012「チュートリアル(2)」
「聞いて驚きなさい。Aランクよ」
「強いとは思ったけど、流石にSランクじゃないんだ」
「……そのランクは殆ど居ないわよ。本来は強いモンスター用の評価だし。けどすごいベテランや、龍騎兵とかの中にはSランクの人いるわね」
自慢が軽く流された事に少し不満顔ながらも、丁寧に答えてくれる。
(ていうか、Aランクって言われても、よく分かんないよ)
まあ、気を取り直していこう。
ランクのことはいいから、この機会に他にも色々と聞いときたいところだ。
「じゃあ、戦闘職、治癒職とかの職業やクラス分けは?」
「こっちの世界の職業名を、見た目とか持っている魔法属性や技能から便宜上当てはめているだけね」
「ないんだ」
「う〜ん、技術を公に認められて職業名を名乗る場合くらいじゃないかしら。職業は私たちが分かりやすくする為に分けているってだけね。なったからって、職業特典もないわよ」
「なるほど。で、戦闘職、魔法職、治癒職、支援職、生産職あたりが、ネット上で見かける基本だけど?」
「あと複合職ね」
「ハルカさんの神官みたいに?」
「ええ。私はその分類だと複合職。職業的には神官戦士。それと私の正式な職名は、神殿巡察官。神殿内だと真ん中くらいの、まだまだ下っ端ね」
「真ん中でも下っ端なんだ」
「上を見たらキリがないもの。まあ、こんな辺境だと、けっこう上になるけどね」
ちょっどドヤ顔だ。
「そういう偉さ、社会的地位で言えば、騎士とか分かりやすのもいるよな」
「ええ。職や位、あと見た目で強引にカテゴライズする事も多いわね。で、ショウ君は初期装備は戦士ぽいけど、魔法は使えそう? というか使える?」
聞かれて初めて気づいたけど、オレ魔法なんて使えるんだろうか?
「その顔だと、魔法使えるか分からないってことね。じゃあ使えないわ。普通、最初の時点でも自覚があるから」
「ハルカさんも?」
「ええ。『ダブル』は、いわゆるチートで最初からある程度の言葉とか魔法が、こっちの体と記憶に刻み込まれてるから」
「なるほど。そういえば、この世界の文字とか言葉って、やっぱり最初から話せるものなのか?」
「そうね、ショウ君も不自由しない筈よ。これだけでも十分チート、ズルよね。この世界の人で文字の読み書きができれば、それだけでちょっとしたエリートなのに」
「そのあたりは、まとめサイトが正解なんだな」
「ええ。あと、魔法の中には言語解析や翻訳の魔法もあるわね」
「ハルカさんは?」
「こっちの普通の言葉は、後で幾つか覚えたわね。魔法言語も中級以上は勉強したわよ」
(べ、勉強いるんだ)
彼女の勉強発言は、ある意味衝撃的だった。ゲームやお手軽ファンタジー世界と違い、こっちの世界でも勉強しないといけないのだ。
絶句しているオレに、彼女はちょっと呆れ気味な雰囲気が伝わってくる。
いや、情報が確かなら、勉強以外で習得出来る魔法があるはずだ。
「神様の方の魔法はどうなるんだ? やっぱり信仰心とかが必要?」
「ん? 全然。魔法はこの世界全体で、全部ひっくるめて大きく一つの体系しかしかないわよ。
気合いとか精神力はともかく信仰心は大嘘。生まれついて持っている属性以外は、勉強と鍛錬あるのみ。
私に言わせれば、あっちでのこの手の解説は鼻で笑っちゃうわね。信仰心なんて、どうやって測るのよ」
「えっと、じゃあ神様は関係ないのか? 多神教で沢山いるんだろ」
「さあ、実際いるのかしら? 神殿の総本山や聖地にも行った事あるけど、荘厳な雰囲気はあったけど、別に神様を近くに感じたりはしなかったわよ」
衝撃発言だ。神官が神様信じてないとか。
「えっと、『ダブル』だから信仰心いらないとかじゃないのか?」
「こっちの人がどう考えているかは分からないけど、実際問題として魔力と魔法こそが力の根源。
だから神殿は、魔法使える神官の育成にすごく力入れてるの。巡察官の役目の一つに、市井や農村で素質のある子どもを見つける事も入ってるし」
「じゃあネットで見かける、人材確保で魔導士協会と敵対してるって本当?」
「魔導士協会かぁ。確かに対立や対抗してるわね」
