傍観
繰り返しますが全てフィクションです。
7日、仕事から帰ってニュースをチェックしたら、犯権会の話題が好意的に取り上げられていた。
インタビュー動画もいくつかあり、リーダーとしてショーゴが
『たくさんの仲間を選んでくれて感謝している』
『日本を縛っている差別をなくしたい』
と感じの良い笑顔で言っていた。
ニュースによると今回犯権会から出馬した全員が、当選した人も落選した人も、今日から秋期国会が始まるまでの二週間、毎日オープンカーで選挙区をお礼を言って回るという。
金曜日。昼過ぎに駅の反対側のスーパーに行くとき、俺は彼らを見かけた。
今度こそ本当に偶然だ。
金色のオープンカーに4人は選挙キャンペーンの時と同じ並びで座っていて、服装も同じようだった。
声を張り上げるのは今日も、セクシーな水着姿のヒナタだ。
「私たち犯権会のメンバーに投票してくれたみんな、ありがとう!
とっても嬉しかった!
みんなで日本を変えよう!」
車の脇には前回同様、彼女のファンらしき男たちがカメラを持って張りついていた。
差別をなくそうと言うなら、まず自分たちが女性メンバーを差別することをやめたらどうか、と俺は思った。
運転席のタクトは4人の中ではただ一人落選したが、笑顔で『ありがとう』と言いながら通行人に手を振っている。
もしプライドが高い人ならやりたくないことだろう。
選挙に出るのも楽ではない。
彼らが目の前を通り過ぎるとき、立ち止まった人々が大きな拍手を送った。
俺も目立ちたくないから足を止め、まわりに合わせて拍手する。
心にもないことを、と自分で思う。
俺と同じような気持ちの人がこの中にいるかいないか、見た目ではまったくわからない。
車が行ったあと駅前のスペースからは、集まった女性ファンたちが帰ってゆく。寒い中をわざわざ応援に駆けつけるとはご苦労様なことだ。
『SHOGO』のカードを片付けている人を見て気付いた。
そういえば先週この人をスーパーで見かけた。
犯権会のファンがたくさんいるということは、その中に俺の近所の住民が含まれていてもおかしくないのか、と俺は思った。
フラットに帰ると(最近『コンドミニアム』と言えば分譲、『フラット』と言えば賃貸という傾向があるが、外国では通じないと思う)大家のジョージさんが共有の入り口で何やら作業していた。
「ジョージさん、こんにちは」
「マサコさんか、おかえり」
「何してるの?手伝うよ」
「すぐ終わるからいいよ、ほら、もうすぐ今年も『計画冬眠』の時期だからこの機会にセキュリティ強化しようと思ってね、カメラを替えたんだ」
そう言って電動ドライバーでそのカメラらしき15cm立方くらいの黒い機械を取り付けると、ジョージさんは脚立から下りてきた。
「ほらできた。簡単だ。
さっき裏口にも同じものをつけた。完璧だ」
「どんな物?」
「これね、赤外線センサー付き。
内蔵の人工知能が、カメラでとらえた人の動きかたを感知して、不審者と判断すると、警告音のあと足に向けてカラー麻酔弾を発射するタイプね。
10発入ってる」
「あ、走りにくくなるってやつだ。広告見たことある。
足を認識する精度は高いらしいね。
リース?」
「いや、買った。一台190文」
「けっこうするね」
「マサコさんは毎年どうしてるの?実家?」
「いや、いつも帰らない。
フラットの他の人たちは?帰る人が多い?」
「そうだね。
だけど俺はここにいるよ。遊びに来る?」
ジョージさんが経営するフラットの、俺は102号室(1階は101から110)を借りていて、ジョージさん本人は201号室(2階は201から208)に住んでいる。
「行っていいの?」
「いいよ。昼ならいつでも」
「じゃ今度」
俺は、他の部屋に空き巣に入ったのではないかと疑われたくないので大家さんと仲良くしておこうと思った。
それにしても、もうそんな時期か。
今年も、港が閉まる前にアザラシ料理の店に一度は行かないと。
そうしないと俺の中で冬が始まらない。
かつてアザラシの絶滅を防いでくれた先人に感謝だ。
将来アザラシが爆発的に増えて世界中の冬の食卓に上るとは、その頃の人々は考えもしなかったはずだ。
しかも今は優秀な養殖業者がたくさんある。
『計画冬眠』はアジア各国の冬の凌ぎかたで、吹雪や流氷、寒さによる事故を防ぐために政府主導で経済活動を制限する取り組みだ。
日本では毎年12月1日から3月2日までがその対象期間で、その中でいつ何をどの地域で制限するか細かく決められている。
中でも人々の行動に影響を与えるのが、交通制限の二つのポイントだ。
ポイント一つめは、日本全国共通で行われる、対象期間中の空港閉鎖と12月15日から2月14日、2ヶ月間の海港閉鎖である。
閉鎖前の11月中に急いで暖かい外国に飛び立つ人たちは、『渡り鳥』と呼ばれる。
