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日帰り異世界は夢の向こう  作者: 扶桑かつみ


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029「儀式魔法(1)」

ここからしばらく2、3話ほど少し鬱な展開になります。

 『アナザー・スカイ』でのその日の目覚めは、オレの願望を一つ叶えてくれるものだった。


「ねえ、そろそろ起きて、ショウ君」


 美少女が、眠っているオレの体を揺すりつつ声をかけてくれているのだ。おかげでオレの意識は一気に覚醒した。

 ここで取るべきオレの選択肢は、素直に起きるか、もうしばらくこの幸せな状況を楽しむかの二者択一だろうか。

 青春マンガのように、毛布を引っぺがしてくれたら合格点。馬乗りとかなってくれた、天に登ってしまうかもしれない。

 けど、何度かゆするとハルカさんの手が離れる。


「いい加減起きなさい。狸寝入りしてるでしょ」


 目を開けて視線を向けると、両手を腰に当てて少し怒り気味なハルカさんがいた。


「……うん、おはよう。何だかちょっと起きるタイミングを逃しちゃって」


「起きるのにタイミングも何もないでしょう。今朝は忙しいから、手伝って欲しいんだけど。……昨日の寝る前にも言ったわよね」


「うん。いえ、はい。ごめん」


「謝らなくていいから、早く服着て」


 そう言うと彼女は部屋にあった椅子に腰掛けて、机に向かい何かを書き始めた。

 見れば彼女は、すでに身だしなみは整えた後だ。昨日まで結構いい加減だった髪型も、儀式の為かしっかり整えてある。


 オレの方は、現実世界なら寝巻きからの着替えとなるので、一度半裸になることをネタに会話を楽しむこともできるが、下着状態で寝ていたオレは上から着込むだけだ。

 実際、彼女は見向きもしてくれない。


「ハァ」


 なんかため息が出てしまう。


「え、何。手伝うの嫌なの?」


「違う違う。異世界に来てるのに、何だか夢のない世界だなぁと、ちょっと遠い目になりそうになっただけだよ」


「ふーん。まあ、異世界と言っても不便で暮らしにくいものね。慣れるしかないわ」


 オレの内心を誤解してくれたのはありがたいのだけど、相変わらず彼女は達観している。ベテランともなると、こんなものかもしれない。



 オレの落胆はともかく、取り敢えず着替えると食事前に作業を進めることになる。

 先に食事にしないのは、食事を用意してもらうにも準備がまだだからだ。村に来たからといっても、この世界にはコンビニどころか電子レンジも冷蔵庫もない。


 パン一つにしても、麦をこねる所から始めて竃に火を入れて焼くので、出来るまでに軽く一仕事してから食事という事も多い。

 というわけで、まずはひと仕事だ。


「ちゃんと固定しててね」


「うーっす」


 彼女に言われるまま、紐がついた棒を土が露出した地面に立てる。棒の方は彼女が持って、俺は反対側の紐の端を地面に固定しておく役だ。

 場所は村の広場。そこに今、大きな円を描いている。

 そしてそのまま円を幾つも描いている。さらに彼女の指示を受けながら、オレでもできる手伝いをしていった。

 彼女はオレに指示を出しつつも、オレには分からない文字や図形を手際良く書いていく。


 円形も大きいから手伝うのであって、普通は一人で描く。

 円陣描きは魔法職の基礎技術でもあり、最初から魔法の使える『ダブル』は体が覚えているそうだ。

 それに魔力が多いと、記憶力が高まったり動きにも正確さが増す事が多いと言う。


 なお、地面は土なので細い溝を掘っていく形だから、それほど複雑な模様や文字を書くわけではない。けど、幾何学的で規則性があり子供の落書きと違うのは一目瞭然だ。

 見ていると、どこか電子回路のようにも思えてくるほどだ。


「これが儀式魔法なのか?」


「その下準備ね。というか、下絵みたいなものかしら」


「じゃあ、本チャンが何かあるのか?」


「魔法の構築で魔法陣を呼びだすのは、普通の魔法と同じよ。これは儀式用の媒体や供物を置く目安や、魔法をかける人を入れる場所の目安ね。

 魔法陣は私が魔法で出すけど、儀式に必要なのは正確な場所に媒体を置くことが目的かしら」


「じゃあ、なくても魔法は使えるのか?」


