106「石巨人(2)」
オレの言葉を合図に、再び全員が動き始める。
ハルカさんが、その場から打撃を与えるマジックミサイルで顔の辺りを狙って攻撃し、ボクっ娘も武器を背負っていた弓に換えて、ゴーレムの目に向けて威力のありそうな矢を連続して射ている。
その攻撃に、ゴーレムは額の魔石を守っている。急所なのは間違いなさそうだ。
アクセルさんは、オレより先に前に出てゴーレムの注意を引き付ける。さすがにこの段階で斬り結びにはいかない。
マンガなどと違い、こっちの体は岩と喧嘩して勝てるほど頑丈じゃない。質量差から、まともに殴られた一発で即死。運が悪ければ、踏みつぶされて終わりだからだ。
ハルカさんの防御魔法や魔法の鎧なら多少は防げるかも知れないが、まあ程度問題だろう。
けどデカイだけに、ゴーレムはかなりのウスノロだ。反応を見る限り頭も良くなさそうだ。
おれは心の中で一度言ってみたかった「ままよっ!」と叫びつつ、全力疾走する。
そしてアクセルさんがうまく誘導した、デカブツの直前にある1メートルほどの大きな瓦礫の上にまずはジャンプし、そこでゴーレムの頭上めざして飛び上がる。
そしてさらに大上段に構えた愛剣を、魔力を送り出すイメージをしつつ大きく振り下ろす。
こんなに飛び上がれるんだと素直に感動しつつ、オレは初めて自身の謎の力を見ることができた。
確かに何かの力場のような斬撃の波動がゴーレムの頭から胴体をまっぷたつにするように通り過ぎ、地面にまでくると痕跡も残さず消滅する。
そして斬撃を中心に、ゴーレムを駆け巡っていた魔力の流れが消えて、そして黒いもやのようなものが霧散していくのが見えた。
活性化していた魔力が、活動を止めた証拠だ。
ゴーレムは一瞬ビクンと全身を痙攣させたあと、その場でぴたりと動きを止める。
ゴーレムは腕を大きく振りかぶった状態で、もう一瞬遅ければパンチが飛んで来ていたことだろう。
(う〜ん、オレ様って実はスゴイ? 明日は休みだし、ちゃんとシズさんにも報告しよう。少しは誉めてくれるかな)
着地と同時に地面に片膝を着きながら、ちょっと感動。
感動に浸るための溜めの時間を置いてそのままクールに立ち上がり、念のためゴーレムが本当に止まっているかを一度確認する。
そしてみんなの方へ振り返る。
剣道の試合で、気持ち良く一本取った時のような心境だ。
喜びと安堵の顔を浮かべる3人に軽く手を挙げると、3人もそれぞれの仕草で応えてくれた。
けど、オレが3人のもとへと歩こうとした時、3人の顔が驚きに変わっていく。
そして3人同時に口を開くが、オレがその言葉を聞く事はできなかった。
次の瞬間、背中全体に何かが凄い勢いでブチ当たったからだ。
(多分、トラックに撥ねられたらこんな感じだろうな。異世界転生でもするのかな?)
視界が暗転する前に思ったのは、そんなしょーもない事だった。
遠くで誰かがオレの名前を呼んでいる。
その声は徐々に近づいてくる。どうやら叫んでいるらしい。
朝にはまだ早いと一瞬思ったが、寸前の事を思うとゲームオーバーもしくはドロップアウトだったのではという焦りが全身を電撃のように駆け巡った。
「……ショウ、生きてる! 私が分かる! ねえ、返事して!」
叫んでいたのはハルカさんだ。
その声に、急速に意識が覚醒した。
「ガッ!ゲッ、ゲホッ!」
慌てて彼女に答えようとしたが、口から漏れ出したのは派手な咳だった。しかも多分真っ赤っか。鉄を口に含んだ時のような血の味がする。
視界が少し回復してくると、目の前にあるものも見えてくる。
オレはとりあえず安堵した。
まだゲームオーバーじゃない。ハルカさんの顔が、必死の形相で間近にあったからだ。
シチュエーション的には、初対面の時と近かった。ただ今回の彼女は、口も大きく開いている。
体は動けそうにないので、視線だけでハルカさんを見据える。そうすると、ようやく彼女が少しだけ安堵した表情を浮かべる。
けどすぐに深刻な眼差しとなる。
「良かった。さあ仕切直すわよ。けど、もうちょっと待ってね」
そう言うとオレの身体に両手を当て、治癒の魔法を施してくれる。魔法陣が3つ浮かんでいたので、高位の治癒魔法だ。
ハルカさんの使う治癒魔法はレベルが高く、時間さえかければ失ったもの以外はもとの状態まで回復させる事が出来る。
今もハルカさんの癒しの魔法で、オレの胴体を中心に魔法の輝きに包まれ、身体全体も温まるような感覚で満たされる。
体は痛みを感じないが、ハルカさんの魔法で動きがかなり楽になった。
逆に彼女は少し消耗している風だけど、オレが動けるようになれば何とかなると考えているのだろう。
深呼吸しようとしてもう一度せき込むが、今度はその後が言葉になった。
痛みがあれば、気絶もできないほどだと思わせるほど体中がギシギシしている。
「ゲッ、ゲフッ、ヴァ、ア、アア、ありがとう。どうにか動けそうだ。状況は」
「最悪。ショウは、すぐに復活したあいつに殴り飛ばされたの。声をかける間もなかったわ」
