014「チュートリアル(4)」
(わ、話題を変えねば)
「アハハハ。で、ノヴァにはどれぐらいの『ダブル』がいるんだ。情報だと数千人って話だけど」
「あそこに住んでるのは、日本人『ダブル』全体の3分の1くらいって話ね。仮でも家や拠点を持っている人は半分超えるって言うけど。
他に、移住して来たこっちの人が、街の住人だけで5万人はいるって評議会のヤツが言ってたわ」
お、出ました評議会。
「評議会も実在するんだ」
「もちろん。ノヴァの運営組織はなきゃ困るでしょ」
「ごもっとも。それで、評議会のヤツって事は、ハルカさん評議会にも知り合いでもいるのか?」
「ええ。私は神殿と評議会の橋渡しする一人だったの。まあ、半年くらい街に戻ってないから、役目外されてそうだけど」
彼女も色々あるんだろうと思ったので、あえてそれ以上は触れずに話を逸らそうと思う。
けど、取りあえず聞きたい事の多くは、聞いた気がする。
あとは彼女の話を軸にして、現実にもどってまとめサイトの情報とかを見て行けば、欲しい詳細な情報も手に入りやすいだろう。
もう、嘘に惑わされる事も随分減った筈だ。
(あとは……)
「そうなんだ。それでこっちでの普通の生活はどんな感じ。やっぱ不便?」
「そうね。けど、ノヴァはかなり現代社会っぽいわよ。みんなでがんばって便利にしてきたから」
「今の状況は、あんまりそうは思えないな」
「そりゃ旅で持ち運べる物は少ないもの。これでも『ダブル』が作った魔法や道具、マジックアイテムとかで、かなり便利になってるのよ」
「そういう話もまとめサイトには書いてたけど、実際どうなの?」
「結局のところ『住めば都』よ。不便だって文句言い続ける人はドロップアウトしてくだけだし」
こういう所は、彼女はけっこうシビアだ。
そこでハルカさんが「あっ、そうだ」と、ややわざとらしく言葉をもらす。
「ショウ君、明日から野営する時は、交替で見張りね」
おお、そうだ。昨日は眠りこけてた。
「ごめん。昨日はすっかり忘れてて」
「いい、いい。昨日はケガした後だから、申し出てくれてても寝かせてたし」
そう言って、右手をヒラヒラとする。
「けど、交替ってことは寝る時間少ないな。あっちとの兼ね合いは大丈夫なのか?」
「問題が出たって話はほとんどないわね。けど、最低2時間くらいは寝ないとダメみたい。それで、2交替だから5時間ずつか、2時間半ずつで二周のどっちがいい?」
彼女の言葉に少しだけ考える。
「……2時間半はちょっと自信ないから、まずは5時間ずつで。にしても、一日が長いよな」
「この辺りは高緯度地域で、後ひと月ほどで夏至だもの。けど、夜に移動は良くないから、ちゃんと休むわよ」
そこでオレは気づいた。
「そう言えば、昨日の夜ハルカさん徹夜になるけど、大丈夫だったのか?」
「えっ? ああ、ここ数日一人旅だから、野営の時は安全の為に昼間に安全な場所で寝てたの」
そう言えば言ってなかった的な声色だ。
まあ、伝えるまでもない事なのは確かだ。
「なるほど。それでハルカさんは夜にオレを助けられたんだ。それにしても、夜通し魔物探しでもしてたのか?」
「まだ夜になってすぐだったし、夕方くらいからショウ君を襲った矮鬼の群れを追ってたのよ」
「じゃあ偶然魔物追いかけていて、ついでにオレを助けたって事?」
彼女の言葉で、オレが助かった理由、助けられた理由の一部が明らかになった。
「ええ。そういうところも、ショウ君は運が良かったわね」
「そうか。それでもマジ助かったよ。改めてありがとう」
「どういたしまして。それで、あと聞きたい事ある?」
「細かい事はその都度でいいから、だいたい聞きたい事は聞いたと思う……あ、そうだ」
「何?」
思いついた事はあったけど、ちょっと聞きづらい事に思い至った。
「何? ちゃんと聞いといた方がいいわよ」
「……では遠慮なく。その、トイレの事なんだけど……」
「はぁ?」
どこか別の場所から出たとしか思えない声とともに彼女が振り向く。
