013「チュートリアル(3)」
「ごめん。ドン引き。何その痛い人」
「……頭はいい人なのよ。お人好しだし。まあ、察していると思うけど『賢者』なの」
(来た『賢者』! 少し恥ずかしそうなハルカさんもカワイイ!)
「マジいるんだ」
「マジよ。それより何顔緩めてるの」
彼女の表情が少し怖い。ここは誤摩化し笑いしかないだろう。
「あっ、いや、マジ賢者っていたんだと」
「あいつは、もう前世紀からだって自慢げに言ってたわ」
「前世紀って、おっさんになってまで厨二病は患いたくないなぁ」
オレの言葉に彼女も苦笑いだ。
まあ、気を取り直していこう。聞きたい事はいくらでもある。
「えっと、魔法の細かいことを聞いても、オレには当面関係ないか。じゃあ、特殊能力や加護とか『スキル』とかは?」
「『スキル』ねぇ。ちゃんと勉強や鍛錬して修得しないと身に付かないわよ。神様も天使も精霊もいないから、誰かが何かをくれたりしないし、加護なんてものもないわね。他力本願は無理よ。
けど、魔力のおかげで、普通じゃできない事ができても人それぞれ違うから、間違って伝わっているんだと思うわ。実際、私とショウ君が出来る事は違うでしょ」
そう言うと彼女は、右手を少しかかげて魔力の輝きを放ってみせる。
そう、オレは魔法が使えない。
「けど、剣の使い方とか馬の乗り方は体が知ってたけど、これって『スキル』じゃないのか?」
「どうなのかしら。そういう出現時に与えられる能力や技能は『ダブル』が持ってるのは確かね。うん、これは確かにチートかも。
けど、この世界で必要な最低限の能力や技能が無かったら、チートどころか会話すらできずにのたれ死よ」
少し困惑ぎみだ。こっちでも意見が確定していないのだろう。
まあ、オレに直接関わる話になってきたので、ついでに聞いておこう。
「じゃあ最初から持っている、いわゆる初期装備は? ゲームっぽいって言われる理由の一つだよな。オレもそうだったし」
「あれも謎よねえ。勝手に呼ばれて、人知れずこの世界に出現する事自体が一番の不思議ではあるんだけど」
「やっぱ謎なんだ」
「ええ。調べてる人もいるけど謎ね。装備の方も、出現時の技能に合わせて人それぞれ付いてくるけど謎のままね」
「ちなみにハルカさんの初期装備は?」
そう聞くと、思い出すように顔を少し上を向ける。
そして右手の人差し指を軽く振って、数えるように話す。
「えーっと、服はともかくとして、魔法発動媒体、長剣、短剣、鎖帷子、旅行用の長靴、厚手の手袋……後は水筒とお財布、お金くらいだったかしら?
