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001「夢の向こう側」

 架空戦記、架空史の叙述文、小説ばかり発表していますが、本作品はそうした作品以外の作品を書きたくなって書きました。

 最初に第一部の原型を書いたのが2012年の秋。その時は、一度書き上げた時点で満足して、発表する事無く長い間お蔵入りさせました。

 それを大幅にリファインし、さらに第二部以降を追加で徐々に書き進めたものになります。

 全体としての想定年代は、物語内でのカレンダーが2015年を想定。

(物語内が5月から11月の話なので2020年でもいけます。)


 なお、2023年に掲載し直す際に、1話1話が長めなので分割しました。

(昔は5000文字が1話の基本と言われていましたが、昨今は2、3000文字だそうで)

 夢の中で走っていた。


 夢の中だという自覚があった。何しろ、さっき自分の部屋で眠ったという記憶が鮮明にあるからだ。

 これを明晰夢というのだろうか。


 なぜ走っているのか。

 それは何かから逃げる為だ。


 そして夢の中で何かから逃げることは時折あると言われるし、オレ自身にも経験があった。

 そうした時、何故か体が思うように動かないもんだ。

 特に足の遅さに苛立ち、そして追ってくる者に得体の知れない恐れなどを感じたりする。


 まるで、ゾンビの群れから逃れる哀れな犠牲者のように。


 しかし、今のオレは少しばかり違っていた。

 足が妙に軽やかだった。それどころか、体がまるで自分のものでないと感じるほどハイスペックに動いていた。

 自由に動かないという事も一切無い。


 人工的な光のない夜の森の中を駆け抜けているけど、これもまったく支障を感じなかった。

 森は寒い地方に多い針葉樹林で、人の手が入っている感じはしない。

 けど、それほど密度のある森ではないので、ある程度夜空からの光が少し差し込んでいる。


 もっとも、夢の中のオレは未開の原住民も真っ青なほど夜目が利いていた。視力も相当高いようだった。障害物を難なく越えていく身体共々、本来のオレではあり得ない事だ。


(オレの夢にしては出来すぎてる)


 けど、オレにはかなりの期待があった。

 その時、風を切る鋭い音と共に、オレの頭のすぐ側を何かが高速で通り過ぎる。

 咄嗟に頭を反らせなかったら、恐らく後頭部に直撃したであろうそれは、粗末な弓矢だった。


 堅い石で出来た鏃、荒く削られた芯、やや不揃いな羽。全体の作りは小さい。高速で過ぎ去っているであろうその全てが、オレの視界に完全な形で飛び込んできた。


 高い身体能力と連動しているであろう動体視力のおかげか、矢の動きが遅く見えているのだ。


(まるで映画の中みたいだな)


 それでもまだ体に慣れていないせいか、その後数発放たれたうちの1発が頬をかすめる。

 後ろを気にして、少し後ろを向きながら走っていたせいで、弓矢の端がかすったオレの頬から僅かに血が流れたが、特に痛みは感じなかった。


 そしてこれで、オレの期待はある種の確信へと変わりつつあった。


「よし、やってみるか!(どうせ夢だ!)」


 口にした言葉と心の言葉にかなりの隔たりはあったが、どちらもこの時のオレにとって、偽りのない気持ちだった。

 しかもおあつらえ向きに、少し前方に2、3メートルの高さの壁状の段差と、その前に少し開けた草地が広がっていた。妙に明るい月光も、燦々と表現出来るほど降り注いでいる。

 まるで演劇の舞台のようにすら思える。


「お誂え向きじゃないか」


 そう呟いたオレは、自然の壁を背にして大きく振り返り、腰につり下げている得物に手をかける。

 「シャーッ」と金属的な音と共に鞘から引き抜かれたのは、妙に黒光りしている西洋風の装飾も飾り気もない少し大ぶりな両手直剣だ。

 刃の太い大ぶりの剣なので、それを支えるためのベルトは右肩から下げる形になっていて、腰のベルトと合わせて保持している。

 これ以上大きいと、腰に下げるのは無理だろう。本来は馬上用の剣かもしれない。


 がっちりと握った両手から伝わる感触は、以前持ったことのある日本刀よりずっと重かった。

 けど今のオレには、その剣がずいぶん軽く感じられる。


 両手剣を剣道でいう中段に構えにしたオレは、両足を前後に少しずらして踏ん張る。

 と言っても、相手の身長が低すぎるので剣を一番下にしないと、相手の正眼を捉えられないので少しやり難い。


 そして戦闘態勢に移る動作は、中学の頃半ば惰性で剣道をしていたお陰という事も無く、この身体が覚えているもののようだった。

 姿勢、足裁きも剣道のそれとは少し違い、左足を前にした姿勢はどこかフェンシングを思わせた。持っている剣に合わせた、西洋剣術なのだろう。


 その事に、オレの確信はますます高まった。今の体は、オレの知らないことを知っているという何よりの証明だからだ。

 そして眼前に迫り来る追跡者の姿が、確信をより確かなものとした。



「現実だったら、絶対逃げるよなあ」


 呟きつつ見定めた敵は、おおよそ十数体。子供ほどの大きさの人の形をしているが、人とは大きく異なっていた。

 ハリウッド映画から日本のアニメ、ネット小説に至るまで、ファンタジー作品ではレギュラーといえるほどのお約束の敵役、特にRPGでの敵キャラの代表格、ゴブリンだ。


 薄汚い緑色の肌、醜悪に伸びて崩れた鼻、裂けた口から発達した犬歯がのぞく醜悪な顔。

 その瞳は赤く燃えるようで、夜目が利くことを主張しているようだった。頭の体毛は薄く、お約束とばかりに耳も少し尖っている。


 情報通りなら、人型の生き物への憎悪が行動原理で、魔物の一種で、しかも生物ではないという。

 装備は絵で見る原始人並みに粗末で、鎧はなく腰や胴を何かの動物の毛皮で覆っている程度だ。

 弓は半分くらいが装備し、粗末な造りの石の手槍や石斧らしきものを持つが残り半数。一匹だけ錆びた金属製の剣を持っている。


「これが、『矮鬼わいき』ってやつか」


 緊張をほぐすため軽く舌でくちびるを舐めつつ、両手直剣を構え直す。

 こちらの出で立ちは、両手に持つやや大振りの直剣の他は、肩からお腹まで覆う金属製と思われる胴鎧、腰に短剣、麻やウールで作られた衣服など、どれも現実では実際お目にかかった事の無いものばかり。

 そのくせやたらとリアリティーにあふれた感触がある。


 リアリティーといえば、踏みつける大地に始まり、音、匂い、全てが現実より現実じみていた。

 そう、夢とは思えないほどに。


 ぼろい剣や石斧を持った矮鬼たちがすぐ側まで近づいてくるが、今まで聞いたこともない言葉ともつかない声や、臭い息までも感じることができる。

 さらに、矮鬼達がオレに対して敵意を向けているのも、感覚として感じることができた。


(夢どころか、現実よりも現実的だ)


 そう思ったオレは、チラリと夜空を仰ぎ見た。


 雲一つ無い夜空は、満天の星空とは言い難かった。

 人工的な光のない場所なら、天の川がくっきりと見えてもおかしくないけど、一つ、いや二つの輝きが夜空から闇を遠ざけていたからだ。

 通常の10倍はあろう大きな月と、赤くぼんやりと光る小さな赤い月。


「間違いない、もう一つの空。『アナザー・スカイ』なんだ」


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