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日帰り異世界は夢の向こう  作者: 扶桑かつみ


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021「魔物の襲来(1)」

 意識が覚醒してくると、何かが燃える臭いと自然の匂いがしてくる。

 まぶたの向こうにわずかにぬくもりと明かりも感じる。


 ゆっくり目を開けると、視線の先には焚き火の番をしているハルカさんが、ちょうど新たな薪を焚き火にくべるところだった。


「おはよう。いや、この場合ちがうのか」


「あっ、自力で起きれるとは、エライエライ」


 彼女がオレの言葉に反応してこっちを見る。

 単なる夢ではなく、現実感というか存在感が違う。

 しかし口にするような事じゃない。

 口から出たのはありきたりな言葉だ。


「そうなのか?」


「眠りの浅い人は『ダブル』に向かないって言うし、逆に8時間くらい平気で寝続ける人も多いのよ。だいたいは、焚き火番してる人に起こされるっていうわね」


「ハルカさんも?」


「私は慣れてるのもあるから、自力で起きられる方かしら。

 ……じゃあ、交替にはちょっと早いと思うけど、寝かせてもらうわね。流石に眠いし」


 オレが上体を起こして体をほぐしていると彼女が立ち上がったので、オレも立ち上がり毛布をたたむ。

 使う毛布は別だったが、その辺は彼女の準備がいいお陰だ。


「うん。おやすみ。そうだ、明日は少し遅めに起こそうか?」


「う〜ん。次の村まで近いから、そうしてもらおうかしら」


「了解。じゃお休み」


「うん。おやすみー」


 話しながら場所を交替し、彼女は毛布にくるまるとすぐにも寝息をたて始める。

 毛布にくるまり焚き火とは逆側に向かって横になっているので、寝顔は見えない。

 こっちは、腰掛けるのにちょうどいい石を椅子代わりにする。これもさっきまで彼女が座っていたやつだ。


 もちろんだけど、その石を愛でたり頬ずりする変態趣味は持ち合わせていないし、残り香や体温を堪能したりもしない。

 だいいち、彼女が寝た振りをしてこっそり見られていたら目も当てられない。


「冒険者の旅は相互信頼が大事っていうけど、ちょっと無防備すぎかも。信頼してくれているのは嬉しいけど」


 若い女性が男と一緒にいるのに眠れるのは、よほど信頼してくれていると思わないといけない。出逢ったばかりとあっては、尚更だろう。そして応えようと思うぐらいにはオレも紳士だと思う。


