067「再出発(1)」
「とりあえず、旅とかに必要なものの買い物から始めましょうか」
ハルカさんの提案で、製鉄所から村というより町の中心部へと向かう。
町は中心部に進むに連れて建物が密集し、石や煉瓦で作られた建物も増えていった。
屋根も木や藁ではなく、瓦を使う建物も多い。
町全体で見ても、今まで見てきた村に比べて建物が立派でしっかりしたものが多く、町自体が豊かな事が見てとれた。
そもそも、二階の建造物を複数見るのは初めてだ。
そして現代のものとくらべると小さいながらも鉱山があるという話にあった通り、この世界に来てほぼ初めて農民以外の普通の人を見かける事ができた。
「裕福そうなところだな」
「そうね。アクセルのお父さんが開明的な方で、農業も進んだ農法と道具を取り入れて10年以上経つそうだし、主要街道沿いだし、製鉄や鉱山の収益もあるからね」
「新しい農法? 混合農業とか?」
「そうよ。『ダブル』が持ち込んだ、北海道辺りでしている農法やヨーロッパの農法を出来る限り取り入れているらしいわ」
「鉄鉱石は沢山取れるのか?」
「今の時代だと十分以上の量みたい。質もいいから、ここで使うだけじゃなくて買い付けにくる商人も多いそうよ。で、あの川から船で積み出すのよ。ついでに、ここで作った鉄も売れてるけど、安いから価格破壊してるらしけどね」
「へーっ。アクセルさん、大変なところの領主しているんじゃないのか?」
第三子とか言ってたから、豊かな場所の領主なんてしてたら家族や兄弟の間で競争とかありそうだとか、ついつい心配したくなる。
するとその噂の人物の声がした。
「そうでもないよ。自慢になるけど、我が一族は家族仲が良いからね。おかげで好き勝手させてもらっているよ」
「あらアクセル、町の見回り?」
「あ、さっきはどうも」
オレだけ、反射的に頭を下げてしまう。
「こんにちは、お二人とも。今日は市の日だから、見回りというより散歩がてらにみんなに挨拶しているだけだよ」
確かに、領民たちが結構気さくに挨拶や会釈をして、アクセルさんも応えながらこちらに近づいてきていた。
『ダブル』特有の『病気』で倒れていたオレに、アクセルさんは自然に接してくれてるのは素直に嬉しい。
「思ってたより領主と領民の距離が近いんですね」
「僕は例外というか変わり者で通っているからね。だから王都でも浮いているし、本領からも追い出されてここに追いやられているんだよ」
「とか言ってるけど、辺境警備の為でもあるのよ。少し前まで国境が近かったから」
「じゃあお勤めでもあるんですね。そういえば騎士でしたよね。立場的にはどうなるんですか?」
よく分からない事は聞くに限る。知らぬは一時の恥だ。
もっとも、彼女がややジト目でオレを見てるので、あまり聞いてはいけない類のことだったらしい。
「そうだな、領地は管理を任されているだけでボクには相続権ないから、国が派遣した騎士としてここに駐留しているのに近いね。ショウたちには、こういう面倒はないんだろ」
「どうでしょう。家を継ぐ継がないって話しは田舎に行けば多少はあるみたいですけど、普通はリーマン、えーっと給金もらう職業に就くだけですね」
「君たちからこの手の話を聞くと、商人ばかりの世界に思えるよ」
「何をするにもお金だものね」
「そう言われると世知辛いよなー」
二人して嘆息すると、アクセルさんが軽やかに笑う。
「ボクからすれば、ルカやショウの世界が天国のように思えるけど、どこに行っても楽園はないんだねー」と。
アクセルさん真理突き過ぎ。
その後、アクセルさんの案内で小さな町を散策する。
町には側を流れる川の少し上流から砂利や砂などによるろ過装置を通るようにした水道が引かれていて、町の中央広場の中心には噴水まである。
広場も馬車が走っても平気なように、石畳が引かれている。その石畳の道は、町の中を通る街道にも引かれている。
これだけでも、町の豊かさが分かるらしい。
製鉄所からの道中にも水道が走っていて、水道の水源の下流には幾つも水車小屋が並んでいた。
製粉所、従来型の鍛冶屋、焼き物工房、製材所、織物工房など動力が必要な施設が並んでいて、ちょっとした工業地帯を形成している。
その下流には、河川で使う船が停泊できる船着場がある。
そして町の中央の広場には、南側に役場、北側に神殿が建っている。神殿は今まで見た中では最も大きくて立派だ。
人も常駐しているが、彼女は神殿には用が無い限り入らない。
一見変だが、彼女がここの一番偉い人より能力が高い上に位も上のせいらしい。
角が立たないように、アクセルさんの客人としてお屋敷にいる方が無難なのだそうだ。面倒くさい限りだ。
そしてその神殿を中心に、町の広場に面する形で色々な店が並んでいる。また、広場の真ん中には露天や天幕で行商の店がいくつも開いている。
その場で食べられる屋台のような露店があったり、吟遊詩人まできている。