クラスの一部女子が、オレを見るときみたいな表情だ。女の子に何聞くんだという、ハルカさんの蔑んだような目つきはオレにとってご褒美だったけど。
「女子にそれ聞く? ……男なんてそこら辺で済ませばいいでしょう。馬止めようか?」
「い、いや、今じゃないんだ。まあ、その小さい方はともかく大きい方だと、野外は不用心かと思って」
「心配するほどの事じゃないでしょ。それこそゲームじゃないんだから、そんなにポンポン魔物は襲ってこないわよ」
「確かにそうだな。……けど、男はともかく女の子は大変だよな」
「ご心配あ・り・が・と。けど、ちゃんと対策はあるのよ」
こ、怖い。
「そ、そうなんだ」
「先人の努力の賜物で、ね」
そういうと、馬を止めて魔法を発動させる。
淡い輝きで浮き上がる魔法陣は一つだ。
「閉ざされし東屋よ、我が前に姿を現せ」
彼女がそう唱えると、目の前に黒ずんだ小さな小屋ぐらいのボックスが出現する。何か布が揺れるような感じで、向こうは見えない。
「これが通称『着替え室の魔法』。本当は自分か誰かを中心に使うんだけどね」
「周りから中が見えなくなる魔法?」
「ええそうよ。本来は隠密、隠匿の魔法の一つね。夜や暗がりだと普通に役立つわ。これに、ちょっとした音を発生させる魔法と合わせれば、お花摘みにも対応できるの。今は専用の臭い消しの魔法も開発中だから、さらに充実も確実ね」
「なるほどねえ。魔法は戦闘以外にも色々あるんだ」
なんだか微妙な話を聞いてしまった気がする。
おかげで少し会話が途切れてしまい、手持ち無沙汰になったオレはまだ聞いておきたい事を少し考え、そして言っておきたい事、いや言わなければならない事を思い出した。
大事な事だ。
「あっ、そうだ。お金、じゃなくて、お礼を忘れてた」
『初期装備」として、突然この世界に出現したオレの懐には、当面の生活に必要十分な量と言われる貨幣があった。最初に確認したきり忘れていたが、銀貨が貨幣がそこそこ入っている。
そしてその金を初めての活用法を思い至ったのだ。
「ハルカさん。オレ、ハルカさんにちゃんとしたお礼したいんだけど、何をしたらいいか分からないから、取りあえず手持ちのお金で構わないかな」
その言葉に彼女は馬の歩みを止め、かなりの勢いで体をひねるほどこちらを向き、オレの方に顔をまっすぐ向けてきた。
真剣な眼差しの顔がかなり近い。
「あのね、私はお金の為にショウ君を助けたんじゃないの。それでも恩を感じてくれているなら、私の旅に同行して、この辺りの治安回復に協力してちょうだい。ショウ君には、それが出来るだけの力があると思うから」
かなりの迫力の真剣な表情をした顔が目の間にあるので、美少女の顔が目の前にあると喜ぶどころじゃない。
その言葉にオレは首を立てに振るしか無かった。どうにも地雷を踏んでしまったようだ。
「う、うん。けど、ハルカさんと二人旅なんて、オレにとってご褒美だけど、いいのかな?」
頭真っ白だったせいで、思わず間抜けな返答をしてしまう。
まあ、頭がまともでも同じようなものだっただろうけど。
案の定、彼女はあきれた顔だ。
「はぁ? 何その欲望丸出しな言葉。ていうか、ご褒美って普通にキモイわよ」
「い、いや、いかがわしい事とか絶対にしないって誓う。必要なら魔法とかで行動を制約してくれてもいい」
「当たり前でしょ。それにそういう事言いたいんじゃないんだけど、言動がますますキモイわよ」
ハルカさんの容赦ないモードだ。
まじめな言葉を返さないと、お許しは出なさそうだ。
「ごめん。ちょっと浮かれてたかも。じゃあ、ハルカさんと一緒に行って、手伝えるだけ手伝うよ」
その言葉を受けて、ようやくつり上がっていた形の良い眉が、表情にあわせて少し和らぐ。
「まあ、お願いね。けど、私の言う事には従ってね。……分かった?」
「イエス、マム。いえ、分かりました」
「はぁ。……よろしい」
やはり、オレにとってのハルカさんは、『アナザー・スカイ』の師だと再認識させられた。
しかもオレは、命の価値について『アナザー』初日で学ばされていたから尚更そう思った。





