093「空中戦(1)」
作戦が決まるが早いか、空の偵察を開始する。
日はまだ天頂に達していない。
今回もオレは、ボクっ娘の駆るヴァイスの背中に乗る。
王都を偵察するならある程度低く飛ばなければならないし、竜騎兵は空から襲ってくる可能性が高いので、後方の上方を偵察する目が必要だからだ。
今日こそは日食グラスもどきが役に立ちそうだ。
そしてその予測は見事に的中する。『帝国』軍は去ってはいなかったし、オレたちが再び来ることを十分に警戒していた。
「いたぞ。予想通りだ」
案の定、こっちよりも上空、太陽の中に黒い点が見えた。
ボクっ娘は、それに頷くも飛び方を変えようとはしない。横顔を見せてニヤリと笑い、ペロリと唇を舐めるだけだった。
その後もオレは、相手に気取られないようにしながらも、太陽を多めに監視しながら情報収集に努める。
ちなみにオレは、飛ぶ直前にサキさんから長時間の幻術をかけて姿を隠してもらっている。
よく見れば分かるのだけど、少なくとも遠目では姿を見る事はできない。だから向こうは、こちらを望遠で見たとしても、多少は油断してくれていることだろう。
「太陽の中に黒点が2つ。……今こっちの後ろ上方についた」
「タリホー。こっちも悪い知らせ。王宮の方からトカゲ2匹が急上昇中」
「そっちも、一応は予想通りだな」
「うん。ショウは剣を用意して。まずはボク達に喧嘩売ったこと後悔させてやろう」
ボクっ娘の顔は前を向いたままで、油断無く状況把握に務めている。
「レナって、空だとすっげー攻撃的だな」
「飛んでるとヴァイスの感情も入ってくるからね。じゃ、タイミング逃さないでよ」
そう言って少し顔の表情が少し動く。
後ろからは見えないが、恐らくニヤリと不適な笑みでも浮かべたのだろう。
ならば、こちらの答えは決まっている。
「了解、任せろ!」
こちらは相手に気づいていないフリをしているのが功を奏したらしく、1匹が援護の位置につきつつも2匹が一気に急降下してくる。
「ブーン」や「キーン」という空気を切り裂く音が急降下で近づいてくるが、レナはギリギリまで動かず、オレの感覚では本当に寸前でヴァイスを機敏に機動させた。
そしてオレも事前の打ち合わせと練習通りに、敵の超急接近に合わせて体を動かす。
襲おうとしているドラゴン・ライダーは、こちらが変な動きをしているのを驚きの目で見つめているのもしっかり確認出来た。
けど、普通の鳥だとあり得ない動きができることが、人が乗る真骨頂だ。
「せいっ!」
剣を振る両の手に十分な手応えを感じる。
硬さと重さ、そしてスピードのあるものにぶつかったような感覚で、両手がしびれたらしく剣をしっかり持っていないと落としそうになる。
一瞬やられたのかとすら思ったが、視界の片隅に不自然な形で落ちていく奇妙な鳥のようなもの、飛翔型のドラゴンが映っていた。
そのドコラゴンは、オレが首の根元辺りから胴体を縦に斬り裂いたので、色々とまき散らしながら落ちていった。
「スプラッシュワン! グッジョブ、ショウ!」
と喜んだのも束の間、さらに2匹が王都の方から急接近してくる。そしてそのまま近づいてくると、サッと二手に分かれて二手の方向からライダーが手槍を放ってくる。
飛龍の多くは炎を吐かないが、数の多さは十分脅威だ。
それから先のオレ達は、ジェットコースターに乗っているよりも酷い状態となる。
時折、レナの独り言のような現状報告が入る。
「やっぱり、シュヴァルムなんて卑怯だ!」
「4匹もやられたから、ブチ切れてんだろ!」
あとで聞いた話だけど、シュヴァルムとはドイツ語で「四つ指」を意味して、『ダブル』用語というか昔のドイツでの軍事専門用語で四機編隊の事だそうだ。
ボクっ娘は、時折そうした専門用語を口にする。
タリホーなど妙なカタカナ言葉も大抵そうだ。
激しい空中機動でオレの意識が飛びそうな中、興奮した、それでいて場慣れしたボクっ娘の叫び声が続く。
間違いなく、ボクっ娘は空の眷属だった。現実世界でも、いいパイロットになれそうだ。
玲奈がパイロットとか、ちょっと想像つかないけど。
そのレナは、体を起こして手元のラックに数本固定してある手槍を手にする。
途端に手槍は魔法の煌めきを強め、それが臨界に達した段階で一気に投射する。
その手槍は単に真っ直ぐ飛ぶのではなく、少し軌道を変更しながら目標を追尾していく。
けど、機敏な敵の動きのためあえなく回避された。やはり、かなりの手練のようだ。
「あーっ、外れた! チョー高いのに!」
マジックアイテムだけに、相応の対価も必要らしい。それにしても、槍はいったい何メートル飛んでいったのだろう。
