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ネクロポリス・リバーサイド・スクール  作者: 夕月萌留
NRS―弐の章―
8/42

2-2

 学校近くのハンバーガーショップで小一時間ほど過ごした後、僕は中等部管理局のメンバーと別れて帰宅の途についた。NRSに通う生徒たちは皆親元を離れて暮らしている。それは僕も例外ではない。ネクロポリスに居住するためには行政からの許可が必要だ。他にもネクロポリスで事業を営んだり、外部から街中へ入る場合にも許可を得なければならないが、その許可は簡単におりるものではない。NRSや研究機関(アクロス・ザ・ヘブン)の関係者であればまず間違いなく許可を得られるが、そうでなければよほど高い信用のある個人や企業、団体でもない限り許可を得ることはできないらしい。街中にあるコンビニや書店、飲食店に娯楽施設、公共機関に至るまでありとあらゆるものが行政による厳重な審査を受け、厳選されたものだけがこの街で活動することを許されているのだ。

 多摩川の河川敷沿いの遊歩道を歩きながら、周りの風景を眺めるのが僕の習慣だ。いつも登下校時にはこの路を使っている。家へ帰るにはちょっとだけ遠回りになるけど、新鮮な空気を吸い、暖かな日差しを体いっぱいに浴びて、虫や鳥の鳴き声や風の音を聴きながら、たくさんの緑と流れ行く川が織り成す情景に心を通わす。いたって平凡ではあるけれど、そう易々と手に入れられるものではない一時。とても愛おしくて大切な日常だ。

 多摩川を左手に見ながらしばらく歩き、第一入場ゲートから続く国道の二本手前の路で右に曲がる。そして、この緩やかな坂を下って公園の横を通り過ぎ、さらに五百メートルほど道なりに進むと僕の家に到着する。

 坂を下りきったところでふと公園に目をやると中に人影が見えた。

 女の子? 同い年くらいかな。この公園に人がいるのを初めてみた。

 ネクロポリスは十数年に渡る再開発によって完成した街で、各街区には必ず一箇所以上の公園が設置されている。僕の住む第十六街区は最も遅く再開発が完了した場所でそもそもの居住人口が少ないせいか、今の今までこの公園内で人影を見たことはなかった。

 ここから少女の立っている場所まではけっこう距離があるため、その表情までははっきりと確認できない。ぼんやりとその様子を見つめていると不意に少女がこちらを見た――ように思えた。ドキっとして僕は前を向きそのまま自宅のある方向へ早足で歩き出した。

 あぁ、びっくりした。いったい、あんな誰もいない公園で何をしているんだろうか。まぁ、僕には関係のないことだな。

「ねぇ……」

 突然、背後から女の子の声がした。

「――――!? うわっっ」

 不意に声をかけられたことに驚き、僕は振り向こうとして脚がもつれ、その場で尻餅をついてしまった。

「えっ!?」

 その()をみて僕は絶句した。そこにいた少女はさっきまで公園にいた()によく似ていた。顔を公園のほうに再び向けてみるとそこにはもう誰もいなかった。もし本当にさっきまで公園にいた()と同一人物だとすればほんの一瞬で数十メートルを移動してきたことになる。そんなのはあり得ないことだ。

「あ、あの――」

 僕は声をかけようとして思わず息を呑んだ。そこにいる少女の眼はひどく虚ろで、長い黒髪は暗闇を連想させるほどに深い色をしていた。そして、その存在はとても朧げな感じがした。

「君……さっきまでそこの公園にいなかった?」

 それまで宙を見つめていた少女の目線がゆっくりと下へ降り、尻餅をついたままの僕を見た。

「このえ……ひと……ふり……」

「――え!? なんで僕の名前を……君は誰?」

「わたしは……あなたたちが死神と呼ぶ者……。ずっとあなたを見ていた……」

「……?」

「あなたには……死相が出て……いる。システムは……あなたを取り込もうと……する」

 死神だって? 本気で言ってるのか?