ポイント二つめは、列車の運行停止と幹線道路の通行止めだ。
これによって実質、物流が止まる。
東京は停止期間が短い北限で、他の地域よりは楽をさせてもらっていると感じる。
具体的な日にちは毎年12月26日から1月15日までである。
この三週間に前後数日ずつを加えて、およそ1ヶ月にわたって多くの企業が活動を止める。俺の勤め先も休みだ。
大学も休みになるし、スーパーは限られた在庫品しか売らない。
だから若者は実家に帰るケースが多いし、計画冬眠プランを備えたホテルに泊まる家族連れもいて毎年話題になる。
ただ、大部分の人間は俺と同じく各自で備えをして自宅にこもるのだ。
俺はまだ23歳とはいえ、かれこれ一人暮らしを始めて8年になるベテランだから、冬の準備は慣れている。
飲料水や食糧の確保だけでなく、暖房設備が壊れても期間中の修理は期待できないから、防寒具や携帯ボイラーもそろえている。
今年は1階に住んでいることだし、足音を気にする必要があまりないと思う。俺は自宅向けウォーキングマシンのリース契約をした。
1ヶ月で80文。まあまあの値段だ。それこそ途中で修理や交換してもらうことは期待できないから、故障しないことを祈る。
さて、冬眠直前と言っていいだろう。約半月のかけこみ臨時国会が開かれた。
ここで決まらなかったことは、3月から議論されることになる。
俺はニュースで国会のダイジェストを見た。
ショーゴを内閣総理大臣にした犯権会は、初日に二つの法案を提出した。
一つは『三万円法』の廃止法案だ。これは誰でも出せたはずだ。
別に安心党から出されてもよかったが、スピードで勝った犯権会が悪法廃止の名誉を手にした。
再選の人たちは新人に負けて何をぼやぼやしているのだろう。
しかし、まだ選挙で大きく負けたショックから立ち直っていないとしたら同情できるし、今のところスピードしか武器がなさそうな犯権会が、何か慣例無視のようなことをしたとも考えられる。
誰が提出しても結果は同じなのだから、たいした問題はないと思えた。
しかしもう一つは、誰がやっても同じとは言えない。
『三万円法』に代わる『次点手当』の創設に関する法律である。
作成したのは犯権会の、信州選挙区で当選したイチローという議員だった。
信州は東京と同じ4人の当選者のうち、『正義の男』と呼ばれる改革党のヨウコさんがトップで当選し、2位、3位も東京での失言騒動に影響を受けず改革党が独占した珍しい地域だった。
そこへ4人目として滑り込んだのが、現職だった安心党候補を落とした犯権会のイチローだった。
だから彼は今後のためにできるだけ多くの実績を作って、目立っておく必要があるのだろう。
次点手当とは、次点つまり落選した中で一位だった候補者には三万円支給するという内容だ。
「これからの日本には次点手当てが必要だ!
そして今回の選挙にもこれを適用するためには、本日、両法案とも可決しなければならない!」
イチローは情熱的にそう訴え、議員たちは拍手を送った。
異議を唱える者はなく、そのまま採決が行われ二つの法案はすぐ可決された。
ニュースを伝えるキャスターのコメントでも、定員割れを防ぐ良い取り組みだとほめられていた。
だが、俺は気付いている。
次点に犯権会のメンバーが多いことを。
なぜなら彼らはすべての選挙区に候補を出していたからだ。一騎討ちのところなら、勝つか次点かの二択なのだ。
なんのことはない、自分たちが三万円欲しいだけじゃないのか?
それは別にいいとして、だ。
法案を提出するのは自由だ。
だが、どうして誰もその疑いを指摘しないのだろうか?
金額を三万円のままスライドさせたのはなぜかと質問する人もいないし、世論は犯権会に対して甘い。
圧倒的多数を占めた政党に対しては、どんな党だとしても厳しくチェックしなければならない…と、小学校で教わらなかったか?
まあ、小学校で教わったことを守り続ける大人なんてあまりいないとは思うが。
犯権会の内閣は、美男美女が集まったため『俳優内閣』の名がついた。
国民に対して芝居しているとも受け取れる皮肉な呼び名だが、ショーゴたちはとくに反対しなかった。
『俳優』たちは連日何かしらの発表をしたので、毎日ニュースに取り上げられた。
東京から当選したブラッドも閣僚になっていた。
彼の担当は『外国との交流に関わる機関』だ。これはかつて外務大臣とも呼ばれていた重要な役職だ。
そして驚くべきことが起こった。
12月1日木曜日の早朝4:00、彼は突然
『九州が日本であることを俺は各国との間で合意した』
と言い出し、そして本当に九州から外国の軍隊が去ったのだ。
俺は驚いた。
たぶん日本中が驚いたと思う。
各ニュースサイトでお祝いムードの報道が乱発したが、レポーターの一人がその雰囲気を無視して
『どうやって実現したんだ?
