079「彼女の真相(1)」
「あっ、やっと起きた。おはよう、でいいのかしら?」
オレが目を覚ました横で、ハルカさんがうつぶせで両膝をベッドについて少し身を起こし、顔をこちらに向けていた。
そこから左手が伸びて、仰向けで隣り合わせになっているオレの頬を人差し指で悩ましくツンツンしている。
彼女の表情はかなり穏やかで、声もいつものように落ち着いていた。けれど、血の気が引いて真っ白で頬も少しやつれている。
(また何日か経ったりしたんだろうか?……それよりも!)
ガバッと起き上がって彼女の姿を確認する。その勢いで、二人にかかっていた毛布の一部がはね飛んでしまう。
「えっ? なに、何で? もう平気なのか?!」
「ウ〜ン、まだ全然」
「じゃあ、そんな悩ましい、じゃなくて、無防備な、これもちょっと違うな、ともかく寝てろよ、傷開くぞ!」
「気が付いてすぐ、気合いで塞いだ。ホラ」
そう言って右肩とお腹を少し見せる。
手持ちの布を破いて包帯替わりにしていたが、自力で取ったのか外されていて肌があらわになっているが、確かに傷口は完全ではないながらもかなり治っている。
まだ十分痛々しい傷跡があるが、本格的な治癒魔法をかければ魔法の力が継続して作用して3日もすると跡も残らず消える。
初日にオレが受けた大怪我も、今では跡形も無い。
そして彼女の傷口は、明らかに魔法で治癒したものだった。
「魔法、使えるようになったのか?」
「少しね。それと二人が寝てる間に、従者契約のお陰でショウから私に少し魔力が移ってたわ。おかげで痛みも少し楽になったし、魔法も使えたの。
けど、多分、お腹の方はまだ中身が大変な事になってると思う。ズキズキしてる」
「じゃあ、やっぱり寝てなきゃ」
「けど、さっきの連中の襲撃あるかもしれないから、誰かが起きてた方がよかったでしょ」
「そりゃそうだけど。じゃあ交代だ。後はオレがずっと起きてるから、ちゃんと寝てろ」
慌ててベッドから出るオレの後ろから、「ウン」と静かにうなづく彼女の声が聞こえ、オレが向きなおる時には、仰向けになって毛布をかき寄せて目の手間までかぶっていた。
さらにその上に、さっきオレがはね飛ばしたやつもかぶせる。
顔の両方から毛布を抱えている細い指と相まって愛らしい。
ただ、視線はかなり真剣だ。
しらばくオレと視線が絡まり合っていたが、口を開いたのは彼女が先だった。
「ねえ、もう気付いてるでしょ。私の、ヒ・ミ・ツ」
多分に冗談まじりの言葉と目線だけど、それが演技なのは丸分かりだ。
「こんな時にちゃかすなよ。……ああ、多分な」
「そっか。けど、どっちだと思ってる? というか、普通は一択か」
「そりゃそうだろ。ああ、もう。言いにくいけど言うけど、ハルカさんってこっちの人なんだろ」
アハハと、毛布の中でくぐもった力ない笑い声が聞こえた。
(やっぱりそうか)
しかし、嘘を付かれた事へのマイナスの感情は無かった。だからそのまま続けた。
「けど、月並みだけど、別にどっちでも関係ないよ。ハルカさんはハルカさんだし」
しかし、もう一度オレと視線を交わらせた彼女の瞳は、ちょっと違っている風だ。より深刻な感じがする。
「……ありがとう。けど、残念ながらハズレ。さて、ここで問題です。真実はいったい何でしょう?」
再び少し茶化した声だけど、さっきと少し違う感じだ。
どちらかと言うと、茶化さないと話せないといったところだろう。
「さあな。オレの知る限り、体の痛みや苦しみを感じないのが『ダブル』だ。それしかない」
「そうじゃない人もいるの。それが私。……私ね、あえて現実世界で言えば幽霊なの」
「ハァ? エーット、幽霊って、実は亡者化してるとか? シズさんみたいに?」
思わず間抜け声が出てしまう。
また変な設定が飛び出して来てしまった。
「ブー、違いまーす。足が生えているどころか、こんなに魅力的な身体よ。さっきまで、べーったりくっついてたくせに」
「い、いや、いや、それはだな、緊急事態というか、何というか」
実にお約束で情けないオレの醜態を見た彼女が、もう一度軽く笑い声をあげたあと「い、イタタタ、分かってる」とだけ言って体を少しよじり、復活すると目元が再び真剣になった。
それにつられて、オレも何となく居住まいを正した。まあ、ほとんどマッパのままだけど。
「私、本当に日本人よ。ちゃんと聞いてね。ちゃんと話すから」
「ああ、分かった。ちゃんと言ってくれ。全部信じる」
「ウン。自分語りになるけど、我慢して聞いてね」
そこで一旦言葉を切り、軽く深呼吸して話し始めた。
「私ね、あっちの現実世界じゃあ、けっこうお嬢様だったの。見た目も髪や瞳の色以外は、この姿と似てた自信あるわ、ウン。
でね、家族は立派で家はかなりのお金持ち。けどね、恵まれすぎると意外に不便なのよ」
そこで少しため息をつく。
確かに育ちの良さそうな雰囲気は最初からあった、と思う。
「けどね、これでも私、真面目で通ってたし、周りの目も気になる方だから、とにかくお嬢様をするしかなかった。性格も、上っ面だけでも良い子をがんばって維持しようとした。
けどね、ちゃんと分かってる人も大勢いた。特に同性のクラスメートなんて、その典型だったわね」
少し自嘲気味に話すが、なんだか水面下ではっていう白鳥の逸話を聞く気分になりそうだ。
「けどまあ、クラスメートもお嬢様で優等生な私を粗略に扱う事はなかった。クラスどころか学年全体で私が中心で私が基準だったから、誰もハブられたくないからね。そんな毎日に表向きは満足していたけど、内心は全然違ってた」
ハルカさんは社交的で面倒見がいいから、自分で言うほど嫌われたり疎まれてはいなかったと思う。
たまに出る高飛車な態度を取る事もあるけど、それも大抵はオレにハッパをかけるためか半ば冗談でしてるって分かる。
「だから『夢』を見るようになって、すっごく嬉しかった。こここそが私の世界なんだって思った。全部自己責任だけど、本当の自由があると思ったから。私、この世界を満喫したわ。
けど、結局のところ、現実世界のストレス発散場所としか見てなかった。『夢』のおかげで、現実世界の私もストレスなく毎日過ごすことができたもの。
けどあの頃は、こんな事考えもしなかった。昼は将来が約束された、超勝ち組のお嬢様。一方『夢』では、剣も魔法もいける頼れる魔法戦士。歪んでるのは今では分かってるけど、あの頃は本当に楽しかったぁ」
そこで一旦言葉を切り、少し遠い目をする。
核心に触れるのだろうと予測のつく振りだ。
「けどね、去年のゴールデンウィークの時、車で旅行に行ったの。……フフっ、感がいいわね。と言っても、この話し方だと分かるか」
「うん。事故に遭った、でいいのか?」
「その通り。しかも私、死にました。一年前の交通事故で。まあ、事実を知ったのは、他の『ダブル』の子に調べてもらった後だけどね。
それで、その事故の時、私たぶんというか確実に爆睡してたのよ。旅先で力の限り遊びまくった後だったから。で、当然意識はこっちにあったの」
ネット上の噂で言うところの『完全異世界召喚状態』だ。
本当にあるとは驚きだけど、信じると口にした以上信じるしか無い。





