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日帰り異世界は夢の向こう  作者: 扶桑かつみ


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015「模擬戦(1)」

 その日、まだかなり日が高いが、ハルカさんは馬の歩みを止める。

 二日目の夜はまだまだ先だ。


 周囲は細い街道がある以外に人工物はない。

 道沿いに高い樹木は少なく、草はそれなりに生えているけど荒れ地に近いかもしれない。ただし今進んでいる道の左側には森が続いている。


 良く聞くと遠くに水が流れる音が聞こえているので、川沿いに森が茂っているのだと分かる。

 そして、今止まったところには目印にしやすそうな大きな針葉樹がそびえていた。


「今日はこの辺りで野営しましょうか」


「まだ日も高いし、少し早くないか? 確かに良さそうな場所だけど」


 周りを見渡しているオレに、少し冗談めかした声色が届く。


「場所もあるけど、次の『チュートリアル』のためよ」


「まだあるのか?」


「ええ。次は実地。模擬戦しましょ。あっちに丁度いい広さの河原がある筈なの」


「お、おう」


 不敵な感じに笑う彼女が、なんかちょっと怖い。

 オレのキモイ性根を叩き直してやるといったところだろう。



 それから、まずは流れの聞こえる方に馬を降りて向かう。2、3分獣道を進むと、森の側を流れる川に出た。確かにいい感じに広く平らで雑草の少ない河原もあり、よく見ると木々のある方に誰かがした野営の跡もある。


「前もここで野営したことあるのか?」


「いいえ。けど場所と目印のことは聞いてたのよ」


「なるほどね。石の竃もそのままあるし、旅人が何度も使ってるみたいだな」


 そう言って、竃の様子を見てみる。

 問題なく使えそうだった。


「そうね。けど、何度も使うと匂いとかで獣とかも寄ってきやすいから、あんまり感心しないけどね」


「じゃあ野営はしないのか?」


「それほど使われている感じじゃないから大丈夫でしょ」


 それからしばらく、馬に水を飲ませたり野営の準備を進める。焚き火を準備して、木立を使って夜露避けの簡易テントも用意する。

 本来一人分しか持ち運ばないが、ハルカさんは同行者が増えた時に備えて2、3人分の最低限の装備を馬に載せていたので、今回も二人用だ。


 オレも彼女の指示を聞きながら準備を手伝う。

 そして近くで薪を集めて火を起こし水を入れた鍋をかけると、彼女が少し開けた場所へと歩みを進めようとする。


 なお、この世界の住人は昼の食事をとらない。食事は朝夕の二回だ。

 『ダブル』は現代日本の習慣に従って昼も食べることが多いが、こういう旅の場合は食事の準備の面倒も手伝って間食程度で簡単に済ませる。


 今日の昼も、休憩の時に干し肉とチーズを少しだけ食べて、後は水で薄めたエールやワインを飲む。

 お酒と言ってもアルコール度が低いので、頑丈な『ダブル』の体で飲むと、ワインだと酸っぱいブドウジュースでしかない。


 お酒を飲む事そのものについては、この世界では15歳で成人扱いだし、そもそも日本の法律は全く及ばない世界なので飲酒年齢を守る『ダブル』は少ない。

 あっちで話す時は、隠語としてブドウジュース、麦ジュースという言葉があるが、みんな分っていることだ。


 ちなみに、オレたちがよく知っているタイプのチーズのほとんどがこの世界では新参の食品で、『ダブル』が作り方をもたらしたものだ。

 細菌がどうのという説明を見た事があるが、色々と違うらしい。

 他の食べ物にも、『ダブル』が生み出したり改良したものは少なくない。なんちゃってヨーロッパなのに、味噌や醤油、納豆まであるそうだ。

 ノヴァの辺りには、大豆畑も広がっているという。


 もちろん、異世界ファンタジー必須のマヨネーズだって、日本人好みの味のものは『ダブル』が製法を持ち込んでいる。とはいえ、この世界であまり普及していない。

 なぜなら、冷蔵庫がないからだそうだ。


 夕食の下準備をしたせいで夕食のことを頭の片隅で考えつつも、彼女の動きに注意を向ける。

 稽古ではなく模擬戦と言ったが、礼儀正しく向かい合って打ち合うとは限らないと思ったからだ。


「そんなに警戒しないで。最初はちゃんと正面から打ち合うから。でないと、目安も分からないでしょう」


 彼女の諭すような言葉で、少し気持ちと姿勢を緩める。


「そうか。オレの強さの目安を図るんだったな」


「第一目的はね。あと今後の為にも、もう少し戦闘に慣れてもらいたいわね」


 オレの初戦闘での体たらくのことを言っているんだろう。

 確かに克服しておかないと色々ヤバい。

 