「可愛い寝顔が見えないのは、ちょっと残念だけどな」


 美少女がすぐ側で寝ている事を前にして心が平穏だとは言えなかったが、その程度に思う事にした。

 そして焚き火番と言うだけあって、火が消えないよう時折薪を追加していくくらいしかやることはない。


 一応、周囲の警戒をしておかなければならないが、そんなにポンポン魔物が襲ってきたりはしないし、普通の獣は火を恐れるので近づかないのはこっちでも変わらない。

 暖をとるだけでなく、普通の獣避けも焚き火の役目の一つだ。


 それにしても先に寝させてもらって正解だった。でないと、途中でうたた寝をしていたかもしれない。

 何しろ他にやる事がない。ゆらゆらと揺れる火を見ていると意外に飽きないが、それにも限度がある。


 今のところのオレは、たいした荷物も無ければ手すきの時にする手仕事もない。ついでに、こっちには暇つぶしのスマホもない。

 しかも周囲は森が迫っていて暗い部分が多く、月明かりの下の夜景が楽しめるというほど夜空は見えない。音も川の小さなせせらぎと、遠くで鳥獣の鳴き声が時折するくらい。

 あとは彼女の小さな寝息しか聞こえない。


 何かをするにしても、火を見ているか木々の間から見える星でも見ているしか無い。

 仕方ないので、初期装備の短剣を使って薪用の木切れを適当に細工する遊びなどで時間をつぶした。

 けど、すぐに飽きてきたので、彼女から少し離れなるべく音を立てないようにしながら剣の素振りの稽古などをしてさらに時間をつぶす。

 そして時折薪をくべに静かに焚き火に戻り、ついでに彼女が起こしていないかを遠目で確認する。


「そういや不思議だよな。さっきまで寝てたオレはあっちで一日を過ごしていて、今寝てるハルカさんは今あっちで一日過ごしているんだよな。どういう仕掛けなんだろ」


 それぞれ実質10分の1のぐらい時間で互いの一日を別に過ごせるのかは、現象が始まってから議論されているが、いまだ答えは出ていないらしい。

 だからオレ程度のおつむで考えるだけ無駄だ。魔法とか神様とか、そんなもんのおかげなんだろうと思うしか無い。

 そんな事を思いつつ何となく見上げた空は、よく星が見えていた。


「星が見えると思ったら、今日は月がけっこう欠けてるせいか」



 その夜、不意に変化を感じたのは、夜が最も深い時間を超えた辺りだった。あと1、2時間もすれば朝焼けが始まる頃合いだ。

 なんと言うか、首筋というか耳の後ろあたりがゾワゾワする。


「第六感とかあるって、本当なのかな?」


「体に流れている魔力が、他の魔力のざわめきに反応したのよ」


 さっきまで寝ていたハルカさんが、静かに目を開けてこちらを見ていた。


 すでに2時間以上経過していたおかげか、オレが起こすより先に気配に気づいて目を覚ましたらしい。

 そしてすぐにもテキパキと動き始める。脱いでいたミスリルの鎖帷子を着込み、ブーツ、グラブなど装備を手早く装備していく。

 その間、口を動かす事も止めない。


「いつ気づいた? 襲ってくるまでもう少し余裕ありそうだけど」


「ほんのちょっと前。まだ1分も経ってないと思う」


「こういう時、スマホなり時計が欲しいわね。今度買おうかしら」


「時計あるのか?」


「機械式の懐中時計があるわよ。もちろん『ダブル』製。こっちの貴族や金持ちにも大人気。馬鹿みたいに高いけどね」


 そう話している間にも、その魔力の気配は確実にこちらに近づいてくる。


「火消した方がいいか?」


「私たちより魔物の方が夜目は利くから、むしろもっと燃やして」


「了解」


 火勢が上がるように、どんどん薪をくべる。そこに彼女が近づいてきて、小さな瓶の中身をたき火の中に注ぐ。何かの油だったらしく、火勢が一気にあがる。

 慌てて飛び退くほどだ。


「これ、特殊な材料入りで、さらに魔力がこめられた特製の油。照明用で、こういうとき便利なの。これでおびえて逃げてくれたらいいけど」


「逆に魔物を呼び寄せてない?」


「それならそれで、手間が省けていいでしょ」


 腰の辺りまで火勢があがる中、その火に自分の姿が映りすぎないような場所に陣取り、敵対的な存在が近づいてくるのを待つ。


 そうすると、魔力の気配とやらだけでなく、近づいてくる者たちの音や普通の気配も感じられるようになる。彼女も、迫ってくる敵の方に注意を向けている。


「近づくの止めないな。しかもかなりの数っぽい」


「相手は主に人型ね。大きい奴もいそう。数は矮鬼なら2、30ってとこかしら」


「敵、でいいのか? 盗賊とか人じゃないよな」


「人だと魔力でも気配が全然違うし、普通の人だと魔力は感じないわ。間違いなく魔物。亡者でもないわね。雑な感じだから、矮鬼か、その系統でしょうね」


「よく分かるな。オレはさっぱりだ」


「慣れよ、慣れ。ショウ君もそのうち分かるようになるわ」


 そこまで言うと、ハルカさんが魔法の準備を始める。

 これがアニメだったら、長々とした呪文の詠唱を口にしているところだろう。目を閉じて集中する彼女の体が徐々に魔力の光でぼんやりと輝き、魔法陣が1つ、また1つと増えていく。


