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ネクロポリス・リバーサイド・スクール  作者: 夕月萌留
NRS―四の章―
14/42

4-1

 その日は朝から落ち着かない一日だった。登校中はユンが付いてきていないか気になってたびたび後ろを確認しながら歩いた。NRSに着くと多くの生徒が廊下に出て立ち話をしていていつになく騒々しい空気だった。歩きながら聞き耳を立ているとどうやら早朝から一騒動あったみたいでどこもかしこもその話題で持ちきりだった。そして今――目の前には不機嫌な藍梨栖とそれをなだめる中等部管理局の面々がいる。昼休みにはよほど特別な用事でもない限り執務室に集合するようになっていて、昼食をここでとることも多い。

「愛梨栖、早く食べんと時間がなくなるっちゃ」

「んー、あんまり食欲ないんだよね」

 愛梨栖は持参した自前の弁当に全く手をつけようともせず、目の前の端末にじっと視線を落としている。

「愛梨栖……ちゃん……んぐ……もう、しかたないな……じゃあ……涼香が食べ……ふぐ……食べてあげる」

「ほらほら、涼香さん、食べながらお話しすると喉に詰まらせちゃいますよ。気をつけてください」

「ふぐっ!? んぐっ! んぐっ!」

「あー、ほらぁ。これ、お水飲んでください」

 言ったそばから食べたものを喉に詰まらせて苦しむ涼香。それを見て夕美が自分の水筒をさっと差し出した。涼香の食いしん坊とそそかっしさは永遠に直りそうにない。

「もうっ、いつものことながら緊張感がないわねっ」

 藍梨栖は不機嫌さを隠そうともしない。

「八式幻斗、十四歳。中等部二年クラスA。無所属。ネクロポリスでの居住歴なし。検査記録、能力開発課程、ともに不詳……。そんな彼が明日から正式にNRSの生徒……か」

 中等部管理局のメンバーはNRS全生徒の経歴が登録されているDBを閲覧できる。藍梨栖が読み上げたのは今朝の騒動で彼女が遭遇した人物の情報だ。

「昨日付けで情報が登録されているわね。しかし……八式家の人間がNRSに来るなんて、どういうこと? 保安局は把握しているようだったけど、あたしたちには事前説明もなかったし」

「愛梨栖が問題ばかり起こすからハブにされたんじゃないのか?」

「それどういう意味よ? あたしがいつ問題を起こしたって――」

「まぁ、まぁ、愛梨栖はちぃと落ち着きぃ」

「八式家……あまり良い噂を聞かないですし……ちょっと怖い……ですよね」

 藍梨栖は目の前の端末に向かってはいるものの作業は一向に進んでいない様子だ。さっきから手も完全に止まっている。

「こんなときに事務仕事なんて……まったくやってられないわね。あ~~~あぁ」

「レポート作成が好かんのやったら、事件なんかに関わらんどき」

「だって、仕方ないじゃない。ここであたしたちの力を見せておかないと、いつまでたっても中等部管理局の地位は向上しないわけだし……」

 NRSは初等部から高等部まであり、中等部と高等部はいわゆる中高一貫教育を行っている。他の学校と同様に生徒会は存在するが、執行部が設置されているのは高等部だけだ。執行部は高等部と中等部の両方をまとめる立場にあり、役員はすべて高等部の生徒が務めている。生徒会長という役職も高等部にしか存在しない。そして、僕らが所属している中等部管理局は生徒会執行部の下部組織という位置づけにある。このような組織構成になっているため、権限は必然的に高等部の生徒会執行部に集中することになる。中等部管理局局長という役職は生徒会執行部の使用人のような立場でしかなく、他の中学校の生徒会長と比べるとその地位は遥かに低い。この体制をどうにかして改革し、中等部管理局の権限を大きくして、局長の地位を他校の生徒会長と同じレベルまで引き上げるというのが藍梨栖の掲げた大目標だ。

