016「模擬戦(2)」
そのあと、夕食の下準備を挿んでかなりの時間をかけてボコボコにされたので、中学時代の部活を少し思い出した。
彼女は最後まで息もあがらず、オレの全身の打ち身やかすり傷も何でも無い事のように魔法で直してしまった。
「やっぱ、ハルカさんすごいな。全然息あがってない」
「これくらい、ショウ君もすぐに平気になるわよ。それより、もう傷ついてるところない?」
その言葉に、体をまさぐったり動かして確認する。
「ない……と思う。やっぱり魔法はすごいな。かすり傷でも普通なら完治に1週間くらいかかるんじゃないかな」
「そんな事より、汗かいたでしょ。水浴びしましょ。せっかく川もあるし」
彼女は言うが早いか川岸に近づいて装備を外し、服を脱ぎ始める。
その様にオレは呆然としてしまう。何しろ突然美少女が脱ぎ始めたのだ。しかもタイツを下着が見えないよう器用に脱ぐ様は、かなり艶かしい。
思わずガン見してしまう。
そして、振り向いて蔑むような目の彼女と目があった。
「……言っとくけど、全部脱いだりしないから」
「だ、だよな。いきなり脱ぎ始めるからビビった。それにしても、大らかというか無警戒すぎない?」
「いちおう、ゼロじゃない程度には信頼してあげてるから」
そう言ってオレに向ける彼女の目力が強い。
間違いなく、信頼に応えろと言っていた。
「そりゃどうも。けど……」
「奇麗な水は貴重なの。けど、今朝早く全身洗ってあるから、今は汗を拭くだけよ」
つまり今朝起きた時に側にいなかったのは、水汲みだけじゃなくて水浴びもしていたってことだ。
何てこった。
「……顔に考えたことが出てる。キモいわよ」
半ばからかい口調でそう言いつつ、やや現代ぽいデザインの厚手のコットン生地と思われるワンピース姿になって川に少し入った。その辺りの深さは10センチほど。
そして水にタオルか手ぬぐいを濡らして軽く絞り体を拭いていく。
服の裾も捲し上げて拭いているのだから、腕も足も当然『生』だ。
手ぬぐいが胸元に入れられて行く様など、お子様なオレにとっては十分以上に魅力的、いや扇情的だ。
そして固まって動けない情けないオレに同情したのか、見とがめるとすぐにもこっちにズンズンとやって来てオレの手を取る。
「何やってるの。このあと夕食の準備もあるから急いで」
「え、ちょっ、待っ!」
そのままグイッと引っ張られた勢いで川岸に進んだのだけど、まだ体に慣れていないせいか川岸直前で大きくつまずいてしまう。
当然というべきか、すぐ前にはハルカさんがいる。
そしてそのままいけば、彼女にダイビングで抱きついてそのまま押し倒せそうだ。運が良ければ、くんずほぐれつな姿勢になったり、触れてはいけない場所に触れる事も出来る筈だ。
初日のオレがそうだったように、ラッキースケベ主人公なら当然そうなってしかるべきだ。
その様がオレにはアリアリと幻視できたほどだ。
そんな事が走馬灯のように頭を駆け抜けていったが、一瞬で事態は進んで行く。
戦闘よりも緊迫する一瞬だ。
しかし現実は無情だった。
彼女はとっさにオレの手を放し、ヒラリと避けてしまう。
オレの体はむなしく、紙一重のところで彼女の目の前を通過。オレ目には、魅力的な双丘が急速に通過していく様が克明に焼き付けられた。鎧を重ね着したのとは違って格別だ。
とっさに手を伸ばせば、そのまま掴めそうだ。このオレの体は、高性能なおかげかそうした事すら可能なのが分かった。これは大収穫だ。
そして躊躇してはいけない事も教えられたばかりだ。是非とも実践するべきだろう。
その後オレは、自分の体をどう動かしたのかは覚えていない。しかし手に柔らかい感触の記憶は得られなかった。
恐らく手首辺りを掴まれて、そのままオレの勢いを利用して豪快に投げ飛ばされた事は確かだ。視界が180度回転するのが、スローモーションで視界に入ってきたからだ。
そんな事を、意外に深かった小川の深みに身を沈めながら思った。
けどそれも一瞬で、すぐに足がつく程度の深みで流れも知れていたので、すぐに足をついて立ち上がる。
濡れ鼠となったオレの眼前には、両腕で胸元を隠す仕草の彼女が、かなりの剣幕で睨みつけていた。
「故意? 事故? どっち? 白状なさい!」
「つまづいたのは事故! あんな急に引っ張るからだろ」
