053「人との戦い(1)」
ここから新章突入って感じです。ある意味本編の始まりです。
『夢』を見るようになってから、おおよそ一ヶ月が経った。
アンデッド・ハザードからだと、約2週間が経過している。
現実世界では6月の下旬、梅雨に入りつつある。
けれど実際の季節は、梅雨というより夏の装いを見せつつあり、今年の夏は梅雨よりも先にやってきそうな勢いだった。
とはいえ、生まれてこの方、世に言う異常気象しか過ごしたことのない身としては、適当に折り合いをつけるだけだ。
『アナザー・スカイ』では「前夏の1週目」。お月様が1週間で一周する影響からか、この世界に「一ヶ月」という概念がない。
「春夏秋冬」が13週ごとに巡り、各季節は幾つかの週をまとめて「前春」のように前、中、後で分けられている。
これに冬至の日の1日を足して一年となる。そして冬至の日が、一年の初まりとなっている。
閏年もあって、その年は夏至の1日が増えて、世界各地ではそれぞれ盛大な祭りがある。
4年に一度の夏至の日は、全ての戦争、争いをやめてお祭りをする地域もあるのだそうだ。
とにかくこの世界では、曜日の巡りが毎年同じということになる。
その『アナザー・スカイ』での、オレ、月待翔太とハルカさんの巡察と治癒、そして魔物退治の旅は続いていた。
いまだ、なんちゃってヨーロッパなスカンディナビア半島南部の人の少ない地域を、すごくゆっくりしたペースで回っている。
彼女は治癒魔法を使える神殿巡察官という位を持つ神官で、医療巡察をしているからだ。
もっとも、人の多いところにはそれなりの神殿があり、医療施設などもあるから回る必要が少ないからだと彼女は言っている。
けど要するに、神殿内の縄張りとかが面倒なので、避けて通っているようにも見える。
そのせいでと言う訳でもないが、辺鄙な場所ばかりを巡っている。いまだ村以上の規模の人の集まりに行ったこともなかった。
また、『ダブル』との接触も避けている節があるのか、他の『ダブル』と出会うこともない。
「やっと森を抜けたなー。ハルカさん、今日は次の村かな?」
「森を抜けたって言っても人の手の入った様子がないから、村はまだ先でしょうね」
「じゃあ野営か。どっかに水があるといいな」
「そうね。飲料水は足りてるでしょうけど、丸一日森の中だったものね。お風呂やシャワーとは言わないから、水浴びがしたいわ」
しみじみとした彼女の言葉に男のオレでも内心同意だ。
「1日に何度も戦ったり、少しハードだったしな」
「強い魔物も多かったしね。私一人だったら、森を迂回してたと思う」
「お役に立てたのなら何より」
そう言って軽く頭を下げる。
「謙遜しなくていいわよ。もう独り立ちできるくらい強いわよ、ショウ君は」
「そうなんだ。と言っても、この巡察に付き合うのが約束だから、最後まで付いてくよ」
「そう言えばそうだったわね。まあ、宜しくね」
「なんか、最近ぞんざいだなあ」
「そんな事ないわよ。頼りにしてます、従者殿」
「ハイハイ。仰せのままに」
そう、約一ヶ月前に彼女に助けられてから、その恩返しを兼ねてこうして彼女の護衛役のような形で付き添っている。
とはいえオレの心の内としては、可愛い彼女と少しでも親しくなって、少しでも長く一緒にいたいから付き添っているのだ。
その彼女とオレの関係は、オレのヘタレ具合もあってせいぜい親しい友達といったところだろう。
ラッキースケベな状況にも出くわさない。
彼氏彼女の関係になれたら言うことはないが、最低でもオレ自身の変化が必要だということくらいは、自分自身でも分かっていた。
それでも出会った頃より随分と親しくなれたと思うし、仲間や戦友のような友達以上の信頼関係は築けていると思っている。
特に戦闘時の呼吸は、出会った頃と比べると格段に合うようになっていた。
もっとも、アンデッド・ハザードの後は大きな戦闘はなく、ちょっとした魔物を2日に一度くらいの頻度で相手にするくらいだった。
一番強いので、魔物化している大熊や食人鬼数体の群れくらいだ。
しかも戦闘にはかなり慣れて、矮鬼の群れを見ても「ああ、なんだこいつらか」くらいにしか思わなくなっていた。
慣れとは恐ろしい。
また、二回、盗賊にも遭遇した。
夜中に神官と知らずに襲ってきた連中はともかく、昼間に襲ってきたバカもいた。
どちらも大した強さなじゃいし、魔力持ちもいなかったので、手も無く撃退、そして捕まえる事ができた。
現実で仕入れた知識で、実際に相手を昏倒させる事も出来たので、いい実験台というのがオレの精々の感想だ。
しかし、夜中の襲撃は一人旅の危険さを再認識することになったので、ハルカさんのオレの必要性なり依存度も少しは高まったと思う。
