072「廃墟の中の神殿(2)」
「追われているのかな?」
「私にはまだそこまで分からないけど、そうなんでしょうね」
とりあえず大きく手を振ってみるが、何度かしてようやく1人が返してきた。
どうやらオレの目が相当良くなっているのは確かなようだ。
それよりも、今は近づいてくる3人だ。
かなり近づいてきて分かったが、激しい戦闘をしたのか、うち1人が見た目ボロボロだった。
2人で目配せし合って、3人に急いで近づく。
警戒させないように手を振り、そして大声をあげる。
「何があった。追われてるのか?!」
「分からない。それより神官様、安全な場所まで行ったら治癒をお願いしたい」
「心得ています。さあショウ、彼らを先導して」
3人のうち1人は女性。フード付きマントの下に、世界で最も有名な魔法学校を舞台にした映画に出てきそうな、著作権に引っ掛かるであろうローブをまとった魔法使い風の格好をしている。
村落以外だとハルカさん以外で初めてみる女性だ。
オレに最初に手を振ってきたのは、細身で大きな弓を背負った軽装の男性。弓兵かレンジャーといった感じだ。
激しく負傷しているのが、やっとの事で馬にまたがっていると言うほど消耗している、もう一人の男性だった。こちらは重装備だ。
3人とも20才前後で、全員かなりの魔力を持っていた。
装備もマジックアイテムらしいものを、それぞれが複数所持している。
オレの先導で神殿まで3人を連れて入り、そしてハルカさんが負傷している男性を別室で治癒する。
治癒には神殿にいる神官も参加して行うほどで、それだけ激しい負傷である事が伺えた。
その間、残り二人は体を清潔にして負傷がないかを確認し、その後温かいお茶と軽食を与える。
「フーッ、生き返る。ありがとう神官さん。いや、あなたは違うのかな? 済まないな、神殿の事はあまり詳しくないんだ」
「いや、構いません。オレはルカ様の従者をしています。あの、できれば事情を話してくれませんか」
「はい。助けてもらいましたからね。でも、神官様に話すほどの事じゃないですよ」
唯一の女性の魔法使いも、ようやくしゃべれるまで精神的に復活できたようだ。出会った時は顔が蒼白だったが、血色もかなり良くなっている。
と思ってホッとしたのだけど、少し目を細めてくる。
「それより失礼を承知で聞きますが、あなたたち『ダブル』ですか?」
(うわっ、直球きた)
内心動揺しているが、『ダブル』が何か理解できない風を装い、首を傾げつつとにかくポーカーフェイスでどうするかを考える。
そこに、絶妙のタイミングでハルカさんがオレ達の部屋に入ってきたので、取りあえずボロがでるのは回避出来そうだった。
しかし、見つめ合う形になってようやく気づいたが、ランドールの食堂にいた3人組だった。
最初に見た時から軽い既視感があったのはそのせいだ。
「お連れの方の治癒は終わりました。今は眠らせてあります」
「あ、ありがとうございます。あの怪我をこんなに早く癒していただけるなんて、何とお礼を申し上げてよいか。出来る限りのお礼をさせていただきます」
「では、お連れの方と相談されて、神殿に寄付をしてください」
細身のアーチャーの男性が、どことなく現代日本人らしく腰を曲げる。
ちょっと親しみの湧く仕草だ。
「あなたが、この神殿に居られたおかげです。あの、失礼ですがアースガルズ国境近くの町に居られましたよね。この神殿の方だったのですか?」
「いいえ違います。こちらには巡察で立ち寄ったまでです。私の事よりも、できるなら何があったかお話いただけますか。この神殿にも危機が迫っているなら対策を立てねばなりません」
「従者の方にも聞いたんですけど、あなたたち『ダブル』じゃないですよね?」
「そう見えますか?」
男性のアーチャーはともかく女性の魔法使いの方が、疑わしげにうなづく。
対するハルカさんは、余裕綽々の応対だ。
「なるほど。この者は東方から流れてきた者なので、あなた方に少し似ておりますからね」
ハルカさんは、相変わらず仮面を一枚被ったような雰囲気をまとって話をしている。そしてこういう態度を取っていると、彼女は『ダブル』には見えない。
物腰や雰囲気、細かい動きまでが、現代日本人ではなくこちらの人の動きになる。
役者でもやっていけるんじゃないかとすら思えるほどだ。
女性の方もそれで納得した風で「失礼しました」と詫び、男性の方は「やっぱり違うだろ」と小声で言っていた。