オレも牽制で臨時装備の石弓で狙ってみるが、打てるほどのタイミングがなかなか掴めなかった。
その後も空中戦が続くが、逃げるにしても3匹相手は多かった。
周りを囲まれているので、逃げたくても逃げるに逃げられない。
唐突にレナが後ろを振り向く。
「これからチョット揺らすよ、お客さん。舌噛まないよう、出来るだけ動かないでね。ビックリもしちゃだめだし、出来れば周りも見ないこと。目を回しても責任とれないからね」
口早にまくし立てると、もう前を見据えていた。
ヴァイスは真っ正面から2匹一組の方の敵に突っ込む。
ドラゴンはすれ違うのに備えてか腕の爪を立てており、ライダーの方は槍か大きな弓を持っているのが見えるが、戦闘範囲に入る寸前に、まずは敵前で急降下。
ぐわ〜んと、姿勢を一旦横に倒してそのまま少し失速するように降下し、気付いたら目の前にいたはずの敵は斜め後ろになっている。
「後ろを取られたぞ!」
「黙ってて、取らせたんだよ。これからチョットいいもの見せたげる。でも目を回さないでよ。……3、2、1、いっけー!」
ボクっ娘の叫び声と共に、世界が右へ左、そして前へと複雑に二回転ぐらい回った気がした。
頭の中も大回転で、流石に気分が悪くなってきそうだ。そして二度の複雑なアクロバット飛行の結果、オレ的には突然目の前にきた一匹のドラゴンと瞬間交差する。
オレから見れば、何かの手品を見ている様だった。
後で旋回半径がどうとか呪文のような専門用語を口にしつつ、両手を使って空戦シミュレーションまでしてくれたが、何を言っているのか半分も分らないし、変な踊りを舞っているようにしか見えなかった。
けど結果は明らかだ。
「見たか! ノロマのトカゲ野郎!」
レナの喝采の直前に小さな衝撃が走ったが、オレの優れた視界は今の結果を見つめている。
二つにちぎれた人間だったものが落ちていくのが遠くに見えた。
ヴァイスの大きな爪が、ドラグーンのライダーをすれ違いざまに引き裂いたのだ。
主をうしなったドラゴンの方は、戦闘を放棄して王都の方に飛び去って行く。
これで局面が変わり、両者一度仕切り直しとなった。しかし残り2匹は、共に手強かった。
その後もくんずほつれずの空中戦が続くが、今までのようにはいかなかった。
互いに大きな傷は与えられなかったが、攻撃を受けたヴァイスの羽がなんども散らされていった。
数分そうして激しく動いていた頃だろうか、ボクっ娘の雰囲気に変化があった。
「手練れを残したのは失敗だったかな。あいつら、絶対『帝国』軍のエースだよ!」
「弱気とは珍しいな。お前だってすごいんじゃないのか!」
取りあえずツッコミを忘れてはいけない。戦いの中でも、心の余裕は必要だ。劣勢なら尚更だ。
けど、チラリと振り返ったボクっ娘の顔は、かなり本気だ。
「1対1ならボクたちの方が強いけど、残り魔力もヤバイし、そろそろ作戦通り逃げるよ」
「おう。任せた」
「全部任せないでよ。ボクが指示するから、牽制射撃してね」
そう言って、ボクっ娘も手槍ではなく背中の弓を手にする。
そして「3、2、1、ファイア!」と短く叫ぶと、わざと近づけさせたドラゴンのうち、片方に集中して射撃を行う。
そしてそのまま急降下。
鳥である巨鷲の鋭く速い飛行に、牽制された事も重なって手だれのドラグーンと言えど、一歩遅れを取った。
そしてそもそも飛行速度は巨鷲の方が速いので、囲まれてさえいなければ、降下している間に一気に引き離す事ができた。
ただし低空飛行になると、とたんに速度が低下してしまう。
周囲の魔力を独り占めできないとか、空気の濃さとかが原因だそうだけど、こうして実際目にすると巨鷲が低空が苦手というのも頷ける。
お互い巨体なのでその分でのペナルティは同じだけど、自前の分厚い装甲を持つドラゴンは地上攻撃が一番の役割だけに低速で飛び慣れている分、空中戦を中心にいつも速く飛ぶ巨鷲が不利らしい。
それをよく知っている敵も、こっちが苦し紛れに低空に逃れたので追いかけてくる。
二体のドラグーンもスキのない機動で低空に降りて、こっちの斜め後ろから追いかけてくる。
こちらとしては2匹落としたので、途中で敵が王都に引き返してくれても良かったのだけど、ドラグーンたちは追撃を続行するようだ。
弓や魔法の射程外なのに、敵の動きに殺気をビンビン感じる。
取りあえずオレは、グリグリと石弓の弦を巻いて次の矢を装填する。
また、常に後ろを見て、敵の的確な位置をボクっ娘に報告する。これでボクっ娘とヴァイスは前方に注意を向けて飛べる。





