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日帰り異世界は夢の向こう  作者: 扶桑かつみ


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061「とある魔女のサーガ(1)」

「最初に謝りますが、厄落としでこの神社に来たのは気持ちとしては真剣ではあるんですが、半分くらい口実でした。

 ……その、常磐さんは、『幻想症候群』ってご存じですか。いや違うな、多少なりとも信じたりしてますか」


 社務所の奥の和室で、三人は正座して向かい合っていた。

 天沢は付き添いのようにオレの横に座って、二人して常磐さんと正対している。

 突然のヨタ話しにも、常磐さんは冷静というかほぼ無表情だ。


 しかし、先を話せと顔を少し上下させる。だからそのまま続けた。

 とりあえず、突然やって来たオレの馬鹿話しに付き合ってくれるだけでも儲けものだ。


 それからは、文学部で話した事とは少し違い、主にオレが『夢』の中で感じた事を中心に話した。

 恥をかく覚悟は最初からしてきたので、思ったほど気にならなかった。


 天沢にこの話しを聞かせた事は少し失敗だと思わなくもなかったが、成り行きだと諦めた。


 オレが話す間、常盤さんは無言のまま話しを聞き続けてくれた。

 ときおり首の小さな動きや目線、瞳でオレの話しを促すだけで、スラスラと話すことが出来た。これが本当の聞き手上手、いや話させ上手なのかもしれない。


 天沢の方も、今まで話さなかった部分には驚いたような仕草を見せることはあったが、静かにオレの話しを聞いてくれた。


「『アナザー・スカイ』での話しは、だいたいそんな所です。それで、オレはあっちに戻りたい。こっちの事とは別に、あっちでこそ会いたい人がいます。仮にこっちで探して会えても、オレとしては意味が無いんです。

 それにオレは、『アナザー・スカイ』をもう一つの現実だと考えています。だからこそ戻りたいんです。

 だから今日は藁にもすがる思いで、向こうの住人だったという噂のあった常磐さんに会いに来ました。ネットに書いているように、一度心で拒絶すると戻りたいと思うだけでは戻れないんです」


(さあ、ここからが本題だ)


 そう考えながら一拍子おいたオレより先に、常盤さんが静かに口を開いた。


「で、月待君。君は『アナザー・スカイ』での敗残者の私に、戻る方法や手がかりがないかと聞きに来たわけだ」


 それだけ言うと、今は闇の深淵を思わせる瞳でオレを見据えた。

 怖い、いや厳しい瞳だった。

 彼女自身の中でも、何らかの激しい感情が嵐のように猛り狂っているような印象を受けた。

 オレも根性を据えて、本気で常磐さんの瞳を見返した。

 オレの隣では、天沢の少し驚いたような気配が感じられる。


 先に目線を反らせた、いや静かに瞳を閉じたのは常磐さんの方だった。

 美しい額に険しいしわを刻みつけつつ、瞳を閉じたまま大きなため息をつく。


「……そうか。私とは逆だな」


 その後短い沈黙を挟んで、今度は常磐さんの独演会となった。

 いや、独演会と言うよりも、それは彼女の悲しい物語だった。


「じゃあお返しに、まずは私の話から聞いてくれ。私も自分語りになってしまうが、我慢してくれると助かる。

 ……お察しの通り、私も月待君と同じ『ダブル』だった。そう過去形なんだ」


 そこで小さく笑った。しかし、少し悲しい笑い方だ。


「フフっ、私はこれでも六年以上も『アナザー・スカイ』でも暮らしてきた。一時期以後は、あの世界を『夢』だと思った事はなかった。

 無論、最初からそうだったワケじゃない。

 最初は多くの人と同じように、『夢』の世界に有頂天になった。月待君よりもずっと運がよくて、気楽な冒険者を気取っていられた。

 過酷な場所で短期間だけ過ごした君には信じられないかもしれないが、そういう連中も大勢いるんだ。

 たくさんの冒険をして、沢山の事を学び、泣いて笑って怒って、そして楽しみぬいた。あの頃は本当に充実していた」


 少し遠くを見るような仕草をするも、すぐに言葉を続けた。


「だが私には、ある時転機が訪れた。私は、とある小さな国の小さな危機を救った。私はついに、ちょっとした英雄もしくは勇者になったんだ。

 ……嬉しかった。こう見えて、何年か前までは夢見る少女だったんだ。お話の中の英雄や勇者に憧れたものだった」


 本当に嬉しかったのだろう。今までで一番深い感情の込められた言葉が続いた。


「そしてその小さな国の王から信頼を得て、その国に仕えることになった。仕える事に対して、私に二言があるはずもなかった。

 それからの私は、必死になって頑張った。勉強した。努力した。嬉しかったからだ。だってそうだろ、現実では取るに足らない学生でしかない小娘が、総人口十数万人とはいえ一国の中枢に参加出来たんだ。

