094「空中戦(2)」
そうして2、3分逃走行が続いたが、いよいよ2匹のドラゴンが迫ってきた。
それぞれ背中に乗せているライダーの姿もよく見える。
なお、対地上攻撃こそドラグーンの得意分野で、低空での空中戦もかなり得意としている。
普通の飛龍は炎は吐けないが、空中から攻撃されたらたまったものではないし、場合によっては足爪で引っ掻いたりつかんだり、相手が地上なら踏み潰したりする。
空中だし速度や体格、頑健さが違うので、普通の敵では相手にもならない。
それでも巨鷲との空中戦は少し勝手が違うが、残りの二体はライダーが熟練者のためか特に問題を感じている様には見えなかった。
オレは時折石弓を射て牽制するが、ちょっとした牽制にしかならない。しかも途中で矢が尽きてしまっていた。何かに備えて1発を残すのみだ。
けど逃避行の甲斐あって、目的地上空へと到達する。
小さな丘状態の斜面に沿った森林までくれば、事前に決めていた目印の辺りでみんなが備えている筈だ。
ただこうして見ると、いかにも地上で待ち伏せしているように見えてしまう。
「なあ、オレが言っちゃダメなんだけど、この作戦失敗じゃないか? オレなら森まで追いかけないぞ」
「だよねー。ボクもそんな気がしてたんだ。けど、追いかけてこないなら、逃げるには都合いいでしょ」
「それもそうか。無意味じゃないよな」
そのまま低空で飛び続けると、すぐにも森の手前まで到達する。オレは敵がどう動くかを見続けていたが、そのときボクっ娘が小声だけど鋭く声をかけてきた。
「ショウ、右下!」
その声に、通り抜ける直前の少し右手の地上を見ると、森の少し前に不自然な揺らめく『壁』があり、その揺らめく『壁』のすぐ後ろに魔法陣が展開されていた。森はまだ100メートルほど先だ。
魔法陣の数は3つで、魔法陣の中心にはハルカさんの姿が見える。
『壁』のギリギリで護衛役をしているのであろうジョージさんたちが、こっちに手を振るのも見えた。
そしてそれぞれの後ろには、揺らめく『壁』を作っているのであろうマリアさんとサキさんから魔法陣が2つが出ている。
上から見ると丸見えになるが、おそらく幻影の魔法で背景を映し出す『壁』作り出しているのだろう。
オレたちと同じ事に気づいて、作戦を変更していたのだ。
そして、オレたちがあからさまに反応しては、敵に気づかれてしまう。
オレたちはボクっ娘の声以外で極力反応を見せず、そのまま自然な形でハルカさんたち寄りに森の上空へと低空のまま入って行く。
あとは、ドラゴンがどこまで追いかけてきてくれるかだけど、予想通り森に入る直前で左右に分かれて散開しようとする。
そして片方が方向を向けた先に、ハルカさん達がいた。
上空に差しかかる寸前に、ドラゴンはともかくライダーは様子がおかしい事に気づいたようだけど、もう遅かった。
派手な輝きと同時に『壁』を突き抜けて8本の光り輝く投槍が飛び出し、木々の少し前で急激に方向転換しつつあった片方のドラゴンの下腹部に高速で突き刺さっていった。
同時に、ぶっとい魔力増し増しな矢が続けざまに数本、少しずれた場所から連続して射かけられる。
どちらも距離は50メートルもなかったし、一度方向転換したすぐ後だったのでさらなる急激な方向転換もできないので、横腹を曝した形のドラゴンは、まともに『光槍撃』の魔法を受ける事となった。
魔力のこもった矢が首の急所に見事命中し、8本のうち半数以上の光り輝く槍を胴体に受けた飛龍は、殆どその場でもんどりうつように墜落し、「ドシャーン」って感じの大きな音をたてて沈黙した。
落ちたときに嫌な感じに首が曲がったので、そのまま事切れたようだ。
しかし、ライダーの方は墜落寸前にドラゴンから飛び降りたらしく、ゴロゴロと地面で回転したあと動くそぶりを見せている。動きからしても、並の戦士ではなかった。
「ショウ! あと一匹だから逆襲かけるよ!」
「レナはそっちを追ってくれ! その前に落ちたドラゴンの側を低空で飛んでくれ。オレは飛び降りてライダーを捕まえる!」
「りょーかい! ショウも勇気凛々だねっ!」
横顔を見せてニコリと笑う。ニコリでも肉食獣の笑みだ。
「ヴァイスの闘志に当てられたのかもな。じゃ、頼むぞ!」
「お任せあれ! 伊達に郵便屋さんはしてないよ!」
そう言うとヴァイスを機敏に旋回させ、逃げるドラゴンの未来位置に向ける。
そして旋回するときに高度を一時低下させる。
その瞬間を捉えて、オレは一気にヴァイスから飛び降りた。
高さは軽く10メートルはあるので、ヴァイスの飛行速度と合わせると普通なら自殺行為だ。
しかしこっちの体なら大丈夫だ。
今までも、機会があれば自分の運動能力を試してあったので、飛び降りても大丈夫という確信があった。