「早速、始めましょうか」


「ああ。それじゃ頼む」


 彼女はシャラリと少し細めの長剣を鞘から抜き放って右手で構える。

 慣れた手つきな上に、剣を抜くと今までの柔らかな雰囲気から、それこそ剣のような研ぎ澄まされたような雰囲気に変化する。


 こちらも剣を抜いて両手で構える。オレのは大ぶりの剣だし、以前剣道していたせいかこの方が馴染む。


「盾は使わないのか?」


「とりあえずはね。まずは剣同士で打ち合ってみましょっ!」


 そう言うと、地面を蹴って真横に飛ぶように一気に間合いを詰めてくる。

 まずは牽制、引っ掛けなしの真っ直ぐ振り下ろす打ち込みだ。豪快に大上段から振り下ろしてくる。


 両手で使うのに慣れていたオレからすると、片手で振り下ろすのは器用にも感じる。けど、体全体を使っているので風を切る音、剣圧だけでも本気度合いが伝わってくる。


「ガッ!」


 こちらも正面から受け止める。体はなんとか対応してくれた。

 竦んだりしていないが、彼女に殺気がないせいかもしれない。


「悪くない反応ね。じゃ、次は腕力!」


 そう言いつつ、今度は両手に持ち替えてその場で大きく打ち込み、切り結ぶとそのまま強く押してくる。

 見た目からは考えられないほどの力だけど、このぐらいなら押し返せると思った刹那、動きを見透かされて難なく剣を流されてしまう。


 そのあとも、続けざまに二合、三合と違う所に打ち込んでくる。的確で鋭い打ち込みで、受けるのが精一杯だ。

 そのまま何十合もすると、オレが反撃もしていないのに彼女の方から間合いを取る。


「型もちゃんとしてるし、悪くないわね。次はショウ君から打ち込んできてみて」


 完全に彼女のペースだけど、オレの力を見るのだから言われるがまま打ち込む。

 けど打ち込みは、簡単に彼女の細身の剣に流されてしまう。何度しても同じだった。面も胴も籠手も、足を狙っても同じだ。ヒラリと軽く避けられる事も少なくない。


 彼女は思っていた以上に身軽だ。それ以前に、こっちの世界の『ダブル』の肉体能力の高さを思い知らされる。

 そして何度も打ち込み続けると、次第にこっちの息が切れてくる。


「ん? あれだけ元気が有るから大丈夫と思ったけど、まだ体力、いや血が戻りきってないのかしら? だったらごめんなさいね」


「ハァ、ハァ。わ、分からない。オレがこの体に慣れてないだけかも。それすら分からない」


「なるほど。じゃ、息が戻ったら、様子を見ながらもうちょっとやってみましょうか。確かに慣れは必要よね」


 1、2分待って仕切り直すと、切り結んでいる状態から簡単に反撃に転じてきた。

 鋭い突きが、のど元の急所めがけて突き出される。

 紙一重で避ければ格好いいかもしれないが、なんとか弾くのが精一杯だ。


 そのあとも一方的で、彼女に打ち込まれるままだった。

 何箇所か擦り傷も負ってしまった。少し血も流れているが、彼女は気にした風もなく打ち込み続けてくる。

 これを見越して、服とかは最低限にしているので、剣が擦って服が破れるのを心配する必要も少ない。


 そしてこういう時は、弱い方が手から剣を弾かれて終わるのがお約束なんだろうが、オレがへたりこむ事でまずは終わった。

 そしてへたり込んだオレの前に立つハルカさんは、剣を持たない左手を腰にあてて論評する。

 汗もかいている風はなく、息も全く乱れていない。


「動きが少し単調だし、体も技術も使いきれてないわ。前兆夢がなかったせいかしら。体の使い方そのものを慣らした方がいいのかもね」


 手厳しい彼女の評価が心にも打ち込まれる。

 しかし、それだけではなかった。


「けど、思った通り素質あるわね。鍛錬次第では短期間でAランクも狙えるんじゃないかしら」


 言葉も真面目なもので、からかったりはしてない。


「マジ? けどハルカさんの方が断然強いじゃん」


「私とショウ君とじゃ、それこそ経験値が違うもの。けどショウ君は、これから幾らでも伸びるわよ。保証してあげる」


「高評価ありがとう、と言いたいところだけど実感ないなー。で、今のところの評価はどれくらい?」


 そこで彼女は右手をおとがいに当てて少し考え込む。


「今すぐだと、思った以上にパワーはあるけど、技能はCランクが精々かしら。けど、初日の実戦みたいにビビってたらD以下よ」


「相変わらず手厳しいなあ」


「生き残るためだもの、厳しくもなるわよ」


「……そりゃそうだ」


「まあ、そんなに落ち込まない。『ビギナー』はだいたいみんな最初は同じようなものよ。しっかり鍛錬して実戦慣れすれば、一月もあればBランクくらいになれるわ」


 笑顔で答えてくれているのだけど、『強い笑顔』な感じだ。


「じゃあ、これから修行の毎日?」


「ええ。私の仕事を手伝ってくれるんでしょ。強くなってもらわないと」


 力なくうなづくオレに、さらに笑顔を大きくする。


(ハルカさんって、Sだ。しかもドSかも)


 そう思えた。が、間違いではなかった。

 それどころか、オレの表情を読んでいたようだ。


「じゃあ、ご希望通りスパルタでガンガン行くから、覚悟してね」


「マジか」


「マジマジ。そのうち攻撃魔法を受けてもらう練習もするから」


 笑みがますます深くなっている。


「え、魔法って避けられるのか?」


「避けられるやつもあるわね。まあ、避けるより耐えるとか対処する練習になると思うけど」


「そういうのって、実戦で身につけるとかじゃないのか?」


「実戦じゃ遅いでしょ。じゃ、もう少しやりましょう。怪我は後で直してあげるから、気にせずきなさい!」


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