008「アナザー・スカイとは(2)」
その後も『夢』は存在し続けたが、全ての精神病や青少年犯罪と比べると『夢』の社会的影響は微々たる規模と比率だった為、当初から高いと言えなかった社会の関心は年々さらに低下していった。
いつしか大人達だけでなく殆どの若者も関心を示さなくなり、都市伝説やうわさ話レベルでの思春期の頃の一つの現象程度に扱われるようになっていた。
「幻想症候群」などという言葉が、新たに作られたりもした。
日本のインターネット上では、おおむね「厨二病」の一種とされた。
インターネット上にまとめサイトや交流サイトもあるが、ほとんどゲームの一種のような扱いでしかなかった。
年が経つと共にSNS上でのやり取りも増えたが、やはりマイナー止まりだった。
今では、何かしらの出来事や事件と関係しない限り話題になる事もない。
なお、『夢』の現象が現れたのは、二十世紀末頃と言われている。一般的には、有名なオカルトイベントにかけて一九九九年七月とされている。
また、インターネット普及が『夢』の発端や原因と言われる事も多いので、一九九五年(パソコンの汎用OS発売)や一九九一年(ワールドワイドウェブの登場)が始まりとする説もあるが、21世紀の幕開け前後というのが大勢を占めている。
出現当初、『夢』は一部の思春期の頃の若者達の間で話題となった。
何しろ『夢』を見た者の数が多かったからだ。
また、ちょうど先進国を中心にインターネットが急速に普及していた時期なので、インターネット上での意見交換やコミュニティーなどで、瞬く間に世界中のアンダーグランドに広がった。
スマートフォンが普及する2010年代に現象が始まっていれば、もっと話題になったかもしれない。
現象の現れた地域は、西暦2000年前後の先進国地域に集中していた。西ヨーロッパ、北アメリカ、日本、一部東アジア諸国、一部南米が殆どだった。
つまり、当時情報が氾濫している地域で起きたのであり、インターネットの普及が原因の一つと考えられた大きな理由だ。
とはいえ、その後他の地域に現象が波及する事がほとんど無かった為、インターネット説は徐々に否定されつつある。
もしそうなら、現在はチャイナ地域の若者が最大勢力になっている筈だからだ。
そして2010年代になってスマートフォンが世界中で普及しても、一度定まった状態が大きくは動かなかった。
それでもチャイナ地域などの発現者が微増しているなどの変化はあるので、電子的な情報量の氾濫が原因の一つだという説は根強い。
なお、『夢』を見続ける若者の数は、かなりの数に上る。
見始める数が500人から1000に一人。そのうち約20%が長期間見続け、3ヶ月以内の初期脱落者を含めて約30%が残る。
長期体験者は、おおよその統計では2500人に一人程度になる。
総数で言えば、日本だけで約5000人、全世界だと約3万人。
日本人の比率が高めなのはやや例外で、様々な一神教信奉地域で初期脱落者が多いためと言われている。
しかし日本近隣地域は『夢』を見る比率がおおむね低いので、一神教は無関係とも言われる。
逆に、国や地域を問わず『オタク (ギークもしくはナード)』の比率が高いと言われることは多い。
また『卒業者』の数は、『夢』を見続けている者の約2〜4倍に増えている。つまり総数9〜15万人が『夢』の長期体験者という事になる。
なお、『夢』を見る者同士は、自分達の事を二つの世界に体が別々にあることから『ダブル』と呼んだ。
安直な呼び名だが、発祥がアメリカでしかもギークまたはナード (オタク)以外の者が多数派なので、自然と安直な呼び方が普及した。
「アバター(分身)」という呼び方もなくはないが、こちらは『夢』の向こう側だけの事になってしまうためか普及しなかった。
ちなみに、『アナザー・スカイ』の世界は広いので、『夢』を見る者の分布はまばらになる。
一部の『ダブル』が『夢』の中で科学的に測量などで調べたところ、地球と同じ大きさの星と分かった。