それでも、さすがにマンガのように華麗な着地はできず、衝撃を反らすため前転しながらの着地となったが、すぐに立ち上がれたし体は問題なさそうだった。
そしてボクっ娘がうまい具合の場所を通過してくれたので、逃げようとするヤツを阻止できる場所に位置出来た。
しかも、多少距離はあるが、後ろから景色がユラユラと陽炎のように揺らめくと一人また一人と仲間が姿を見せ、姿を見せたレンさんが素早く矢を敵の足下に射かける。
「降伏しろ!」
オレがそう呼びかけ、警戒しながら全員で包囲の輪を縮めていく。
4人で近づく上に、レンさんが弓をサキさんが魔法を準備しているので、敵は逃げようがない。
しかし、オレのかなり後ろの方で「ドスーン!」と大きな音が響いたので一瞬みんなの注意が逸れた時、敵はそれを逃さず一気に駆け出す。
こちらも一瞬遅れて全員走り出し矢とマジックミサイルも殺到するが、矢は剣で弾かれ、マジックミサイルは耐えられてしまう。
マジックミサイルで多少負傷しているが、動きを止めるほどではない。
オレは敵の正面に回り込んで通せんぼしたが、戦わなければ抜けられないと見るや、凄まじい殺気を放って襲いかかってきた。
「ガキっ!」と剣と剣がぶつかり合うが、敵の殺気にオレは少したじろいでしまう。敵はそれを逃さず、オレの急所めがけて剣戟を叩き込んでくる。
しかも敵の剣の腕がオレ以上なのは、その短い剣戟で分った。
それでもかすり傷以上で切られる事はなかったが、完全に劣勢だ。けどオレは、少し時間を稼げばいいだけと思っていたので、心理的には余裕があった。
しかしその甘さを突かれ、鋭い突きでオレは姿勢を崩されてしまう。
咄嗟にヤバいと思って急所だけでも守ろうとしたが、その必要はなかった。
二人の間に別の影が入ってきたからだ。
影の正体はアクセルさんで、重装備なのになんでこんなに早く追いついたのかと問いかける余裕もないほど、『帝国』の騎士との激しい剣戟を繰り広げた。
こう言う時、物語だと好敵手同士が言葉を交わすものだけど、お互い無言で斬り合う。
その後は、オレが到底及ばないレベルの高い技量を用いた戦いが繰り広げられ、力任せに戦っていた自身が少し恥ずかしくなるくらいだった。
しかし、自身を魔法で強化したアクセルさんは接近戦専門の騎士で、相手は騎士とはいえ竜騎兵の乗り手だ。
単純な斬り合いだと、勝敗は最初から見えていた。
しかも戦闘当初からアクセルさんが圧倒しており、全員が追いついて包囲する必要もないほどだった。
本気のアクセルさんは、一般人だと動きすら追えないほどの凄まじさだ。しかも動きまでイケメンで、ハルカさん以上に演舞を見せられているようだった。
そして戦いの終わりは、呆気なくも予想通りだった。
「ザクっ!」という音と共に敵の胸に剣が突き立てられ、無言で繰り広げられた激しくも短い戦いは呆気なく終わりを告げる。
アクセルさんの完全勝利だった。
しかも最後の一撃の剣はさらに押し込まれ、さらにグリッと回転させると敵は兜の隙間から血の泡を噴いて絶命する。
そしてその剣を軽く引き抜き剣を振って血のりを払うのはアクセルさんだった。
「横槍申し訳ない。だけどねショウ、竜騎兵は一流の騎士。しかも尚武を尊ぶ『帝国』の騎士だ。軽い気持ちで剣を交えてはいけないよ」
「助太刀ありがとうございました。忠告心します。それとお見事でした」
「ありがとう、ショウ」
横入りなのは騎士道に反するのかもしれないが、戦い自体は凄かった。
華麗な舞を見るようで、素晴らしいとすら思えたほどだ。
ただ、戦っている時にもちろん何時もの笑顔はなく、かなり厳しい表情をしていた。
だから余計に、優しいだけの人でない事にちょっと衝撃を受けていたが、まだオレ自身の覚悟が足りないのだと思い直しもした。
それと、アクセルさんの戦いが激しい上に容赦のない止めだったせいか、オレ以外の『ダブル』も、ハルカさんとマリアさん以外は少し顔を青ざめさせているので、こういうところがこっちの人と『ダブル』の差なのだろうと思えた。
そして少しシリアスな雰囲気になっていたのだけど、遠くからの声がぶちこわしにする。
「オーイ! そっちは終わったー?!」
遠くから叫んできたのは、言うまでもなくボクっ娘だ。
後から本人や遠くから見ていた他の人からも聞いた話では、オレが飛び降りた直後にヴァイスに加速魔法をかけて一気に追いつき、その勢いのまま両足で捕まえて体重をかけるように地面に叩き付けたとのことだった。
豪快な事だ。
オレが振り返ると、二回の空中戦で『帝国』のドラグーンを7騎も落とした撃墜王は、倒したドラゴンの上から元気に手を振っていた。





