044「アンデッド退治(4)」
一方オレは、せっせとアンデッドどもをなるべく一箇所に集めるべく走り回る。
たまに逸れそうな奴もいるが、それは手早く叩き壊しておく。各個撃破の1体2体相手なら全然余裕だ。
そして幸いなことに、寄ってくるアンデッドのほとんどはスケルトン状態で、不気味さは腐った死体のゾンビと比べると格段に低い。
けど、群れの中心には、遠目にも何か魔力というか霊力とかそんなものが溢れてゆらめいているのが見える。
半透明で分かりにくいが、ローブを着た魔法使いっぽい気もする。
残念ながら、真っ赤な衣装のキング・オブ・ポップではなかった。
(あれって、ゴースト? レイス? スペクター? 透けてるけどリッチーとかじゃないよなー。頼むから変なのくるなよー)
不気味にこちらを見てくるので、何かに祈りたくなってくる。
少し不安になったので彼女の方を見ると、『盛り上がってまいりました』とばかりにせっせと魔法の準備をしている。
その瞳も、オレを超えて向こうにいる大きな魔力の反応に注がれているのは間違いない。
しかし目が合うと声をかけてきた。
「そろそろ準備オーケーよ! 連中を近くまで連れてきてー!」
「りょーかーい!」
(簡単に言ってくれるなあ)
と思ったけど、亡者ご一行はどうやら簡単にきてくれそうだった。
半透明の魔力の反応が高い奴も、オツムはそれほど良くないようだ。もしくはハルカさんの漏れ出すほどの魔力に惹かれているのかもしれない。
それとも接近して数で押し潰さないといけないと判断を下したのかもしれない。
それを肯定するように、何体かのスケルトンが複雑に組み合わさって、巨大なスケルトンのような何かに変化というか進化する。
ボーンゴーレムというやつだろうか。
どうやら中央の半透明のやつが、何か魔法を使ったようだ。ちゃんと発動時の魔法陣も見え、それはセカンド・スペルだった。
とりあえず、この場のボスは魔法が使えるくらいの知性のあるアンデッドらしい。
「知性ありのアンデッドに、あれはボーンゴーレムじゃないのか? なぁー、あれもいけそうかー!」
「今ならなんでも来いよ! ドラゴンでも一撃よ! もう直ぐ発動だから、ショウ君もさっき言った通り上手く避けてねーっ。死ぬわよー!」
「死ぬはないだろ」
アンデッド軍団より、妙にハイテンションな彼女の方が不安になってくる。
「ドカンとデカイのをいく」とか言っていたが、何を仕出かそうとしているんだろうか。
すでに彼女の周りには、大きな魔法陣が3つ出現している。
周囲には簡易魔法陣と幾つかマジックアイテムも置いているが、それらも連鎖するように強く光っている。
そして4つ目の魔法陣までが出現する。
彼女は、何かブツブツと呟いているが、おそらく複雑な呪文を脳裏で描きつつそれを口頭でも確認しているのだ。
複雑な魔法だとする方がいいことだと言っていた。
けど、今の彼女の姿は、神官や戦士ではなく魔法使いのそれだ。彼女の全身からも盛大に魔力の光が溢れていて、絵面はかなり恐い。
そして魔導師の魔法っぽく、魔法陣の上の方では何か球形の揺らめきが二つ出現している。
アレを叩きつけるんだろうかと思っていると、彼女の目が大きく見開かれ手にしていた剣と剣を持つ腕が相手に力強く向けられる。
「崇高にして偉大なる魔道と科学の御子らよ、我が前の全ての敵を疾く滅せよ。爆ぜろ!『轟爆陣』!!」
ノリノリでポーズをとってそう叫ぶと、魔力で作られた淡い輝きを放つ二つの球体が一瞬で何だか強そうなアンデッド集団の真上に到着して一つに合体し、そして大爆発を引き起こした。
凄まじい閃光の後に爆発、そして高温の爆風が爆発地点を中心にして広がる。爆発音もかなり強烈だ。
効果範囲というか爆発範囲は、炎の球の直径が多分20メートルくらい。
半透明のリーダーらしきアンデッドは、何が起きたのか理解できないと言いたげな表情を浮かべたまま、爆発の光に飲み込まれていった。
直後に発生した衝撃波や爆風などの破壊範囲は、直径で100メートルくらいに及んだだろうか。
爆発の後には、かなりの大きさのキノコ雲まで盛り上がっていく。
そしてオレは、アンデッドの囮となるべく爆風ギリギリくらいの所に突っ立っていたのだけど、事前に話を聞いていた通りに魔法発動と同時に退避に移る。
一気に後方に飛び下がり、伏せて、目を閉じて、耳を塞ぎ、口を開く。まるでジャンピング土下座だ。
少し情けないが、次の瞬間大爆発とその爆風が背中から襲ってきた。
避けたと言っても文字通り目の前だったこともあって、想像を絶するというか何か魔法とは思えない爆発に思えた。けど、事前にかけてもらった防御魔法のおかげもあって何ともない。
炸裂した場所が農地の真ん中なので延焼などの被害は出ていないが、爆心地とその周囲のアンデッド達はたまったものではないだろう。
10秒ほどして爆発と爆風が完全に収まると、周囲は奇妙な沈黙に包まれた。
というか、爆発音でオレの耳が『キーン』と鳴っている。
(対策してなかったら、鼓膜が破れてたんじゃないか?)