オレは直立不動で素直に答えた。
その後数瞬過ぎるが、ハルカさんのため息で時間が再び動き始める。
「ハァ……まあ、私も無防備すぎたわ。けど、次何かしようとしたら、本当に見捨てるからね!」
ビシッと指差す彼女の剣幕を前に、オレは首を何度も縦に振るしかなかった。
そしてそのまま睨まれた状態が数秒続く。
「返事は?」
「ハイ。ごめんなさい。反省してます。浮かれてました」
「ハァ。もういいわ。それより服脱ぎなさい。乾かさないと、この辺りの夜はそんなに暖かくないから」
「イエス、マム」
じゃぶじゃぶと川岸にまで戻り、服を脱ごうとするが水で濡れてうまくいかない。
そうしてもたついていると、向こうから近づいて来た彼女に手際良く身ぐるみ剥がされしまう。面倒見の良さは生来のものなんだろう。まるでお母さんだ。
それに彼女は、男の半裸を特に気にした風もない。
「何? 男の体なんて珍しくないわよ。私、治療とかで裸は見慣れてるから。何なら、下着も脱がせてあげましょうか?」
「いえっ、結構です!」
首を何度も横に振って、そう返すのが精一杯だ。
中学の部活で男同士の半裸は慣れているが、幼児の頃を除けば女の子に見られるのは初めてだ。
初めて。
そこで、よく考えたらこっちでの自分の姿を見た事が無いのに思い至った。
服を絞り体を拭きつつ、小川の川面へと近づいて覗いてみる。川の流れはほとんどないので、何となくだけど姿を映してくれる。
そして辛うじて姿が映る程度の川面をのぞいて見ると、ようやく自分の全身を確認する事ができた。
背丈は現実のオレとほぼ同じだけど、筋肉の付き方が明らかに違っていた。胸板厚めで腹筋割れてるし、全身がアスリートのように細く引き締まっている。
「顔もちょっと違うかな」
「何、今さら自分の姿が気になった?」
気がつくと彼女が近くまで来ていた。
「ちょっとね。ほぼ同じって言われるけど、実際どうなのかなって」
「リアルでも鍛えてなかった? そういうのも反映されるらしいわよ。鏡で顔見てみる?」
この世界での下着に当たる、ふんどしに毛が生えたような下着一丁となったオレを見ても、彼女は本当に気にした風はない。
そしてオレから離れると、荷物まで戻って中から手鏡を取り出す。なかなかに凝った装飾品っぽい。
「ハイどうぞ」
「ありがと。凝った手鏡だな」
「魔法も封じてある逸品よ。壊さないでね」
「了解」
ハルカさんの手鏡で最初に顔を見た限りでは、顔立ちも少し違っていた。
基本的にはオレを化粧抜きでちょっと見栄え良くした感じなのだけど、やはり彼女のように白人とも日本人ともつかない風貌だった。
こっちの気候風土に合わせてあるのか、顔の掘りが少し深い。
髪型もあっちに似ていて、散髪に行って間がない事もあって普通より短めのままだ。こう言うところは、合わせてきているのだろうか。
しかし、髪は黒と言うよりはブルネットと表現した方がいい感じがする。
瞳については、もはや黒ではなく赤目だ。他の色がアルビノじゃないので、深紅だとしたら現実ではあり得ない色た。
「なあハルカさん、『ダブル』やこっちの人で目が赤い人っている?」
「そうね、赤目って言っても、せいぜい赤茶色じゃないかしら? そういえばショウ君、瞳赤いわね」
そう言って、オレの瞳を覗いてくる。
「オレってもしかして、『魔』の属性とかの人じゃないのかな? それとも魔力とかのせいで赤いとか?」
「確かに魔物に赤目のやつは多いけど、それはないでしょ。ショウ君の気配は普通の『ダブル』だし」
「そっか。けど、この姿自体がオレじゃないみたいだ」
「こっちで日本人まんまって見た目の『ダブル』はいないわよ。現実の私も、ちょっと地毛が茶色がかってるけど、日本人の『ダブル』には珍しい金髪だからって別に白人やハーフってわけじゃないし」
「へーっ。現実のハルカさんにも会ってみたいなあ」
ぬけぬけと言ってしまったの言葉に、本日最後の『チュートリアル』の指摘が入る。
「現実で会わないのが『お約束』でしょ」
その日は早めに休むことにして、交代で眠った。
昨日はハルカさんは寝ずの番だったと思ったので先に寝るのを進めるも、慣れない人は後番の方がいいということでオレが先に寝ることになった。
先人に倣うのも『チュートリアル』だ。





