。

もちろん実現は今日、明日の話だとは思っていないから、活動はゆっくりね」


彼は言葉を切ると、ハハハと明るい声で笑い出した。


ケント「それにしてもマサコさん、後ろの壁が真っ白だね。自宅?」


俺「そう、フラットの部屋」


ラショウモン「えー、何もない。部屋が広いの?」


俺「いや、ワンルームだし広くない。

俺はただ家具がないのが好きで。その方が身軽に感じるだろ?

家具をできるだけ持たないために多少工夫してる」


ケント「へぇー、どんな工夫?」


俺「まず飲料水タンクにテーブルクロスをかけて、テーブルとして使ってる。そうすると椅子もいらない。クッションですむ。

あと、ベッドを置かず寝袋で寝てる」


仮面をつけた女性「そうなの!?信じられなーい」


ケント「彼女はマリエさんね」


マリエ「あ、ごめんなさい。

はじめまして、私はマリエ。

そしてこちらが妹のマイミ」


俺「はじめましてー。

二人ともおしゃれな仮面だけど、それは17~19世紀ヨーロッパの仮面舞踏会風っていうのかな?」


マリエ「そうなの?

知らないで買ったわ。見た目で選んだだけよ」


マイミ「私も知らなかった。マサコさんは物知りね」


俺「それはどうも。歴史好きで。

趣味が高じて大学の日本史学科にまで行ってしまった」


ケント「そうか、マサコさんも歴史詳しいんだ。僕よりずっと詳しそうだね。

そうすると、今けっこう新政権にイライラしてるよね?」


俺は苦笑するしかなかった。

どう答えるか。


なぜ?と聞き返せばケントさんを信用していませんと言っているようなものだ。


かといって、本音をストレートに言うのも芸がない。

そうだよ犯権会は歴史上の悪名高い専制君主と同じことをしているね。彼らがいくら日本の領土を取り返したからって、他の分野でも文句を言いにくいようでは民主主義の意味がないよ、という俺の本音。


彼は雑談しながら俺の頭脳をテストしようとしているはずだ。

俺の希望としては、合格点を取りつつ模範解答を避けることだ。

だって俺はケントさんの弟子になりたいわけではない。



俺「ケントさんはきっと犯権会を嫌っているはずだと思って正直に答えるなら、その通りだ。

どうして誰も彼らを批判できないのか?って。

そういう俺も、外で本音を言うのは怖いし」


ケント「まったく賛成だよ。このままではいけない。

でも僕たちには愚痴を言うことくらいしかできないね」


ラショウモン「そうだよ。彼らにはみんなが振り回されてるよ。

犯権会が政権を取ってから、僕のクラスメイトたちがね、なんと『選挙も悪くないね』と言い出したんだ。

もう少しで当番派に入りそうだったのに!

本当にビックリだよ」


ケント「だから僕は、せめて彼らの方向性だけでも見破りたいと思っているのだよ。

ところでマイク、待たせてごめんね」


マイク「大丈夫」


ケント「律儀に黙って順番を待っていてくれたんだね。自己紹介どうぞ。

みんな口を挟まずに聞こう」


マイク「ありがとう。

マサコさんはじめまして、僕はマイケル。マイクと呼んで。

僕が当番派に入ったのは、それがとても日本らしい考えだと思ったからだ。

『和』を大事にする日本らしい」


俺は当番派と和とのつながりがよくわからず、ちょっと首をかしげた。


マイク「つまり、日本は昔から世界のオアシスだった」


オアシス?


マイク「オアシスでなければ安全地帯。日本の治安の良さは、江戸時代から約1000年にもわたって世界トップレベルを維持し続けてきた。

それを失ってはいけない。

日本をなくしてはいけない。

日本を守るのは、日本らしさしかない。

日本らしい民主主義が、日本人には必要だ」


俺は頷いた。


マイク「それが僕の考えだ。僕からは以上。

聞いてくれてありがとう」


拍手


マリエ「ケントさん、私さっき少し話してしまったけど、実は自己紹介で言うことを用意してたの」


ケント「言ってみて」


マリエ「うん。私とマイミの話ね」


マイミ「え?私も?」


マリエ「そう。私たち二人は、機械工学科の学生なの」


マイミ「…そうね」


マリエ「私とマイミは3歳違い。でも今は同学年よ。

どうしてかと言うと、マイミが頭いいからなの」


マイミ「何の話?」


マリエ「ハイスクールの二年生のとき、私、進級テストが難しくてなかなか三年生に進めなかったのね。

2回落第したの。

だけどマイミが一年飛び級して追いついてくれたから一緒に勉強できて、3回目に進級できたの。マイミと一緒にね。

彼女は私の自慢の妹なの」


マイミ「そんなこと言わなくていいのに…」


ケント「マリエさん、以上でいいかな?ほとんどマイミさんの紹介になってたよ」


マリエ「うん」


ケント「マイミさんは、何か言いたいことはある?」


マイミ「ない。

あった気もするけど、マリエの話に驚いて忘れたわ」



これにはみんな笑った。



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