「わたしはシステムから……隔離された存在……だから大丈夫……」

「ずっと見ていたって……どういうこと?」

「これからも……ずっと……みている……。あなたはとても重要な存在……」

 彼女の視線は僕ではなく僕の奥にある何かを視ているようでもあり、まるで虚空を見つめるかのようでもあった。その不思議で虚ろな視線に目を奪われていると――


 ニィッ


 急に彼女の唇の端が吊り上り、それまでの無表情から一転不気味な微笑を浮かべた。

 さらに、彼女は首の後ろに両手を持って行くと――


 ブンッ


 何もないはずの空間から巨大な刃を具えた漆黒の鎌を取り出した。刃の先端まで黒光りしている巨大で禍々しい凶器――華奢な彼女の容姿には全然似つかわしくない。

「わぁぁぁあ――――――――っ」

 僕は怖くなって飛び起き、自宅の方向へ必死に走り出した。ここから家までは約五百メートルほど。僕は無我夢中で走り続けた。

「はぁっ、はぁっ」


 ――残り四百メートル


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 ――三百メートル


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 ――二百メートル


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 ――百メートル


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ――――っ」


 道路沿いに佇む二階建ての一軒屋――僕の家だ。


 あらかじめ鞄から取り出しておいた鍵を使い玄関のドアを開ける。そして、飛び込むようにして家の中へ入りすぐさま鍵を閉めた。

「はぁ、はぁ、はぁ~、はぁ――――」

 目を瞑り深呼吸する。荒かった息が段々と整ってくる。

 さっきの女の子はいったいなんだったんだろう……。死神だって言ってたよな……。

 本当にあれが死神ってやつなのか? あの巨大な鎌が脳裏に浮かび僕は身震いした。


 ピィーン、ポォーン


 不意にインターホンの呼び出し音が鳴った。あの子がここまで追ってきたのかと思い、僕は恐怖に駆られた。


 ピィーン、ポォーン、ピィーン、ポォーン


 なんで……。こんなことに……。

 恐怖を感じながら恐る恐る背後を振り返り、僕はドアスコープから外の様子を確認した。

「ちょっとぉ、いないの?」

 そこには見知った女の子の姿があった。

「はぁ~~~~」

 僕はほっとして錠を外しドアを開けた。

「なんだ……藍梨栖か……。びっくりさせないでよ」

「むっ、なんだとはなんだ! わざわざ届け物をしにきてあげたのにっ」

 頬を膨らませてふて腐れる藍梨栖の顔を見た途端、さっきまで感じていた恐怖は何処かに吹き飛んでいってしまった。

「届け物だって? なに?」

「むーっ、なんだかとても納得いかない感じがするんですけど。でも、教官の頼みだし仕方ないわね……」

 藍梨栖はショルダーバッグの中から一通の封書を取り出した。

「教官から? いったい何だろう」

 教官とは中等部管理局の顧問でNRSの特別授業の講師も務めているメイサ・ホーリーランド先生のことだ。

「それにしてもなんで藍梨栖が? 直接会って渡してくれればいいのに」

「急ぎの用事があって出かけるらしくてね。重要なことだから局長のあたしに頼むってさ」

「さっきまで一緒にいたのに何でそのとき渡してくれなかったんだよ」

「いやぁ、それが……色々あったせいですっかり忘れていて」

 そういえば愛梨栖ってけっこう物忘れの激しいタイプだった気がする。

「細かいことは気にしない。はい、これっ。確かに渡したわよ。じゃあ、あたしは帰るね」

 手を振って立ち去る藍梨栖を見送った後、僕は玄関のドアを閉めてしっかりと施錠しリビングに移動した。鞄をソファーの上に置くと棚から小物入れを取り出し、中に入っていたカッターを使って封筒を開ける。その中には一枚の手紙が入っていた。


『近衛くん。迷惑をかけることになって申し訳ないのだけど、ある子をあなたのところで預かってもらいたいの。これは研究機関(アクロス・ザ・ヘブン)からの正式な依頼事項よ。だからということもあって、一応このように書面で伝えることにしたわ。期間はしばらくの間としか言えないけど、君も面識のある子のはずだからくれぐれもよろしくね』


「よろしくね――と一方的にいわれても困るんですけどね」

 手紙をレターラックにしまいキッチンへ移動する。そして、いつものようにコーヒーを淹れてソファーに腰をかけ一息ついた。帰宅すると必ずこのようにして心身をリラックスさせてから自分の部屋へ行くようにしている。この家に住み始めて以来変わらない習慣だ。

「さて……と……」

 コーヒーを飲み終えた後、食器を片付けてから鞄を持ちリビングを出た。廊下の階段を上ったところに僕の部屋がある。いや、ここには僕一人しか住んでいないのだから、僕の部屋という表現は適切じゃないのかもしれない。寝室と呼ぶのが適当だろうか。 

 階段を上り終え、部屋のドアを開けて中に入るとある異変に気がついた。部屋の奥の壁際に置かれたベッドの上で誰かが横になって寝ている。その長い黒髪からして恐らく女の子だろう。こっちに背中を向けて寝ているので僕の位置からは顔を確認することができない。

 誰……だ? なんで僕の部屋に人がいるんだ?

 恐る恐る近づいて静かに様子を伺ってみる。いつどうやってここに侵入したのか――という疑問と、そもそも誰なんだ――という疑問が同時に沸いてきたが、後者については心当たりがないわけでもない。――というのも、さっきの教官からの手紙だ。

 恐らくはこの子が例の……。

 しかし、きちんと確認もせずにこのまま放っておくわけにはいかない。

「ねぇ……ちょっと……」


 スーッ、フー、スーッ、フー


 声をかけつつ体をそっと揺すってみるが完全に熟睡していて全く目覚める気配がない。少し身を乗り出してその表情を伺ってみると、とても穏やかで気持ちよさそうに眠っていた。僕は不覚にもその無防備な寝顔に見とれてしまった。

「う~んっ……んんっ……」

 寝顔を覗き込んでいると不意に少女が寝返りを打った。危うく顔と顔が触れそうになってしまい、僕は驚いてドア付近まで後ずさった。

 はぁ、ドキドキしたなぁ。――って、何やってんだろ……。

 なんだか起こすのも悪い気がしてきた。状況から考えて教官の手紙にあった『預かって欲しい子』というのはこの子のことだろう。もしかしたら、僕が帰宅する前に教官が連れてきたのかもしれない。中等部管理局の顧問でもある教官は有事の際に局員の自宅に入れるよう、局員の住居の合鍵を持っている。それを使ってこの子を家の中に入れた可能性が高い。

 こんな可愛らしい子が何か悪さをするはずもないだろうし、せっかく気持ちよさそうに寝てるんだから……。

 僕はこの子が風邪を引かないようにと布団をかけてあげてからそっと部屋を出た。

「このまま明日の朝まで目覚めないなんてことはないだろうし、事情はあの子が起きてから聞けばいいさ」

 しかし、その希望的観測は見事に打ち砕かれた。結局、翌朝までその子が目覚めることはなく、僕はここに来て初めてリビングにあるソファーの上で一夜を明かすはめになった。

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