 この偉そうな口調も、『アナザー・スカイ』での名残なんだ」


 ここまで話すと口調が沈んでいった。つられるように少し息を飲んでしまう。


「しかし、全ては長く続かなかった。転機が訪れたのは、今から半年ほど前だった。我が国と隣国の関係が急に不穏になったんだ。

 原因はなんの事はなく、私にあったと言ってもいいくらいだ。その頃の私は、近隣ではちょっと名の知られた魔法使い、魔女だった。

 言っておくが、有名なおとぎ話のみたいに毒薬を作ったり悪さをしてはいないぞ」


 少しおどけた口調だけど、それだけにより悲しげに見えた。


「こっちの知識に加えて努力と研鑽の甲斐あって、魔法、魔導の研究では大きな成果が上がっていた。しかも王宮の真下に、はるか昔、神々の時代に遡るほどの遺跡がある事を発見した。そこで陛下は、私を中心に据えて、国の繁栄につながる調査と研究を命じられた」


 悲しみの中にも懐かしむ雰囲気、誇らしげな雰囲気が感じられる。


「私は全力を尽くし、そして成果を上げた。そうして、遺跡の底で未知の魔導に触れたんだ。すごい力だという事は、初期の調査ですぐに分かった。

 だが、未知の部分が多すぎて、何をどうすればいいのかは分からなかった。これは長い調査と研究が必要だと、部下たちと腹を括ったほどだ」


 ここからは、さらに言葉が沈んでいった。


「しかしすぐにも、我が国が巨大な古代の魔法の力を復活させたという噂が広まった。そして近隣諸国は恐れ、そしていとも簡単に、見えない恐怖に怯えるように戦争へと発展した」


 天沢が「戦争」とつぶやいている。

 話を聞いた事はないのか、初めて聞いたと言う感じだ。


「一対複数。戦う前から、勝てない戦争ということは分かっていた。当然、得体の知れない魔法の研究をまるごと渡し、戦争を回避しようという動きがすぐに起こった。

 私も、周囲を説得して全面的に賛成した。国を栄えさせる為の行いで国を滅ぼすなど、本末転倒も甚だしいからな」


 そこで軽く溜息が入る。今更言っても仕方ない事だと言う表情だ。


「だが、近隣諸国は、我が国の言葉と行動を信じなかった。簡単に渡すと言った事に対して、もっとすごい物を持っているとしか考えなかった。

 しまいには、交渉を仲介していた中立の立場である筈の神殿までもが我が国に疑いの目を向け、あとは坂道を転がり落ちるだけだった。私は、一連の流れに何か見えざる者の作為すら感じたほどだ」


 本当に悔しげで苦しげな言葉が続く。


「戦争は、私程度では止めようがなかった。それに魔法使いの私では、全面戦争ではたいした役にも立たなかった。

 マンガやアニメの魔法使いとは違って、一介の魔法使いに一軍を退ける力や、国を救う力などないんだ。あの時ほど、チート能力が欲しいと思ったことはなかったな」


 その言葉とともに開いた手を見つめる。


「だが既に精神的に追いつめられていた私には、一つの秘策があった。

 最新の調査で見つかったばかりの未知の魔導器を破壊の方向に使えば、巨大な力が生み出せるのではないかという期待があったからだ。

 そして魔導器を使った私は、普通では考えられないほどの魔力を得ることに成功した。魔導器は意志のようなもので強い拒絶と抵抗を示したが、私は全力で押さえ込み、その力を戦争の為に、敵を砕くために使った。

 そして使い抜いた」


 言葉どころか話を聞く際の頷きすら挟めない程の勢いで話すので、ただ聞き入るしかなかった。


「最低でも、見知った人だけでも助けたかったからだ。それにあの国は、あの時の私にとって第二の故郷と思える場所。今のこの場所より、思い入れが深い場所だった。

 だが私の行いは、小さな勝利しかもたらさなかった。

 しかも逆に、敵の過剰な反応を誘っただけで、より激しい攻撃を受ける事になった。

 結果、戦争に勝つどころか、王城を守ることすら出来なかった。多くの人、見知った人、親しい人、信頼しあった人、恋しい人までもが先に死んでいった。最後の頃の私は、完全な復讐鬼だった」


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