「今日はちょうど定期市の日だから、行商人も多いし周りの村々からも物産を売りにきている者が多いんだよ」
「賑やかでいいですね。こんなファンタジー世界っぽいシチュエーションは初めてです」
オレの言葉の後半に、アクセルさんが少し首を傾げている。
ハルカさんは、向こうの言葉を使ったらダメだろ的な表情と仕草であきれていた。
こっちの言葉にない単語などは、そのまま日本語もしくはジャパニーズイングリッシュで自覚も無く喋っているらしいからだ。
アクセルさんは深くは追求しないけど、誤摩化し笑いするしか無い。
しかし、色んなものがあって、本当にファンタジーのゲームに出てくる町や街みたいだった。
露天の出店で何かの肉の串焼きを買って頬張りながら歩いていると、ちょっとしたお祭り気分すらする。
「で、どこで何を買えばいいんだっけ?」
「ん? 何か入り用なら、ボクが用意するけど?」
「巡察じゃなくて個人的な事だから、気遣い無用よ」
「それこそボク個人として出させてもらうよ」
「じゃあいいか。お金持ちの財布だと気兼ねなく使えていいわ」
「ハルカさん、アクセルさんにも容赦ないんだな」
アクセルさんはアハハと軽く笑っているが、それだけ信頼しているんだ。しかもお互いに。
そしてアクセルさんを信頼するなら、もっと用意して欲しいものがある事に気づいた。
「用意してくれるっていうなら、色々と教えてもらいたい事があるんですけど、いいですか」
「何なりと。話せる事で分かる事なら全て構わないよ」
「ありがとうございます。けど、少しアクセルさんには話しにくい事もあるかもしれません。ノール王国がらみになりますから」
「確かにそうかもしれないね。でも、ボクの独り言を偶然ショウが聞くだけなら問題ないだろう」
ウィンクしながら軽く返してくれたけど、それは人が良すぎるだろと思う。
「こういう人なのよ。こっちが多少悪ぶらないとやってられないくらいよ」
横でハルカさんが苦笑する。
「だから高潔な騎士という役職は、ボクに合ってるんだ。それに人は選んで態度は変えているよ」
「自覚があってぶれないのは尊敬します」
アクセルさんを見つめて言ってしまったが、オレ的には本気の言葉だ。
しかしアクセルさんは、あくまで自然体だった。
「だってさ、ルカ」
「ダメでしょう。貴族なんだから」
「そう言うルカだって貴族だろ」
「えっ?」
思わず口に出てしまった。
ハルカさんはアクセルさんに余計な事をという目線を送っている。アクセルさんもちょっと失言だったかなという顔になってしまった。
そして彼女が、渋々オレに口を開く。
「えっとね、神殿は平民と貴族とでなれる役職が分かれているの」
「神殿巡察官は貴族に当たるってわけ?」
「ちょっと違うわね。もともと神殿巡察官は、神殿騎士が引退してなる、良く言えば名誉職だったの。
それは時代とともに形骸化していって、今では少し違っててね。よほどの能力がある場合とかの例外はあるけど、出自が貴族かそれに類する血筋じゃないと高位の役職にはなれないのよ。そうすることで、世界中に広がる神殿組織と各国の支配層の影響力のバランスを取りあってるから」
「じゃあハルカさんは、貴族の位を持ってるんだ」
「ええ。ノヴァは周辺部含めて他からも国扱いされてて、そこの評議員や高級将校、高級役人は貴族扱いね。まあ、あそこの評議員の席はお金でも買えるけど」
「そう言えば神殿と評議員の橋渡ししてたんだっけ?」
「ええ。ノヴァで高位の神官、というより神殿巡察官になるために半ば名目上だけど評議員にしてもらったのよ」
「ちなみに神殿巡察官は、神殿組織内で個人として高い権限が与えられるんだよ。魔法の治癒や魔法の薬を与えるのも、本来はその都度神殿のかなり上位組織への事前許可が必要だからね。
それに町々を癒して回るなら、普通は何人も治癒魔法が使える神官が同行して行列を組んで行くものだから、実質一人でしているってだけでルカは規格外だね」
「ノヴァの大神殿所属には、私以外にも神殿巡察官は何人かいるわ。それにそれ以上の『ダブル』もね。だから、そんなに大した事ないのよ」
アクセルさんのフォローを、さらにハルカさんが上書きする。
どっちが正しいんだろう。
「あのさ、色々と複雑そうだけど、神殿の組織とか役職を一回聞いといた方がいいんじゃないのか。オレも一応ハルカさんの従者なんだし」
「当面は大丈夫でしょ。必要になったら教えるわ」
「だね、ショウは権威や権力から遠いんだから、あえて知らなくていいと思うよ」
オレの懸念をよそに、二人は気にしている風はない。
というより、オレにそういうのを気にしてほしくないのかもしれない。
ここは従う方がいいだろう。
「了解。じゃあいいよ。それより、どこかで落ち着いて、これからの行き先の話を聞いた方がいいよな。どこかの店に入る? 一度この世界の普通の飲食店とか入ってみたいんだけど」
期待を込めて二人を見ると、アクセルさんは笑顔で彼女はやや諦め顔で了承してくれた。





