043「アンデッド退治(3)」
今夜は大きな月が長時間夜空を照らすので、アンデッド相手の夜間戦闘には向いた夜だ。
けれど月が出ている夜は、月の光が魔力を活性化させるので魔物なども活性化すると言われている。
アンデッドも例外じゃない。
そして夜は、アンデッドが活発に活動する時間だ。
出発前に、アクセルさんからある程度補助アイテムを支給してもらい、二人で割り振られた廃村へと向かう。
残念ながら装備には、ショットガンやホームセンターにある凶暴そうな工具はない。
当面はオレが物理、ハルカさんが魔法中心に戦う予定なので、スケルトンに有効な武器については予備武器として手斧を借りた。
他にも、魔法の込められた回復薬、『ダブル』の言うところのポーションを幾つかもらった。
こういうものも、結構用意してあるらしい。
あとは、すでに準備されていた鎮魂・浄化用に聖別した水や呪具もかなりの量を、荷物運びだけ村人の有志に運んでもらう。
何しろ、戦闘後に村一つ分の供養をまとめてするので必要なんだそうだ。
しかし倒すこと自体は、幽霊系が現れない限りは物理だ。
「えーっ、怨霊退散やターン・アンデッドみたいな浄化呪文ないのかー」
そして道中だけど、相変わらずのトリビアやチュートリアルを聞きながらも、なるべく明るく話しながら進んだ。
アンデッド退治で陰気臭く行ったら、より士気が落ちそうだったからだ。
「ゲームや創作物と違って、この世界の魔法に正邪はないもの。十字架も効果無いし、お札で怨霊退散ともいかないわね」
「確かこの世界のアンデッドって、人の怨念とか怨霊じゃないんだっけ?」
「どっちかというと残留思念ね。自力で作為的に亡者になるのも不可能で、吸血鬼みたいなやつもいないわよ。あと魔力には、人や生き物の思念が移りやすいってのが一般説。だから生き霊もたまに居るのよ」
「じゃあ、その意識を中核にした魔力の塊が半透明状態のアンデッドって事?」
「そうよ。で、そいつらが死体なり骸骨を操る場合も、だいたい同じね」
彼女が、まるで操り人形を操作するような手さばきを見せる。
言われてみると、骸骨はそんな気がしないでもない。
「なのに鎮めたりできないんだ」
「鎮める魔法はあるわよ。倒した後でしか効果ないけど」
「倒すねぇ。なあ、実体が無いヤツはどうやって倒すんだ?」
「魔力から生まれたものは、剣でも魔法でもいいから魔力で倒すのよ」
「聖水とかってどうなってんの?」
「一応煮沸とか聖別してるけど、魔力を正常化する魔法を込めた魔力が濃く混ざった水ね。魔法使いでも似たようなことができて、魔水って言うこともあるわ」
「なんだかなー。神官や魔法使い分ける意味あるのか?」
思わず口に出た不用意な言葉に、ハルカさんが流石に顔を少ししかめた。けど、オレの正直な気持ちだ。
ただ彼女も分かっているようで、少し苦笑するとチュートリアルを再開してくれる。
「本職前にして厳しいこと言うわね。まあ、あえて言えば感情で棲み分けしているって感じかしら。宗教って理屈じゃないもの」
「それ、なんか分る。けど、この世界って一神教はないんだったよな」
「魔法があるせいで、誰かが宗教起こすって環境が整わないって聞いた事あるわ。超常現象が身近に実在するからどうとかって」
「なるほどね。で、結局、神官と魔法使いは同じ魔法使っているんだよな」
「どっちも得手不得手あるけど、その辺は長い時間かけて棲み分けしてるのよ」
「じゃあ同じ魔法は、呪文も名前も同じなのか?」
この辺りの事は現実世界のまとめサイトにもあるが、諸説あってどれが正しいのかよく分からない。
「属性もそうだけど基本同じね。けど魔導士協会だと、白黒黄色とか色で分類してるわね」
「神殿は? やっぱ色?」
「いいえ、属性と同じよ。神様によって得意分野が違うことになっているわ。天の三柱、地の六柱って聞いたことあるでしょ? あと神殿は、攻撃魔法だと光や雷が大好きね」
「ああ、そんな情報も見た事あるかも。けど、いい加減なんだな」
「おかげで色んな魔法も修得出来て便利じゃない」
「そう言うと身も蓋もないなあ」
半ば無駄話だけど、沈黙よりはマシだ。そして喋りつつも目的地の廃村へと急ぎ向かっている。
そしてアンデッドの気配が大きくなってきた時点で、後ろについてきていた村の有志たちに馬と聖水など重い荷物を託して、有志の皆さんにはある程度の距離を置いて待ってもらう。
アンデッドに後ろが攻撃されたら目も当てられないからだ。
逆にオレたち二人は、徒歩で前進を開始する。そして接近するオレたちに反応して、付近にいた村から溢れ始めていたアンデッドが集まってくる。