着替えがなくて、すごく困った覚えがあるわ。微妙に不親切なのよね」
「オレと変わらないな。魔法発動媒体って何。やっぱりお箸くらいの大きさの杖?」
「私の場合、剣持ちながらでも行けるようにって感じで、ブレスレットだったわ。魔法の基本になる小さな魔法陣とか魔法文字が刻印されてて、随分楽になるの。今は全然違う物持ってるけど」
「魔法使いが持つようなスタッフとかロッド?」
「いいえ違うわ。今は剣の柄のところの宝玉と、あとはアクセサリーの形でいくつか持っているわ」
「沢山あるんだ」
「その方がより強い魔法が使えるし、予備にもなるし、用途が少しずつ違うのもあるから。それに儀式魔法にも使えるわよ」
攻撃魔法用とか治癒魔法用とかあるのだろうか。まあ、今は根掘り葉掘り聞くもんじゃないな。
あ、でも。
「なるほどね。そういや、魔法の難度って数字で分かれているんだっけ?」
「ええ。第一列から第五列ね。第五列使える人は、ほとんどいないけど」
「ハルカさんは、どれぐらいまで使えるんだ?」
「第三列。準備した儀式魔法とか複数で連携する集団魔法なら、一部第四列も使えるわよ。祭具に触媒、手書き魔法陣とか面倒だけどね」
ごめん、正直よく分からない。
とは流石に言えない。
「えっと、ネット上の話通りだと、数字が大きいほど高位の魔法、でいいんだよな」
「そうね。見た目の発動時に浮きあがる魔法陣の数で列分けしてて、魔法陣が多いほど高度な魔法になるわね。
術者の熟練度や使用魔力、魔法陣の大きさ、あと補助魔法を合わせた様々な拡大なんかでも、威力や効果範囲は変わるけどね」
「普通はどれくらい使えるものなんだ?」
「ベテランの『ダブル』だと、私みたいな複合職で第二列が使えれば十分合格。専門職なら、やっぱり第三列が欲しいところね」
「こっちの人は?」
「貴族とか特権階級はともかく庶民の教育程度が低くて、まともに魔法が使える人は私たちより数が少ないくらいね。
だから上位列の魔法使える人も多くはないって言うわね。実際に神殿内だと、どこに行っても私かなり上位だし」
お、ちょっとドヤ顔だ。
第三列が使えるのがすごいというのは、それだけでちょっと分かった。
そこで少し疑問が起きる。
「なんだか今の話だと、魔法って一部が独占しているっぽいな。他に魔法覚える場所とか方法はないのか?」
「第一列は、だいたい知識や情報は出回ってるけど、それ以上はかなり独占されてるわね。
『ダブル』でも第二列以上を修得したかったら、誰かに師事するか専門組織に大金積み上げるか一時的でも専門組織に属する方が、自力でなんとかするよりずっと楽だし」
「じゃあ、『冒険者』とかはいなさそうだな」
「そうね。こっちの人たちの社会だと、明確にそういう職業や組織はないわね。傭兵か便利屋みたいなのがあるだけ。魔物退治も神殿の仕事だし。
けど『冒険者組合』はあるわよ」
「えっ? マジ?」
きました『冒険者ギルド』。異世界ファンタジーのお約束便利組織。
これは有益な情報かも。
「ええ。『ダブル』が自分たちの為に勝手に作った組織だけどね。
私たちは、この世界だと武力の面で強いうえに組合でけっこう団結してるから、大都市の一部にも支部を置いてるわ。私も籍だけは置いてあるわよ。ホラ」
そういって首にかけている紐を一本たぐり寄せ、紐を通した1枚のタグのような金属プレートを取り出す。
「これが冒険者ギルドの会員証。いちおうマジックアイテムで、血判登録だから当人以外が持っても意味がないの。ある程度は身分証にもなるし、ギルドでの預金管理とかにも使えて結構便利よ」
鈍い金色に輝く金属板の会員証には、日本語と魔法文字の両方で『Aランク 神官戦士 ルカ』と彫り込まれている。
当然だけど、ステータスや能力は書かれていない。
「へーっ、ATMのカードみたい。けど、冒険者ギルドって地元民が作ったわけじゃないんだ」
「冒険者ギルドなんて必要なのは、勝手気ままに過ごしてる私たちだけだからね。組織自体も、『ダブル』の互助組織や大使館って感じだし。本部も昔は廃墟だった『ノヴァ・トキオ』にあるわよ。これはネット上でも有名でしょ」
「ああ。マジ有るんだノヴァ」
「ええ、荒廃した古代王国の遺跡の跡にね。そこは本当。周りも、これでもかってぐらいラビリンズにダンジョンだらけ。で、魔力も濃いから魔物だらけ」
「ネット上じゃ冒険者のメッカって言われるけど、ハルカさんは行った事ある?」
「あるわよ。というか、こっちの家はノヴァにあるもの」
行ってみたいと思ったが、言葉を飲み込む。
「よろしい。簡単に女の子の家に行ってみたいとか言わないところは評価してあげる」
オレの態度に満足そうな顔だ。内心は見透かされていたようだ。