「やっぱり人手が足りないわよね。お昼休みに食事をとりながら仕事をしているなんて、女子中学生のやることじゃないわ。それに、あたしが事務仕事をやっているうちは局の地位向上は望めないと思うの」

「でも、これ以上の人員補充は認められてないけん、今のメンバーで頑張るしかないっちゃ」

「あぁぁぁああ――――――あぁ」

 有紗の言葉をきいて、藍梨栖が机に突っ伏した。その時――


 トンットンッ


 執務室のドアをノックする音が聞こえた。局員一同の視線が一斉に入口のドアへ向く。僕らが返事をする前に執務室のドアがゆっくりと開いていった。開いたドアの向こうにはなんとユンが立っていた。

「えぇぇええっ、ユン!? なんでここにいるんだよっ」

「おにぃいちゃぁぁぁぁ――――んっ」

 目が合った直後、一番近くにいた僕にユンが飛びかかってきた。

「うわぁぁぁぁああっ!」

 驚きながらも全身でユンを受け止めた僕だったがあえなく椅子もろとも後方に引っくり返った。隣席の有紗も巻き込みそうになったが、彼女は僕らを巧みにいなして見事に避けてみせた。

「ひぃぃ~~とぉぉ~ふりぃぃぃぃぃ」

 藍梨栖が狂気の視線で僕を見下ろす。愛用している指示棒を右手で力強く握り、左の掌に軽く打ちつけながら強烈なプレッシャーをかけてくる。

「その子はいったい、誰っ!」

「これは……その……いろいろと複雑なわけがありまして……」

「へぇぇぇえぇ、ふ・く・ざ・つ――なわけねぇぇえぇ。じゃあ、きっちりと説明してもらいましょうかぁ?」

「まぁ、まぁ、そこまでにしときぃ。ほら、怖がりよるっちゃね」

「ふぇぇぇえっ、おにぃいちゃぁぁん」

 目の前に立ちはだかる悪魔にさすがの無邪気なユンも怯えているようだ。涙目になりながら僕の胸のあたりに顔を埋めてくる。僕はいつものように左手でユンの背中をさすりながら右手で頭を撫でてあげた。

「ユン、どうやってここに? 家で大人しくしてなよって言ったじゃないか」

「だって……おうちにひとりでいてもつまらないんだもん。おねぇさんにおねがいしてつれてきてもらったの」

 お姉さん? 教官のことかな? でも、どうやって連絡をとったんだろう。

「万が一のときのために、ユンちゃんには連絡用の携帯端末を渡してあるわ」

 執務室のドアが開き、金髪、碧眼の外国のモデルのような容姿をした大人の女性が中に入ってきた。『NRS特別教室担当講師』兼『中等部管理局顧問』のメイサ・ホーリーランド先生だ。生徒には教官と呼ばれている。その鼻にかかったような甘い声と上から下まで整った容姿に歴戦のイケメンたちも瞬殺だったという都市伝説のような噂が男子生徒の間で広まっている。

「近衛くん、自宅にユンちゃん一人というのも物騒だから、今後日中の間は特別教室で私と一緒にいてもらうことにするわ。昼休みと放課後はこちらで面倒を見てもらえるかしら。登下校のときは近衛くんあなたが必ず一緒に行動してあげて」

 ええぇぇ~、じゃあ授業中以外はほとんどユンと一緒に過ごすことになるじゃないか。

「不満そうね。もしかして嫌なのかしら?」

「いえ、そういうわけでは……。ほ、他の皆には迷惑じゃないかなって……ね」

「うちは構わないっちゃ」

「私も大丈夫です。それにお家に女の子一人だけというのはやっぱり危ないです」

 中等部管理局の中でも特に面倒見のいい二人が賛成の意を表明したことにより、ユンがここに来ることが決定的になった。

「じゃあ、問題ないわね。みんなよろしく」

「ちょっと待って、一振の家にいるって――まさか一緒に住んでいるの?」

「そうだよ。きのうからいっしょにいるもん。ね? おにぃちゃん」

 ――と僕に同意を求めてくるユン。そのやり取りをみてますます不機嫌になる藍梨栖。これはまさに火に油を注いだような状況だ。今日はもう退散したほうが懸命かもしれない。

「いやぁ……その……これにはわけがあって、成り行きと言うか――そうだっ、昨日の手紙だよ。ほら、うちに届けてくれただろ? あれ、ユンの面倒を見てくれって、そういう依頼だったんだ。やましいことは何もないんだよ。そうですよね? 教官」

