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ネクロポリス・リバーサイド・スクール  作者: 夕月萌留
NRS―弐の章―
7/42

2-1

 広い応接室。設えられた調度の数々はいかにも高級品といった質感で、壁にはどこかの著名な画家が描いたのであろう絵画が飾られている。部屋の中央には長テーブルとソファーが配置されていて、そこに初老の紳士と少年の姿があった。

「本日は急な申し出にもかかわらずご足労いただき有難うございます」

 初老の紳士が少年に対し丁重に挨拶をした。少年は年のころ十三、四といったところ――その何倍も年を重ねているであろう男がまるで重要な客人に対するかのような物腰で少年に接している。

「此度の当主ご就任につきましては、本来であれば私どものほうから先にご挨拶に伺うべきところを」

「理事長――」

 初老の紳士が話し終えるのを待つことなく、少年は左手で制止する仕草をみせてその話を途中で遮った。

「前置きはいいから早く本題に入ってくれ」

 少年の物言いはその年齢にはそぐわない落ち着いたもので、どこか余裕を感じさせるものだった。自分よりも遥かに年上の相手に対して全く物怖じしていない。

「これは失礼致しました。せっかく操命術(そうみようじゆつ)の正統継承者たる八式家の現当主にお会いできたのですから、ご挨拶がてら色々と世間話でもと考えてはいたのですが……」

 少年――八式幻斗(はつしきげんと)は古来より操命術(そうみようじゆつ)を伝承してきた八式家の第四十六代当主にして操命術(そうみようじゆつ)の正統継承者である。ここは研究機関(アクロス・ザ・ヘブン)の第五応接室。政府関連の要人を接待するため特別に用意された部屋だ。

「では、早速ではございますが」

 理事長はあらかじめ用意しておいたファイルを幻斗に差し出した。

「こちらが本日お招きした理由――本題でございます」

 理事長に目線と手振りで促されて、幻斗は『NRS生徒会レポート』と題されたそのファイルを開いた。

「こちらはNRSから日々送られてくるレポートを綴ったファイルです」

 レポートは生徒会の部局別に日付順でファイリングされていた。中身は各部局の活動日誌や議事録が主なものであったが、幻斗はその中にいくつか付箋の貼られているレポートがあることに気づきその内容に目を通した。

「最近、彼の学園で少々問題が起こっておりまして。かなり手を焼いているとのこと」

「暴走事件……か」

 そこには事件に関係したと思われる生徒の情報や事件の経緯などの詳細が書かれていた。そして、それら付箋の付いたレポートの全てに共通するキーワードが『暴走』の二文字であった。

「そちらに記載されておりますとおり、帰還者(リターナー)充填(インストール)された心魂(しんこん)が突然肉体から乖離しコントロールが利かなくなるという事例が複数報告されております」

「なるほど……」

「通常考えられる原因は育成者(プラセンタ)による儀式(メンテナンス)の放棄でございますが――」

 理事長の額にはうっすら汗が(にじ)んでいる。研究機関(アクロス・ザ・ヘブン)と言えば一流企業の経営者や政財界の実力者、行政を牛耳る大物官僚でさえ一目置かざるを得ない存在である。その理事長たる人物ともなれば幾多の修羅場をも潜り抜けてきた強者のはずだ。組織における絶大な権力と広大な人脈を持ってすればどんな危機も乗り越えられるだろう。しかし、今の理事長の様子からはその地位や実力に見合うだけの余裕またはオーラといったものが全く感じられない。

「NRS生徒会保安局の調査報告によると儀式(メンテナンス)を放棄した事実は確認できないとのこと」

 幻斗は無言のまま理事長の説明に聞き入っている。話の流れから自分がこの場に呼ばれた理由について薄々と勘付いてはいるようだ。

「薬の副作用ではないかと勘ぐる輩も内部にちらほらと出て来ているようで、大変憂慮すべき事態と考えております」

 研究機関(アクロス・ザ・ヘブン)はその保有する技術やノウハウをバックボーンに日本国内のみならず世界中に大きな影響力を持っている。その存在をめぐって時には大きな権力争いが起こり、表には出てこないような事件なども過去に幾度となく発生している。現在も機関内の権力構造は決して一枚岩ではなく、理事長にとって自身の失脚に繋がりかねないようなトラブルやスキャンダルはどんな手を使ってでも避けなければいけないものであった。

「薬の件についてはこちらの領域外のことだ。そちらで何とかしてもらわなければな」

「投薬の臨床データについては確かに十分とは申せません。実践値を取りつつこれからも研究を続けて行かなければならない。当然、大きなリスクを伴うことは承知の上です」

「話が回りくどいな。そろそろ、結論を聞かせてもらおう。こちらも暇ではないのでな」

「はっ、申し訳ございません。これは私の個人的な見解でまだ確信を得たという段階ではないのですが、一連の事件は人為的に引き起こされたものと私は考えております」

「つまり、何者かのテロ行為と?」

「あくまで私見ではございますが……。私どもは未知の領域に踏み込んでしまった。研究や実践が進めば進むほど不確実性は高まっております。それに――ここ最近、彼女が頻繁に姿を現すようになりました。本件と関わりがあるのかは定かではございませんが、注視しなければいけない事象でございます。そこで、此度の事件とそれに関わる事象の調査および解決にあたり八式家の協力を要請したいのです」

「なるほど……。もし地に堕ちた死神が行動を活発化させているということなら、こちらも動かざるを得まい。それに一連の事件が人為的なものであるとすれば八式に縁のある者の仕業かもしれん。テロであろうがなかろうが放っておくわけにはいかないな」

 幻斗はレポートに目を通し終えるとファイルを閉じて理事長に返した。

「そちらの要請を受けよう。諸々、手配をしておいてくれ」

「かしこまりました。それと今回の依頼に関連して事前にお伝えしておきたいことが……」

 理事長は新たに『被験者プロフィール』と題されたファイルを取り出して幻斗に差し出した。先ほどの生徒会レポートと同様、そのファイルに綴られているいくつかの資料には付箋が貼られている。

「これは……」

 付箋の貼られた資料――そのうちの三枚には組織内でも有名な天才と呼ばれる三人の被験者のプロフィールやデータが記載されていた。そして、もう一枚の資料には――


 『近衛一振、最重要危険人物』


 ――と書かれていた。

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