「正しい場所に媒体を置くのは難しいから、最低でもその位置だけでも分かるようにした方がいいわね」


「じゃあ、複雑な図形や文字とかは無くてもいいんだ」


「まあね。けどあった方が効果は上がるわよ。魔法は図式も重要だから、簡易魔法陣でもバカにはできないわ」


 作業を進めていると、手の空いた村人が少しずつ集まりだす。また一部の者には、先に言いつけて儀式に必要なものを準備させているので、その品も集まりつつある。


 神殿に安置されている村の呪具、生贄用の家畜、昨日から神殿で聖別してあった煮沸した清潔な水、ワイン(=アルコール)、ろうそく(火)などだ。生贄用の家畜は、等価交換というほどではないが、傷を癒す際に実際の『材料』になるらしい。


 それ以外は彼女が持っている儀式用のアイテムがあり、中には普段身につけているものも含まれる。


 しかし儀式はもう少し先なので、一通り下準備が終わると朝食をとった。

 村中の1日分のパンは、村に一つだけあるパン焼き小屋で村中の分を一度に焼き上げるので、ちょうどパンのいい匂いもしてきたところだ。


 そして黒パンやライ麦パンとはいえ、焼きたてのパンは今まで食べたこっちのパンの中では一番美味しかった。

 何より焼きたてだと柔らかいので、普通に食べる事もできる。それでも現実でのパンには、かなり劣っていた。


 あと、生みたての家鴨の卵を使った目玉焼きも初めて見る品だ。ベーコンを焼いたものは、少なくとも量は十分以上だ。

 個人的には、なんだかよく分からないハーブティーではなく、コーヒーがあれば言うことがないぐらいだった。


「いっぱい食べておいてね」


「ん? ああ、儀式終われば出発だもんな」


 ハルカさんがわざわざ言わなくてもいいと思ったが、その時は軽い気遣い程度にしか思っていなかった。

 しかし朝食後に広場に出ると、その理由が判明した。


「ハイ、ここに立っていてね」


「いいのか、魔法陣の中だろ」


「うん。ショウ君はこの魔法に是非とも必要だから。言ってなかった?」


 わざとらしい満面の笑顔。さすがにオレもちょっと不満だ。


「聞いてない」


「じゃあ、今言うわね。実はこの儀式魔法は、私一人でもできるんだけど、もっと魔力が使えれば、もっと広範囲の魔法に出来るの。それでね、この魔法陣の大きさは、魔法を大きくするサイズに合わせてあるのよ」


 一転して真剣な表情で言われた上に、期待の目でハルカさんと魔法陣を見るたくさんの村人を前にして否定し辛い。

 『謀ったな!』とまでは思わないが、水くさいとは思う。


「ちゃんと言ってくれれば、快く協力するのに」


「うん。かもしれないと思ったんだけど、かなり魔力使うから今まで嫌がられる事が多かったの。特に『ダブル』からは。ショウ君の気持ちを考えず、ズルしてごめんなさい」


「いや、いいよ。良い事するんだし。けど、神官でも嫌がるのか?」


「使う魔力量が多いから、少人数だとたいていは嫌がるわね。魔力少ない人には、けっこう堪えるから。けど私の見立てだと、ショウ君なら大丈夫よ。危なくないようにセーブもするし」


 「じゃ、よろしくね」とだけ言い残すと、他の場所に呪具や法具、彼女が普段から身につけているマジックアイテムを配置していく。


 魔法陣が描かれたアミュレット(護符)、大ぶりな魔石のネックレス、複雑な文字や模様が彫り込まれた魔力が揺らめく黄金色のブレスレット、大きな宝石のリングが、おそらく東西南北に置かれていく。

 細かいところはオレにはわからないが、全て何らかのマジックアイテムだと思われる。


 そして村人にゆっくりと体を回しながら説明を始める。


「すでに教えられていると思いますが、魔法陣は決して踏まないこと。形を崩さないこと。呪具、法具に触れないこと。破ると魔法が発動しません。良いですね」


 村人が一様にうなづく。

 それを確かめつつ、彼女は村人をゆっくりと見渡す。


「では、重病の者は円の中心に入りなさい。寝たままでも構いません。その次に、体のどこかに小さな欠損があるもの、病気の者、今現在怪我をしている者の順に入りなさい。欠損が大きい場合、重過ぎる病いへの効果は僅かしかありません。

 また、円内にまだ空きが残っていたら、かすり傷、微熱などでも入って構いません。では、順番にお入りなさい」


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