 そして3つ目の魔法陣が出てきて、一気に輝きが増す。

 最高潮に達したあたりで、彼女が目を見開き呪文の一部もしくは『それっぽい言葉』口にする。

 魔法の構築にはイメージも大切だそうで、強い魔法には相応の言葉の方が自身が納得するそうだ。

 あっちでわざわざそれっぽい言葉を仕入れてくる『ダブル』もいるぐらいだ。


「高貴にして光輝なる神々の王よ、我が前に立ち塞がりし愚か者共に鉄槌を! 行け、光槍陣!」


 最後の言葉と共に、彼女の周りに浮かび上がった多数の光の槍が、目標に向けてすごい速度で飛翔していく。

 一つ一つが2メートルぐらいある光る投槍で、オレが最初に見た光の矢よりも格段に威力が高そうな輝きを放っている。


 それを肯定するように、彼女がこっちを向いて不敵に笑う。


「ショウ君に見せるてあげるための大盤振る舞いよ。矮鬼相手じゃもったいないんだけどね」


 その言葉を証明するように、まるで生き物のように進路を変更しながら飛翔していった輝く槍たちは、森の中で次々に目標を捉えているようだ。


 闇の向こうの各所で、痛そうな音と断末魔の悲鳴が上がる。悲鳴の数は10はくだらない感じだ。

 それを見届けた彼女は、もう一度精神集中する。そうすると今度は法衣の下の鎧が淡く輝き、そして体の周囲に光り輝く鎧が出現する。

 さらに剣と盾も光を帯びる。小さな盾の方は数倍の大きさの輝く盾になる。


 夜戦うには、派手すぎる出で立ちだ。


「派手な魔法といい、夜に戦うには問題ありそうだな」


「そうね。私、夜戦は苦手なの。だから後はよろしくね」


 言葉の最後がウィンク付きで、しかも語尾にハートマークが付きそうなぐらい可愛い口調だ。

 普段なら見とれるところだけど、そうもいかない。あの一撃でも諦めてない敵は、数を大きく減らしながらも接近してきているのが、オレにもなんとなく感じられていた。


 そして彼女は、よろしくと言いつつもオレを援護しやすい位置に移動し、むしろ敵から目立つ場所に位置する。


「……ちょっとは突っ込んで欲しいんだけど」


 軽くジト目で見返してきたが、いくらオレでも彼女の意図くらい分かる。


「戦闘前の緊張をほぐそうとしてくれたんだろ。ありがとう。それより、結構やっつけたんだろ。普通逃げないか? オレたち、何か恨まれる事したかな?」


 オレの言葉に、彼女が少し面白くなさそうな、それでいて少し感心したような表情を浮かべた。


「おとといの夜の仲間が追いかけてきたんだと思うわ。もっと大きな集団だったみたいだから」


「大きな集団って、この辺って治安とか大丈夫なじゃないのか?」


「このくらいの数だと、新しく発生したか前の討伐した時の取りこぼでしょうね。どっちにしろたいした事ないわ」


「何にせよ、おとといもこっちが襲われたのに、えらく恨まれたもんだな。しつこすぎだろ」


「魔物は人を憎むものよ」


 そこに4、5本の矢が彼女に殺到するが、鎧よりさらに外に力場のようなものがあるらしく、輝きと共に弾かれていく。

 狙われた彼女は油断無く視線を巡らせているが、剣で弾くでもなければ左手に持つ盾すらロクにかざしていない。必要がないからだろう。


 しかも、その少し前から、迫って来ている連中が走り出したのが分かった。

 今まではこちらを見つけていないか奇襲でもするつもりだったのか徒歩だったのだろうが、逆に先制攻撃を受けて焦ったのかもしれない。


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