「そうか。オレは……とりあえず動けると思う」
少し体を動かすと、何か壊れた機械のようだけど動く分には問題なさそうだった。
ダメでも、全部終わってから治して貰えばいい。
「首も背骨も折れてなかったけど、体の中はかなりグチャグチャだったと思う。けど出血は少ないから、血は失ってない筈。ホントに生きてるのが不思議なくらい。
丈夫になったわね。並の『ダブル』だと、多分即死だったわよ」
「ハルカさんのスパルタのおかげだな」
オレのジョークに、ようやく彼女の表情が一瞬だけど崩れる。
「嫌味言わない。それと見えるでしょ、まだあの広間よ。多分だけど、あのゴーレムの中に魔女の本体があるのよ。ゴーレム自体の魔力は一度消せたけど、魔女の本体までショウの力が届いてなかったんだと思う。
今、レナとアクセルが牽制してるけど、やっぱり限界があるの。だから一旦ここから出るわ。図体デカイあいつなら、簡単には追いかけられないだろうし。じゃ、肩貸すから」
有無を言わせぬ口調だけど、確かに他に選択肢は無かった。
「復活アリとかさすがボスキャラだな」
「それだけ言えれば大丈夫ね。じゃ行くわよ」
ゆっくり身体を起こし、体が動くのを確認しつつ、出来る限りの早さで空間の外を目指す。
しかし、オレ達二人が部屋を出るまで、実質一人で前線を支えていたアクセルさんが持たなかった。
アクセルさんは魔導騎士で、かなりの大型モンスターにも十分対応出来るだけの防御力を誇っている。
人間程度の相手だと、余程の力の持ち主じゃないと太刀打ち出来ないくらいに強い。
ドラゴンなど大型のモンスター相手でも、華麗とすら言える回避術で対応してしまえる。
だからこそ、オレが倒れたあとも巨大ゴーレムと対峙できたのだけど、身の丈10メートルに迫る石巨人は流石に荷が重かった。
何しろ剣や槍の攻撃がほとんど通じない相手だ。
今までとは異なる音にオレ達が振り向くと、アクセルさんがはね飛ばされるのが視界に入る。
付けている鎧の一部が弾け飛ぶのも見えた。
しかし、まともに吹き飛ばされたのではなく、致命傷を避ける為に自分から飛びのいた感じだ。
とはいえ、さすがに無傷ではないようでもあった。
十メートル近く飛び退いているが、左腕を抑え顔も苦痛で少し歪んでいる。
先ほどまでかざしていた立派な盾も弾かれてもうない。
「助けないと!」
「その身体じゃ無理よ! 痛みがないだけで、まだボロボロなのよ」
オレは言い返そうとしたが、口論している暇はなかった。
アクセルさんがエンゲージから外れたことで、ゴーレムは次のターゲットとしてオレ達を指定したようだったからだ。
まあ、オレが本命なのだろうから当たり前だ。
少し離れた場所からのボクっ娘の弓の攻撃も、多少はダメージを与えているようだけど無視している。
ボクっ娘は軽口も叩かず歯を食いしばっているが、どうにもならないようだ。
そして一旦まっすぐ歩き始めるが、一歩一歩の歩幅はともかく歩みが致命的に遅い。
これが大型ゴーレムの欠点であり、戦争では使えないと言われる所以らしい。
(欠点がある以上、勝機はゼロじゃない筈だ)
そう思い直し、とにかく状況を打開する答えを探す。
そしてわずかに光が差し込む天井を見て、一つの勝機を見出した。
「……オレ達だけなら逃げられるけど、出口から遠い二人が難しい。このまま逃げたら出口がふさがれる」
「自分が囮になって、私だけ先に逃げろとか言わないでしょうね」
その言葉に対して、彼女に顔を向けて答えた。
「うん、言わない。それより、さっき仕込んでた魔法ってまだ使えそう?」
「魔法って『轟爆陣』?」
「そう『轟爆陣』で、あいつの頭の上あたりを吹き飛ばせないか?」
オレの言葉に、彼女が少し思考する。
「……魔法陣は無事そうだし龍玉が2つ丸々あるから、魔力もらわなくても一発なら撃てるわ。ただ発動には最低でも1分くらい必要よ。……それにあのデカ物にどこまで通用するか」
「爆発だけで破壊できればよし。さらに天井の岩を砕いて瓦礫にして、あいつにお見舞いすれば確実じゃないか?」
話しながら指でゴーレムの頭と、その上の丈夫そうな岩の天井を指す。
ハルカさんの目線がその指先を追って、瞳に理解の光が灯る。
「質量で圧し潰すのね。瓦礫の事までは考えてなかったわ。……結構脆そうだし、天井を崩せれば確かに行けるかも。けど時間が」
「ヤツはオレが目当てだ。追いつかれない程度には動けるから、オレが時間を稼ぐ」
「そんな無茶よ!」
「けど、無茶をしないと、二人を見捨てるしかなくなる。それにヤツを倒せなくても、天井に穴を開けてしまえば、オレも二人も其処から脱出できる」
「分かったわ。待って、気休めだけど」
すでにゴーレムは10メートルほどまで接近しているので、悠長に話している時間がなかったので、オレは動き始める。
直前にハルカさんは強めの防御魔法をかけ直してくれた。
ここからしばらくは、オレとゴーレムの鬼ごっこだ。