そして彼女と二人なら、どこでもノープロブレムだ。ちょっとした冒険の連続にオレは十分満足していた。
けどその日、現実世界で目覚めたばかりの今のオレの気持ちどん底だった。
なぜなのか。そのワケについて、ちょっと過去に遡ってから、今朝の目覚めまでもう一度戻ろうと思う。
その事件は、巡察の旅もようやく終わりが見えようとしている頃だった。
狭く作りの悪い街道を、馬で縦列になりながら進んでいた。オレが前で彼女が後ろ。外向けには神官と従者という関係だけど、護衛という役回りになるのでオレが前を進む。
オレも不意の戦闘にも慣れしてきているので、ハルカさんも特に文句を言うこともない。
「シュッ!」
変化は唐突にやってきた。
推定30メートルくらいの距離から、矢を射掛けられた。こういう場合、盗賊は人や馬の足元を狙って外す事が多いが、いきなり急所だ。
そして、この距離から急所が狙えるだけの腕を持っている相手だという事を示していた。
けど、普通の矢だったので、もう難なく対処できる。馬に乗っていなければ簡単に避けられただろう。
とは言え、避けて彼女の方に飛んでいったら愚痴の一つも言われそうなので、手で矢の真ん中辺りを掴み取る。
某世紀末マンガのように、二本の指で摘んでクルリと相手に返すのは流石に無理っぽかったが、もうこの程度は楽勝だ。
「やるっ!」
ハルカさんの喝采も、事態が容易な事を知らせている。
オレは彼女に軽く応えるための目配せだけして周囲を伺う。こっちの行動が予想外だったのか、最初の矢以後の反応はない。
彼女の方は、念のため防御魔法を準備し始めた。楽観的でも油断しないのはセオリー以前の話だ。
「魔力を持つ反応はなし。気配は……ちょっと分からないけど、一人ってことはないだろうな。どうする?」
「いきなり急所狙いなんて、盗賊にしては物騒よね。捕まえちゃって」
気軽に言ってくれる。
矢は今の所あれっきり。簡単に手で掴まれたので、こっちを警戒しているのだろう。
「いっそ逃げてくれたら楽なのになー」
「逃げたら、また誰かを襲うでしょ」
「そうだよな。じゃあ、ちょっと馬見てて」
言うが早いか、馬を飛び降りて一気に駆け出す。もう目星はついているので、剣を抜いて一気に目標へ殺到する。
現実世界だったのならオリンピック選手を軽く超える運動能力で走る事ができるので、相手が魔力なしの普通の人ならオレの動きに全く対応できないはずだ。
現にオレが動いたことで、今度は矢を何本か射掛けてくるが、全て見当違いの場所だ。
しかし、慌ててはいないようだった。その矢は牽制らしく、射掛けてすぐに回れ右して逃げ出している。しかも二つの方向に分かれて逃げているようだ。
(かなり慣れた連中みたいだな)
そう思うも、基本的な身体能力が全然違うので、とりあえず一人に追いついて、ようやく使えるようになった峰打を剣の柄でたたき込んで昏倒させる。
ついでにもう一人も。しかし別方向に逃げた連中は無理だった。
しばらくすると、彼女が周囲を警戒しながら追いついてくるが、その間に二人を縛り上げる。
「どうする? 半分逃げちゃった」
「逃がしてどうすんのよ、と言いたいところだけど、あの数は予想外だったわ。それに逃げ慣れてたし、私が魔法で仕留めればよかったわね」
「逃げるってことは、ここにいるので全部か、それとも逃げた先に仲間がいるか……」
「それにその格好だと盗賊じゃないわ」
オレもそんな気がしていた。弓も普通の弓じゃなくて矢をつがえる台座が付いた弓、石弓だったし、防具もチェインメイルを着ていたり、他の装備も盗賊というより兵隊だ。
昏倒させたうちの一人は、ヘルメツト型の兜も装備していた。
「これって、傭兵か兵士崩れだよな」
「でしょうね。どっちでも嫌な相手だけど、この先に村がある筈だから心配だわ」
「じゃあ、逃げた奴は放っておいて村に急ぐか」
「そうしましょ」
倒した二人を近くの木にさらに縛り付け、馬の背に乗ると一気に駆け出す。何かある前提なので、さらに長時間対応の防御魔法もかけてもらう。
前から魔力の反応が向かってきていたし、さらにその先にも数体いると思われたからだ。
そして村の手前の小さな茂みを抜けようと言う時、魔力を持つ者の存在の動きが活性化するのと殺気を同時に感じた。
ほぼ二人同時に抜きはなった剣先に、カンカンと当たるものがある。数本の弓矢、さっきと同じ石弓の太めの矢だ。やはり急所を狙ってきている。
うち2発は、普通とは違う威力で魔力の煌めきも見えた。
幸い馬は狙われなかったが、防御魔法は馬にもかけてあるので気にせずそのまま前進させる。





