080「彼女の真相(2)」
「最初は寝ても覚めても『アナザー』なのも、ちょっと不思議だなーって思うくらい。厨二病が悪化したのかなぁ、って。
けど三日目くらいから、もうパニック。必死で現実に戻る方法を探したけど、何をしても無駄だった。それで友達にリアルを全部話して、現実の方でニュースとか新聞を色々調べてもらって、乗ってた車が事故に巻き込まれったって知ったの。
……何にも手につかなくなったわ。何しろ、私、もう死んでるんだから。本当に絶望してた」
そこで寝ながらだけど、仰ぐように顔を上に向ける。
「それまで一緒につるんだり旅をしてた他の『ダブル』からも逃げ出した。で、一人になったところで、こっちでも死んでやろうと思った。もう、全部無くなったんだから、こっちで生きてても仕方ないって。もうヤケクソもいいところよね」
そう言って、最後に苦笑する。
そしてその後は自嘲の籠った口調になる。ハルカさんとしては、凄く珍しいというか、初めて聞くような口調だ。
「けどね、いざ持ってた短剣で胸を刺したら、少し刺しただけで止まっちゃったの。すごく痛かったから。今まで『アナザー』でまともな痛みを感じたことなかったから、よけい痛く感じたわ。
で、そこで痛がりながら泣き崩れて、もうホント何も出来無くなったのよね。もう情けない限り」
そこで右腕を目の前に載せる。
思い出して少し涙ぐんでいたのに気づき、それを自分でゴシゴシと拭くためだ。
「泣き疲れて寝ちゃって、それでもう最悪な状態で目が覚めても、やっぱり昨日のままの『アナザー・スカイ』だった。
けど、まだ死ぬことは諦めてなかった。今度は、どこかから飛び降りでもしてやろうと思ったの。ムキになってたんでしょうね」
そう言って、少し笑みを浮かべる。自嘲の笑みだ。
「で、この頑丈な体でも確実に死ねるように、街で一番高い場所を目指したんだけど、道中の市場の真ん中で私の身体はもう大騒動。
そこら中のお店や屋台から、それはもうかぐわしい香りがしてくるわけよ」
そこで半ばヤケクソ気味な笑みをして、オレの方に向く。
「ショウなら分かるかしら。そう、お腹が鳴るのよ、しかも盛大に。近くの人にも、ガン見されたりくすくす笑われたり。商品勧められたりもしたわ。もう、死ぬことよりも恥ずかしさが先に立って、その場を逃げだしたの。
けどね、その時思ったの。この身体は、まだ生きたがってるんだって」
力無く笑ったあとに、諦めたような悟ったような表情を見せて、こちらに視線を顔ごと向けてきた。
表情はもうしっかりしていた。
「そのあと、心の復活にはもう少し時間かかったんだけど、もう死のうとは思わなくなってた。一週間もしたら腹も据わって、今度はここでちゃんと生きようって思うようになった」
口調にも自嘲や自棄な感じはもう無くなっている。
もう、いつものハルカさんになっていた。
「まあ、それからの私については端折るけど、こうして痛みを感じるのは、詳しい理由は分からないけど、私がここで生きている証なの。こんなの、現実だと当たり前すぎる事なのにね……」
そう言うと右手をかざして見つめている。
「あーっ、喋った、喋った。自分語りもこれでお終い。さ、あとはショウが決めて」
冗談めかしてそのまま毛布をほっかむりした仕草が、恥ずかしそうだった。裸よりも恥ずかしい、胸の内を見せたからだろうか。
そうだとするなら、ちょっと重荷ではあるけど、やっぱり嬉しかった。
「そっか。いつか現実で会えるの、けっこう楽しみにしてたんだけど、しゃーないな。あっちで会えない分、こっちでとことん付き合うよ。それくらい、いいだろ」
顔は毛布で見えなくなっていたが、「ウン」短く答える彼女の声は少し涙声だった。
しかし、それも一瞬で。再び目まで毛布からのぞかせる。
「フンだ。現実で会ったとしても、スーパーお嬢様な私が、現実世界のしょーもない一介の男子高校生を相手にしたわけないでしょ。ガン無視してたわね、確実に」
「ハルカさんって、随分減らず口になったよな」
「ショウに言われ……っ!」
オレの言葉にさらに言葉を重ねようとした彼女だったが、次の瞬間顔が硬直した。オレも同じだった。
外から空を切るような音が急速に近づいてきたからだ。
「追っ手か?」
「分からない。けど、馬の音じゃないわ。これって空を切る音。まさか、竜騎兵?」
「それって最強クラスだろ」
最低限の声で言葉を交わしながら、急ぎ武器だけでも手に取る。まだまともに動けない彼女にも、取りあえずオレの短剣を渡した。
何も持っていないよりは精神的に楽だからだ。
とはいえ、相手が本当に竜騎兵なら、ドラゴンに建物ごと押しつぶされるとか炎で焼き払われて一撃なんじゃなかろうか、などという悪い想像がオレの心に浮かんだ。
だから彼女を抱き寄せ、少しでも守れるように覆い被さるようにした。
その下で彼女は、近くに置かれていた自分の剣や盾だけでも何とか装備しようと四苦八苦している。
そうこうすると小屋のすぐ側で空を切る音は止まり、何か大きなものが地表に降り立つ音が小さく響いた。
そしてさらに、今度は人くらいの足音が気配も消さず近づいてくる。
恐らく一人。体重軽め。斥候だろうか。しかも俊足で近づいてくる気配だ。こちらに時間を与えない積もりかもしれない。
そこまで考え、とにかく剣を正眼に構えたところで、バーンと景気良く扉が開いた。
「お待たせーっ! って、何してるの、二人とも!」
ボクっ娘だった。
二人して呆然としていると、顔を少し赤くしたボクっ娘が「たったったー」と軽快に近寄ってくる。そうしつつも、ジトーっとした目線をオレ達二人を中心に部屋中全てに送る。
口元は、いいネタ見つけたとばかりにニヤけている。
「まあ、な〜んとなく、状況は分かったよ。神官戦士さんも、意識が戻ってホントに良かった。ツッコミもちゃかしもしないよ。
でもね、取りあえず服着てくんないかな。そんなR指定寸前のカッコだと、ボクの方が恥ずかしくなるよ」
オレたちは眼前の情景に、恥ずかしくなるよりも唖然としてしまい、その言葉に二人して「ああ」とか「はあ」と生返事してしまった。
けれどすぐに正気に戻り、オレは一人で、ハルカさんはボクっ娘に手伝ってもらって服を着て外に出ると、意外なものが少し先の村のもと広場に鎮座していた。
巨鷲だ。
側には治療のためだろう連れて来られた神官がポツンと立っているので、スケール感も良く分かった。
しかし騎手は見当たらない。
「へーっ、シュツルム・リッターに連れてきてもらったのか」
毛布で覆ったハルカさんをお姫様抱っこするオレに、振り向いたボクっ娘が少し悪戯っぽい表情を浮かべて、オレとハルカさんの顔をのぞき込む。
「そう思う? まあ、普通はそう思うよね〜。でもハズレ。あの子は、ボクのパートナーでジャイアント・イーグルのヴァイス。
あ、そうだ、自己紹介もまだだったよね。え〜と、そしてボクこそが、シュツルム・リッターのレナだよ。今後ともよろしくね!」
それまでたれ込んでいた雲を吹き払うような笑顔だった。