地形や天体観測からも、地球と断定してよいと考えられた。
そして地形が自分たちの世界とほぼ同じなので、空だけが違うところから『アナザー・スカイ』と名付けられた理由になっている。
無論、現実世界の地球ではなく、どこかの異世界、異次元、平行世界、量子的空間、もしくは遥か過去か未来の地球だ。
月の位置と自ら輝く木星の存在からも、同じ太陽系ではあり得ない。
この件については、星の位置や天体運行から調べようとした者もいたが、いまだ実態は判明していない。
このため過去説、未来説は否定されつつある。
自然環境は、現代の地球と少し違っている。
全体としては、二つの月の影響で実際の地球よりも温暖で、北極の永久氷河や氷山はほとんど無く、南極の永久氷河も小さい。
これは、わざわざ見に行った者がいるので間違いないとされる。
海抜は地球だと仮定すると30メートルほど高く、当然ながら海岸線も大きく異なっている。陸地面積も少し狭くなる。
世界全体のもともとの文明程度は、ユーラシア大陸全般で中世から近世初期。
魔法があるので多少の便利さはあるが、一部を除いて現代文明と比べるべくもなく低い。
なお、日本人『ダブル』の集中する「ヨーロッパっぽい地域」の総人口は1億人程度と言われるが、戦争や伝染病、飢饉、そして亜人種や魔物のため実数はそれ以下と考えられている。
近年、徐々に勢力を拡大しつつあるチャイナ系も、日本人の若者の人口学的な減少に比例するように「ヨーロッパっぽい地域」で増えているとされる。
欧米人は、チャイナやジャパン、もしくはインドに似た地域を満喫していると言われる。
その他の地域の『ダブル』も、自分たちの出身地域と違う気候風土と文化圏で主に過ごしている。
なぜなら最初に出現する地域が、それぞれの場所になるからだ。
いっぽうで、南北アメリカ大陸は人の世界ではない。
『ダブル』の数も少なく魔物の巣窟で、それらを統べる魔王 (英訳はデーモン・キングであってサタンではない)や強大な力と知性を有するドラゴンがいると噂されている。
オーストラリア大陸やアフリカ大陸南部も似たようなものだと言われる。
また太平洋と大西洋上にはそれぞれ浮遊大陸があり、高度な文明を有する現地の国家が存在していると言われていた。
ちなみに現地の人口から平均を取ると、『ダブル』の比率は約2万人に一人程度と推定されている。
この世界の人口密度で言えば、大国の首都以外の大都市に一人ぐらいの割合になる。
仮に総人口百万人の国があったとしても、僅か50人しかいない事になる。しかもどの地域でも、現代日本などと比べると人口密度が非常に低い。
このため、『夢』を見る者同士が偶然出会う可能性は、初期の段階では非常に低い。
だから、先に『夢』を見ている者が新参者を助けたり導くことが難しく、『夢』の初期段階で脱落者が多くなる原因ともなっている。
また、『ダブル』の絶対数が少ないため、『アナザー・スカイ』で大きな勢力を形成する事も難しいともされている。
なお、『ダブル』は、『アナザー・スカイ』の住人たちからは一応受け入れられているが、基本的に素性の知れない余所者、異邦人扱いされる事が少なくない。
しかし突飛な技術や知識、さらには価値観や概念を持っていたり、魔法能力や戦闘力が高いので、アテにされ重宝される事もかなりある。
ただし戦闘面では痛みを感じないので、「狂戦士」などと言われ嫌われる事も少なくない。地域によっては、悪しき存在と見られる事もある。
一方で、この世界では魔物が増えすぎた時、神々が異界から鎮定する者達を喚ぶという神話があるので、その話が『ダブル』が受け入れられる素地になっている。
しかし現地の人々の多くにとっては、突然現れた少し迷惑な隣人というのが一般評だ。
何にせよ、一部、いや大多数の『ダブル』が現実逃避を目的として望んだであろう『英雄』や『勇者様』とは、大きくかけ離れているのが現実だった。
『夢』の筈なのに、実に皮肉と言えるかもしれない。