089「空中偵察(1)」
「起きて、ショウ! 偵察に行くよーっ!」
景気良く扉が開くと、開口一番大声でオレを起こす声が響いた。
ボクっ娘が来てからは、二人が望んだのでハルカさんとボクっ娘で一部屋で、オレは一人で寝るようになっている。
少し寂しい気もするが、普通に考えたら今までの方がおかしいので諦めるしかない。
というか、少しホッとしてすらいた。
なんて思いながら目が覚めてからもボーッと思っていると、ボクっ娘に早朝に叩き起こしに来たというわけだ。
そして昨日の事をボクっ娘に怒られると思ったのだけど、「なーんだ、もう起きてたんだ」と、少なくとも表面上は口にも態度にも出さなかった。
ちなみに、ボクっ娘は相棒の巨鷲の生活サイクルに近づけているため、夜は早めに寝て日の出前には目覚めるのが普通らしい。
オレもこっちでは野営が多かったせいか早めに起きているが、ボクっ娘はさらに早かった。
ただ、アクセルさんの屋敷にいるうちはオレたちはアクセルさんの客人になるので、使用人が先に起きて衣食住を整えなければならないので、本当なら朝はわざとでも遅く起きなければいけない。
面倒くさいが、それが上流階級もしくは人に世話される側のお約束だ。
そのあたりは神殿関係者でも本来なら合わせないといけないが、アクセルさんの計らいで食事とサウナ(屋敷内にサウナと水風呂があった)の時間を指定しているだけで、好きに寝起きして良いことにしてもらっている。
そして今朝は、前日から準備してもらっているので、朝食と持っていく昼食などを準備してもらって、さっさと出発する予定だった。
「ショウちゃんと乗った? ヨーシ、それじゃあ飛ぶよー! あ、そうそう、変なところ触ったら落とすってヴァイスが言ってたよ」
「ああ、気をつけるな」
「ちなみにボクの変なところ触ったらだからね」
「ヴァイスはいいのか」
「ヴァイスの羽は深いから、よっぽど手足を突っ込まないと体まで届かないと思うよ。それよりヴァイスは女の子でボクとは深い友情で結ばれてるから、他の男の人に何かされたら黙ってないよ」
「お、おう、了解だ。ヴァイス、じゃあ頼むな」
そう言うとヴァイスがこっちに首を軽く向けてくる。人の言葉は十分理解出来るらしく、瞳にも知性を感じる。
どこか人間くさいので、創作物でよくあるように人の姿になったりするだろうかと思ったりもしたが、今までの経緯からするとないだろう。
この世界は、そんなにファンタジーでもメルヘンでもない。
「落ちないでよ、だって。鞍はないけどヴァイスの羽毛がしっかり掴んでくれるから、逆さになっても落ちないし慣れると楽だよ」
その羽毛は思ったより硬くそして深い。と言うより、1枚1枚の羽毛が体の大きさに比例して大きい。
そして首元に跨ってしまうと足を曲げていても半分くらい埋もれてしまい、羽毛に絡まれるように固定される。
魔力的なものか純粋に生き物としてのものなのかまでは分からないけど、そこまで聞くこともないだろう。
またヴァイスには、ボクっ娘が言うように馬の鞍のようなものはない。馬のような手綱もあぶみもない。
顔の前にミスリルらしい光沢を放つ面あてか兜のようなものを付けているが、それは防具だろう。防具は、脚の前面にもつけられている。
乗り手のボクっ娘も、基本は両腕も首元に置いて前かがみ気味に乗っている。
その後ろにオレが乗るわけだけど、こっちも前かがみになると色々まずそうな体制になりそうだなので、脚だけで乗るようにした方が良さそうだ。
飛び立つ場所は、アクセルさんの屋敷の裏手にある馬場。
馬が軽く運動出来るくらいの広さで、周辺の手入れされた森を三方に囲まれたテニスコート2面くらいの広さがあるので、巨人鷲でも飛び立てるゆとりがあった。
周りにはギャラリーがかなりの数がいて、『ダブル』のマリアさんと3人組も見に来ていた。
当然ながら、ハルカさんと領主のアクセルさんもいる。
他にもギャラリーが数人いるが、その全員にボクっ娘は元気に手を振る。オレは初フライトなので、ちょっと情けないが両腕もしっかり掴まっている。
「じゃー行ってくるねー! お土産期待しててー!!」
「くれぐれも無茶をしないでね」
「無事の帰りを待ってるよ」
「行ってきます。まあ、オレは乗ってるだけだけど」
「じゃあ飛び立つから口閉じてて。でないと舌噛んでも知らないからね〜」
そう言うと「ヴァイス行こうか」と呟くように声をかける。
思いの外静かだけど、精神を集中して巨鷲とのつながりを深くして、魔法的に意思疎通を図りコントロールするためだ。