日本にとって不利な取引をしていないか?』
とブラッドを問い詰めようとした。
だが、押し寄せる報道関係者にもまれるうちにブラッドとレポーターとの距離が離れていって、そのままになってしまった。
俺はいつも見ているニュース以外の情報をチェックしようと思ったが、その頃にはもう九州が返ってきたことに対する感謝とか喜びとか、ブラッドを英雄だとほめる投稿が膨大な量になって埋もれ、スムーズに調べものをできる状態ではなくなっていた。
九州が返ってきたのは良いことだが、本当にどうやって合意できたのだろうか…?
しかしそれについてブラッドは詳しいことを発表しなかったので、俺はなんとなく不安な気分のまま仕事納めの日を迎え、計画冬眠という名の冬ごもりに入った。
年が変わってから再びニュースをチェックしたら、返還後の九州で困った問題が起きていたことがわかった。
『占領中に不当に逮捕された家族が帰ってこない』
『占領軍に一時的に拘束された際に取り上げられた財産を返して欲しい』
『研究室に取り調べと称する占領軍の関係者が入ってきて、資料を持ち出された。取り返して欲しい』
といったことを必死に訴える人たちが複数のニュースサイトでクローズアップされていた。
ひどい話ではないか。
家族を返してと訴える女性は番組の中で、彼女の家族が囚われていたであろう場所をレポーターに付き添われて訪れた。
そこはもぬけの殻だった。
彼らが帰国する時に、彼女の家族も連れていってしまったに違いないと言ってその人は泣き出した。
『ブラッドさん、なんとかして!お願い!』
そういった訴えに対するブラッドのコメントは発表されなかった。
空港や海港が閉まっていても、連絡をとることはできるのだが。
彼は代わりに、後日再び電撃的な発表を行った。
今度は1月31日火曜日、5:00だった。
『沖縄および離島が日本であることを俺は各国との間で合意した』
そして本当に占領者が立ち去った。
すると九州で補償なく取り残された人たちのことは忘れられたかのように、世間は再び喜び一色になった。
ジャーナリストたちはブラッドを批判するなんてとんでもない、と言いたげな口ぶりで彼を褒め称えた。
彼は非常に頑張っている、揚げ足を取って作戦の邪魔をしてはいけない、などと。
もはや彼に対して『顔が怖い』という程度の小さな悪口すら言うことを憚られる雰囲気になってきた。
しかし沖縄やその他の島でも、九州と同じように『家族が帰ってこない』『財産を盗まれた』と訴える人が何人も出てきた。
まさか、と思ったがブラッドは今度は春期国会の初日となる3月3日金曜日、7:00に
『北海道が日本であることを俺は各国との間で合意した』
と発表した。
彼は今度こそ英雄になってしまった。歴史に名前が残る本当の英雄だ。
でも、相変わらずどうやって成功したのか誰にもわからなかった。
細かいことは機密かもしれないが、それにしても隠されすぎていないか?
しかし彼はまたしても、誰からも追及されなかった。
当初、批判的な質問を繰り出していたレポーターも、逆にバッシングされる始末でその後はおとなしくなっていた。
そして嫌な予感の通り、しばらくすると北海道でも『家族が帰ってこない』などと訴える人が何人も現れた。
北海道はその占領されていた期間が長かったため、他にも
『ビルを壊され勝手に更地にされた。オーナーとテナントに政府から補償して欲しい』
『自宅に入れなかった間に、氷害で設備の不具合を起こしていた。修繕費を補助して欲しい』
『畑に大量のゴミが残されたままになっている。なんとかして欲しい』
といった問題がいろいろ出てきた。
しかし、それらはとりあえず報道されたから俺も知ることができたが、大きなニュースになることはなかった。
なぜなら、国会が始まって犯権会が矢継ぎ早に斬新な法案を出し続けたからそちらのニュースの方が大きく取り上げられたのだ。
新しい法案とは、拘置の廃止とか禁固刑の廃止とかだ。そういう制度は人権を侵害しているのだという。
あとは、催涙弾や照明弾の自動発射システムを搭載したセキュリティ商品を禁止する法律。
それらは失明のおそれがあるから危険なのだそうだ。
ジョージさんが購入した麻酔弾タイプもそうだが、催涙弾タイプや照明弾タイプの警報機器は、警備の威力を保ちながら人道に配慮した商品と言われていたが、それでも危険と指摘されればそれまでだ。
そして新法は罰則つきだった。
セキュリティ業界の大手各社は使用者に向けて、自社の別商品に無料で交換すると相次いで発表した。
どちらの商品も一般企業向けにかなり出回っていたから、無料交換の費用は業界全体の痛手になるだろう。
国会ダイジェストを見ると、それぞれの法案に対して賛否の議論が行われてはいるが、結局は圧倒的な多数の犯権会が法案を通していく。
この怒涛の法案提出は、きっとブラッドに対する追及のすきを作らないための、犯権会を挙げての作戦だろうと俺は思った。