「魔法大学もあるんだろ」
「大学なら、神殿も大都市にいけばあるわよ。大学と学生の数なら、神殿の方が圧倒しているわ。民衆からの支持が違うもの。他に修道院もあるし」
「魔導士協会の方が不利?」
「そうでもないけどね。権力者や金持ち、商人からの、あっちへの支持は強いし。錬金術とかはお金もかかるけど、それ以上にお金になるのよ」
彼女の言葉尻に、魔導士協会への対抗心を感じる事ができる。
「そ、そうか。じゃあ、魔法は同じってこと?」
「基本魔法は完全に共通ね。けど、お互い高めたり伝えている知識や技術が少し違う上に、一人の人間が覚えられる魔法には限界があるから、自然と棲み分けされているって感じかしら」
「じゃあ、魔法使いと神官兼ねたような複合職は、あんまりないって事か」
「そうでもないわよ。魔法に特化している人だと魔法のバリエーションも広いし。実際、私両方オーケーよ」
「そう言えばそうか。えっと、確か得意な魔法は属性が関わるんだったっけ?」
「ええ、人によって違うけどゼロから3つ持つわね。だいたい4分の1ずつの割合でいて、私は2属性持ちの魔法使い寄り。ショウ君はなしで、魔力が全部身体能力に向いている脳筋タイプでしょうね」
「2属性か。治癒魔法と攻撃魔法できて確かに万能だよな」
「属性は攻撃とか防御の事じゃないわよ。それに、器用貧乏って言ってない? 両方伸ばすの大変なのよ」
ちょっと風向きが怪しいので、話題を変えねば。
「そうなんだ。えっと、じゃあ魔法自体は実際どう分類されているんだ?
ネットだと、エレメントだとか地水火風みたいなファンタジーでお約束なのとは違うってのが一般説だけど」
「それで正解。地球の古代の文献や、創作物で出てくるような四大元素や精霊みたいなのもは見た事ないわね」
「けど炎の呪文とかは普通にあるよな」
「あの手の魔法は、温度変化の魔法で可燃物に着火するか、魔力で強引に高温や爆発の現象を引き起こしているのよ。精霊とかいないわ。逆に触媒で可燃物を使う事があるわよ」
「精霊もいないのか。ちょっと残念だな」
「そうかもね。……知り合いで魔法全般を研究してる錬金術師がいるけど、あいつはこう言っていたわね」
右手を軽く握り、少し上に掲げる。
何、演説でもするの?
「『よく聞くがよい! 吾輩及び同士らによる研究によれば、この世界の魔法とは、ファンタジーでお約束の精霊や地水火風の魔法元素など、関係どころか存在すらしない。
この世界に満ちあふれる魔力こそが、全ての力の根源である。そして魔力を力の根源として、呪文や魔法陣によって物理法則を操作する事こそが、魔法の基本となっておる。
けど、魔力で強引に光や火を起こすのは、一見簡単ではあるが効率が悪い。そのことを、凡俗どもは全く理解しておらん。
個々人が有する属性すら、同様に視野を狭くしている要素と言えるだろう。
そして、貴様のような初心者にも分かるように説明するならば、魔法とは科学も同義であり、我々の世界でもあるという呪いの類も実質的には存在しない。
テレパシーに類する魔力を用いた通信方法はあるが、催眠術のような人の心に作用するような力は発見されていない。眠らせるのも、触媒や薬と併用しなければ無理だ。
そして実用レベルで使える魔法と言えば、魔力自体を単純な力や力場として使う魔法、温度を操作する魔法、気圧を操作する魔法、放電現象を操作する魔法、様々な物質を操作する魔法、癒しの魔法、身体能力を高める魔法、その派生型の知覚を拡大する魔法などに分けられている、という事になる。
そしてその中でも、数多の物質を操作出来る錬金術こそが至高だと知るがよい!』」
突然声色まで変えた演説だった。
(ていうか、吾輩って誰、何その痛い人。やっぱり『賢者』ってやつか?)
そうは思ったが、顔を逸らしてそっとスルーしておいた。
けど彼女は、右腕を掲げたまま固まっている。
そしてギギギって感じで首を後ろに向けてくる。
「……ねえ、一応ツッコンでよ。説明止めるわよ」
『チュートリアル』は、まだ終わりそうにないようだ。