物理的な手綱はないが、心の手綱があるのだと言っていた。その証拠とばかりに、ボクっ娘の周りに魔法陣が2つ浮き上がる。
疾風の騎士が召喚師の一種なのは、単に乗るだけでなく魔法的に高度に同調できる点にある。
召喚といえば、おたく的には魔法陣を通して異空間、異世界、異次元から何かしらを呼び出して使役したり、攻撃手段として使う。
けどこの世界では、魔法で動物や魔物を呼び付けて、それらに命令を与える魔法になる。
そして巨鷲は馬など騎乗動物や魔物のように扱えないので、召喚の魔法を使うのだ。
そして乗る場合は、操るのではなく同調すると表現する方がしっくり来るらしい。
また、騎乗する生物ならたいていは同じように操る事が可能で、普通の騎乗する人より巧みに操る事ができる。
先日『帝国』軍から逃げられたのも、このおかげらしい。
そして巨鷲は、今まで閉じていた翼を大きく開く。
翼を閉じていても10メートル近くあった全長に対して、翼の大きさは10メートルを軽く超える。
ヴァイスは巨鷲の中でも大きい方なので、大きな翼を力強く羽ばたく姿は乗ってる側でもすごく迫力がある。
後で聞いたが、全長は羽込みで約8メートル、翼を開くと20メートルを超える。
150センチくらいのボクっ娘がさらに小さく見えるほどの巨体で、側から飛び立つのは二度見たが最初の時はあまりの迫力に圧倒されたほどだ。
そして大きく羽ばたくと、サイズさえ考えなければフワリと簡単に浮き上がった。
デカくても、さすが鳥。遠くから見ていると、普通のサイズの鷲や他の鳥が羽ばたくのと何ら変りない感じに思えるだろう。
ただし地面は、かなりの風が吹き荒れている。
安全距離を取っていても、何かにしがみついたりしゃがみ込んでいる者がいるほどだ。
なお、鳥といっても物理法則に対して巨体すぎるので、体自体を支えるのも飛ぶのも魔力の恩恵を大いに受けている。
高速で飛んでいる時は、羽や翼から魔力が放出されるような薄い膜のようなものも見えたりもする。
また、飛んでいる時のボクっ娘の髪は、魔力の放出に反応して魔法使う時のように淡い光を発している。より強く飛ぶため、巨鷲に魔力を供給しているのだ。
この乗り手の輝きにも、疾風の騎士の秘密がある。
飛んでいる時に聞いたのだけど、疾風の騎士 (シュツルム・リッター)と竜騎兵 (ドラグーン)は、騎乗している魔物(巨鷲または各種飛龍)に自らの魔力を注ぎ込むことで、騎乗する魔物に通常ではありえないほどの力を与えることができる。
これが強さの秘訣であり、供給できる特徴を持つ者しか乗り手にはなれない。
これは、それぞれの下位クラスである巨鷹、翼竜、天馬など、他の大型飛行生物(魔物)乗りとの決定的な違いでもある。
他の魔物に同じ事をすると、簡単に魔力酔いをして飛ぶどころですらなくなってしまうのだ。
つまり疾風の騎士と竜騎兵は、単に乗る為の魔物を得るのが難しいだけでなく、相当選ばれた者にしかなれない。
この為、竜騎兵は10万人に1人、疾風の騎士は20万人に1人もいないと言われるほど希少な存在だ。
ゲームのSSRどころの確率ではない。
それはともかく、ヴァイスは一度飛び立つと、そのまま力強く羽ばたき続け、どんどん高度をあげていく。
そしてボクっ娘はヴァイスを巧みに誘導して、うまく風に乗る。
素人でも、動きが洗練されている事が良く分かるほどだ。
そうしてしばらく旋回しつつ上昇を続けていたが、ようやく水平飛行へと入る。
翼の後ろの方に見えるランドールの町は、すっかりミニチュアサイズだ。
そしてオレが一通り安堵のため息をもらすと、レナの長広舌というか芸が始まった。
多分いつもしている事なのだろう。
「ピンポンパンポーン! アテンションプリーズ。ご搭乗の皆様、本日はヴァイス航空をご利用いただき、誠にありがとうございます。
本機はただ今、ランドール空港を無事離陸いたしました。目的地のウルズ国際空港への着陸予定時刻は、え〜っと多分二時間後くらいを予定しております。それでは、これより水平飛行に移りますので、しばし空の遊覧飛行をご堪能ください。
なお、ご案内は、パイロット兼キャビンアテンダントのレナがさせていただきました」
「何、そのモノマネ?」
お約束として最後まで聴き終えてから、一応突っ込みを入れる。
けど、振り返りつつ機嫌よく返してくれた。
「まあ、お約束ってやつだね〜。でもマイレージは溜まらないよ」
「そのネタ、毎回してるのか?」
「気分のいい時はねー。じゃあ飛ばすよ。しっかり掴まってて!」
「お、おう!」