『ダブル』であろう2人は、それなりに礼儀正しい人なのは、言葉だけでなく態度からも見て取れる。
これって、こっちが『ダブル』ってばらした方が、話が早いんじゃないかと思うけど、彼女が言わない以上、言わない方がいんだろう。
そして彼女が話しを進めるので、基本オレは従者として余計な口を出してはいけない、らしい。
ハルカさんの入室と共に、ハルカさんの半歩下がった位置で直立して待機する。
「この神殿は多分大丈夫だと思う。俺たちが追われている可能性はゼロじゃないが、ジョージ、怪我したやつが動けるようになったらすぐ発つよ」
「そうですか。それと当神殿の者に聞きましたが、ここから出た時より人数が随分減っているそうですが」
彼女が探るように二人を交互に見る。
戦闘をしてきて追われているんだろと言いたいのだ。
「生存率を上げるため、他の仲間とは逃げる途中で分かれました」
「それだけ大きな脅威が居たと言う事ですね」
聞かれている二人は、交互に視線を合わせて話すべきか悩んでいる。
「咎められたりしないのなら、話します」
「神殿としては、正直に話してくださる方が助かります。必要ならば、情報の対価もお支払いしましょう。それに今ここは無主の地。咎める者もおりません」
ハルカさんの言葉で踏ん切りが付いたのか、二人してうなづき合う。
そして口調をいくらか崩して、本来の口調で語り始めた。
「オレ達はもっと数が多くて、3つのパーティーでお宝探しのため王都ウルズへ向かった。
もう何もないし、危ないという噂はあったが、めぼしいお宝を見つけたとかいう話は一度も聞いてないので、何かあるだろうと。何しろ攻め込んだこの辺りの国の軍隊も、ほとんど何も得られていないって話だったからな」
「それで何とか王都に入りましたが、もうモンスターじゃなくて魔物だらけ。色んなアンデッド、じゃなくて亡者に、諸々を苗床にしたらしい色んな魔物もかなりいました」
「中でも一番恐ろしいのが、姿すらまともに拝めなかった、王宮の玉座の間にいるっていう『魔女の亡霊』だ。アレの遠くからの一撃で、オレ達はいきなり半分が吹き飛ばされた」
「遠距離から高位の魔法を使ってきたという事ですか?」
二人の言葉に、ハルカさんが反応した。
オレ達はその正体を知っているから、念のため確認しておきたかったからだろう。
「あれはフォース・スペルかそれ以上だったな。それに射程距離が桁違いだった」
「もしかしたらオリジナル・スペルかもしれません」
「なるほど。それで『魔女の亡霊』は見ましたか?」
気になるので、オレが突っ込んでおく。
「いや、王宮内には入れなかった。アレは無理。魔女じゃなくて魔王って噂も本当かもな。ちらほらと、戦争以後にできた武装した死体も見かけたし」
「王宮までは至れるのですね」
「ああ、魔力持ちの手練れが5人もいれば何とかなる」
「えーっ、倍は欲しいでしょ。まあどっちにしろ、近づいたら一撃で吹き飛ばされそうですけど」
魔法学園風の女性は、仲間に話しかける時は丁寧語ではなく素に戻っているのが、やっぱり『ダブル』というか向こうの人っぽくて少しおかしく感じる。
「その一撃でやられた者たちは、全員一撃で死亡したのですか?」
「いいえ。警戒して防御魔法と装備でガチガチに防御してあったから、致命傷は無ありませんでした。でもその一撃で回れ右でしたね」
「で、さらに泣きっ面に蜂とばかりに魔物と亡者の群れに襲撃受けて分断されて、そのままバラバラになって総退却ってオチさ」
軽戦士風の男性の方が、両手を軽くあげてお手上げとため息をする。
そしてそれよりも、と話を再開する。
「それより、王都を逃げ出してからの方がヤバかったです。途中で気づいたんだけど、何かに監視か追跡されてました」
「相手は分からずか?」
「全然だな。攻撃してくるそぶりは無いから、とにかく逃げに逃げた」
「けど、『魔女の亡霊』の手先とかじゃないっぽかったですね」
「違う意味で不気味だったけどな」
その後も話を続けたが、特に大きな情報は出てこなかった。
そこでもう一つ気になる事を聞く事にする。
「あのジャイアント・イーグルの主? 見てませんね」
「さあ、俺達以外に人は見てないな。俺達を追ってきたヤツらが人なら別だけどな」
やはりめぼしい話は聞けなかった。
そしてその日もシュツルム・リッターは、神殿に戻らなかった。