とりあえず気を取り直して立ち上がり周囲を確認すると、アンデッドの数が激減していた。
最も密集していた辺りが、文字通り何も残っていない焼け焦げた状態なので、オレが誘き寄せたアンデッドのうち残っているのは、オレのすぐ側にいた奴らを中心に1、2割程度だ。
しかも生き残りも、爆風で一部欠損している奴が少なくない。倒れたその場でのたのたとしか動けないやつもいる。それでも戦えそうなやつは10数体いたので、まずは残敵掃討。
そして難なく掃討していると、彼女も剣を持って参戦してきていた。
「あー、うまくいって良かったー。見た見た、凄かったでしょう。オリジナルスペル『轟爆陣』」
スケルトンを粉砕しながらだけど、まだ声が弾んでいる。魔法がうまくいったことが、かなり嬉しかったみたいだ。
「必死で避けてたから、ちゃんと見てなって。けど、何ていうか、魔法使いっぽい魔法だったな」
「ええ、大賢者から教わったとっておきだからね」
「へーっ。てか、大賢者もいるんだ。それで、どんな魔法だったんだ。炎系っぽいけど」
「『ダブル』のオリジナルスペル。オリジナルスペルは属性関係無しに使える上に、実質的な破壊力はフィフス・スペル以上。オタクの厨二病患者が大好きな、魔法と化学の融合って言ってたわ」
「そんな魔法あるんだ。ハイっ! まずはこれでフィニッシュ!」
爆発からの生き残りの最後を倒して、とりあえず残敵掃討は完了だ。見渡してみても、動いているアンデッドはいない。
その間も、彼女の解説は止まらない。まだテンションは高いようだ。
「何年も実験繰り返して作ったらしいけどね。教えてもらう時、苦労話の方が多かった気がするくらい」
「じゃあ、何か現代知識が生かされてるのか?」
「そうよ。専用の触媒か、かなりの量の水から水素と酸素を作って、それを気圧をかけて一時的に分離保存、そして圧縮。さらに魔力を注ぎ混んで、色んな魔物にも効果が出るようにした上に爆発威力を高めて、ドカンっていくの」
「水素と酸素って、もうファンタジーじゃないだろ」
「そりゃあ仕方ないでしょ。『ダブル』の知識で生み出した魔法なんだから」
「何かモンスターたちに、申し訳ない気になってくるな。中心に何か強そうな奴いたけど、気配も残ってないぞ」
「火力を上げるために破壊系の魔力もたっぷり混ぜてあるから、逆にあれで無事だったら即撤退ものね」
鎧越しでも見事なのが分かる胸を張って誇っている。魔法は会心の出来だったみたいだ。
「光槍や魔弾は魔力のみの威力だけど、やっぱり化学変化を加えると威力が違うわね」
爆発跡あたりまでくると、彼女は改めて自分で放った魔法の威力に感心している。地面は完全に焼け焦げているから当然かもしれない。
オレも通過時に地面を小突いたりしてみる。
超高熱でちょっとガラスっぽくなっている場所もあるんだけど……。
「なあ、これって最高クラスの攻撃呪文じゃないのか?」
「いいえ、まだ上があるわよ。私たちの魔法の中には、触媒に火薬や酸とかもっと危ない薬品を使う奴もあるし」
「使うなよ。物騒だな」
「そうね。けど火薬自体は、この世界というより魔力と相性悪くて、あっちと比べると威力は随分低いらしいわ」
「へー、物理法則は同じって言うのにな。けど、火薬あるんだな」
火薬はファンタジーでも登場しなくはないが、オレ的には鉄砲や大砲が量産されたらファンタジー感が台無しだ。
できれば、火薬には大人しくあって欲しいところだ。
「ええ、材料自体はこの世界でも手に入りやすいしね」
「硝石だっけ?」
「あと、硫黄と炭。人造硝石作る場合は石灰も必要ね」
「もう魔法いらないだろ」
「だからぁ、火薬単体は威力が妙に弱いのよ。花火くらいならともかく、鉄砲や大砲が初期の火薬だと役立たずだって言ってたわ。
まあ何にせよ、火薬系は私全然向いてないから使えないけど。それに攻撃魔法は一応これで打ち止め」
話ながら、それまでの興奮気味の声から一気に冷静な声にもどっていく。ようやく魔力酔いから醒めたらしい。
彼女の体の魔力の気配も収まってきている。
「魔力使いすぎた?」
「そうね。ショウ君から沢山もらったおかげで、まだ半分くらい残ってるけど、残りは防御と治癒に残しとかないと。
あと、廃村にも何か大物がいた時に、『光槍撃』が使えるぐらいは残しておきたいから、これからは物理で鎮魂よ」
「そうだよな。まだ溢れてきた分を倒しただけだもんな」
「倒すじゃなくて鎮魂。それ忘れないでね」
「魔法で興奮してた人に言われたくない気がしまーす」
「確かにちょっと悪ノリしてた。けど、あの魔法難しいのよ。ちょっとくらい大目に見てよ」
「悪い。じゃあ、仕切り直しと行くか」
「ええ」
俺たちの行く先には、廃村とそこでうごめく無数の亡者がうごめいていた。