アンデッドが生き物に引き寄せられるのは、この世界も同じだ。しかも中級以上のアンデッドは、魔力持ちも大好物らしい。
それに、すでにこっちを目指している感じが強いので、早くも次の村を襲撃しようと動いていたのかもしれない。
そして前進を続けてしばらくすると、アンデッドの数は徐々に伝説のキング・オブ・ポップが現れて踊り出しそうなぐらい増えてくる。
しかも、オレたちが準備をしているところに、飛び抜けて大きな魔力の反応を持つ存在が近づいてきた。
しかもお供も大量に連れている。
そろそろ頃合いだ。
「じゃあ、準備を始めましょうか」
そう言うと彼女は、立ち止まっているオレに手を伸ばしてくる。事前にオレの魔力を託して、それも使って大規模な魔法を発動させるためだ。
そして事前の説明通りに両手をがっちりとつなぐ。
残念ながら密接に抱き合ったり、触れてはいけない場所に触れなければならない、という事はない。繋ぐ手も恋人繋ぎではない。
どうもこの世界は、欲求不満男子に都合良くは出来ていないらしい。
(まあ、彼女の顔が目の前にあって、手を固く握れるだけでも役得か)
何しろリアルのオレは、女の子の手など握ったことがないので、状況が状況なら心の中で狂喜乱舞してるところだ。
せめて互いに分厚い手袋じゃなければ、だけど。
「じゃあ、できるだけ楽にしててね。拒んだらもらえないから」
「了解。じゃんじゃんいってくれ。けど、これって、ある種のアブソーブやドレインなんじゃないのか?」
「アラ、了承を得てもらうから違うわよ。それにちゃんとした魔力移譲の魔法だし」
言い終える頃には、魔法陣が確かに一つ、二つと浮かび上がる。
しかし呪文詠唱らしきものはなしで、いきなり吸い始める。
「あ、あ、アっ、いい感じ、いい感じ、きてるきてる」
彼女はちょっとエロい感じの小声をオレの目の前で出しながら、繋いだ両手からオレの体の中にあるのであろう魔力を吸い上げてく。
なんとなく献血をしているような感じがする。
しかし勢いよく吸い上げているらしく、魔力の流れが肉眼ですら見えているし、徐々に彼女の体が活性化した魔力で光を帯びていく。
魔力というのは普段は輝きが無く肉眼で見るくらいに固まっていると黒っぽいが、活性化すると淡く光る。
つまり今、活性化しつつ吸い上げられていることになるわけだ。
「あーいい感じ。なんかクセになりそう。相性がいいのね」
本当に気持ち良さそうだ。とはいえ、性的というよりシャワーでも浴びている時のような快適さな感じだ。
「な、なあ、吸いすぎてないか? 力が入らなくなったりしたら流石に困るんだけど」
「ああ、ごめんごめん。ドレイン久しぶりで、つい吸いすぎちゃったかも」
「うわっ、ドレインって自分で言ったよこの人」
「いいでしょ、同じようなものだし。けど期待しててね。これは予想以上にいけそうよ。魔力が漲ってるわ!」
なんだか彼女は元気一杯だ。顔も若干紅潮している。
一度に魔力を吸いすぎると、精神的にハイになるって話は事実らしい。
魔法を使う者特有の症状で、今のような状態を『魔力酔い』という。魔法使いなど、魔法を使う者が暴走する一番の原因だと言われている。
さらに一度に魔力を浴びすぎると、酔いを通り越えて『魔人化』して本当の化け物のようになって、意識も保てなくなるそうだ。
場合によっては、魔力に飲まれて人の形すら維持できなくなって暴走するという。
この影響で、所謂スライムが最強もしくは最悪のモンスターと言われる事もあるらしい。
だから魔法を使う際は、魔石などの媒介からその都度引き出すのが普通だ。
その現象を目の前にすると、魔力以外にも生命力とか色々吸い取ったんじゃないだろうかと思える。
そして魔力を帯びて爛々と、そして怪しく揺らめく瞳を向けてくる。長い髪の毛も、魔力を吸って少し膨らみ、淡く光りながらゆらゆらと揺れている。
気のせいか、お肌までツヤツヤしているようにも見える。
「さ、いよいよ本番よ。作戦通り動いてね」
「おう。前衛は任せろ」
「本当に任せるわよ。準備にそれなりに時間かかるから」
「リョーカイ、リョーカイ。じゃ、一発派手なの頼むぜ」
「ウン、任せといて!」
それだけ言うとオレはさらに突出して、まずは付近を明るい目の魔法の明かりを灯してもらっておいた棒切れを掲げて目立つように走る。
他にも挑発するように音をたてたり、群れに大きめの石を投げるなど注意を引く行為を繰り返す。
そうすることでアンデッドどもの注意を誘い、そしておびき寄せるのだ。
その間彼女は、二人で鎮定を請け負った根拠となる『切り札」である大掛かりな攻撃魔法の準備を始める。