「へぇぇぇぇぇ――――そうだったの」

 両目を細めて睨み付けてくるその様子はまるで鬼のよう。ずっと悪魔だと思っていたが鬼のほうが表現として適切かもしれない。鬼と悪魔どっちが凶悪かと問われれば答えに窮するところではある。

「あれっ? ユン?」

 僕の横にいたはずのユンがいつの間にかいなくなっている――と思ったら

「あ~~!? それは涼香のお弁当なんだよ~! 返してぇ~」

 涼香の悲鳴にも似た声が執務室中に響き渡った。その視線の先には部屋の片隅でニコニコしながら鶏から揚げを頬張るユンの姿があった。どうやら気配を殺して涼香に忍び寄り、藍梨栖お手製弁当を強奪して食しているらしい。涼香が取り返そうとした時にはもう最後の一個が口に放り込まれるところだった。中等部管理局の食いしん坊担当である涼香は研究機関(アクロス・ザ・ヘブン)で『つまみ食いの怪物』の異名をとったユンにあえなく屈した。

「涼香さん可哀相。私の作ったお弁当、藍梨栖さんには敵いませんがよければ食べてください」「うえぇぇ~~ん。夕美ぢゃぁぁん、ありがどぉ~~~」

 号泣しながら弁当を譲ってもらう涼香はさながら餌付けされる犬のようだった。自分の弁当を完食した上で他の人の弁当も食べるのだから、どれだけ食いしん坊なのか――というか、よくそんなに食べられるなと思う。

「あのさ、考えたんだけど男女が一つ屋根の下で二人っきりってまずいと思うんだよね」

 顎に手を当てて何やら考えながら深刻そうな顔で藍梨栖は言った。

「まさか、僕がユンに変な気を起こすとでも? そんなことあるわけないだろ」

「一振、その発言は女の子に対して失礼やないと?」

 有紗にそう言われて『しまった』と思いユンを見ると涙目でこっちを見ていた。

「ご、ごめん、特に深い意味はない――というか、あくまで紳士的にという意味で、ユンのことは女の子としてみてるし……いや、そうじゃなくて」

「へぇぇぇぇ、女の子として……ね」

 藍梨栖は一転じと目で僕を睨み付けてきた。こういうとき、いったい何て言えばいいんだろう。弁解しようとすればするほど深みにはまっていくような気がする。

「そんな状況を見過ごしてはおけないわ。局長権限であなたたち二人を転居させるっ」


 びしっ びしっ


 ――と、指示棒で僕とユンを指し示した後、愛梨栖は両手を腰に当ててその小さな胸を張り高らかに宣言した。その様子を見て『パチパチ』と拍手する局員一同。

 また藍梨栖の無茶ぶりが始まったかぁ。

「一振は一人暮らし用の戸建てに住んでいるわよね? ユンちゃんも一緒に住むということであれば、シェア住居に移るのが適切だわ。教官、そうですよね?」

「そうね……本来ならそうすべきだわ。わかりました。この件は日野さんに一任します」

 こうなったらもう成り行きに身を任せるしかない。急に機嫌の戻った藍梨栖は鼻歌を奏でながら『じゃあ、また後で』と告げて、意気揚々と執務室を出て行った。教官も『あとよろしくね』と言って愛梨栖に続いて廊下へ出て行ってしまった。後に残されたのはただ呆然とするだけの僕と――そんな僕の左腕にしがみついているユン――何もなかったかのように端末に向かう有紗と――お弁当を美味しそうに頬張る涼香――それを優しげに見守る夕美。ユンがいる点を除けば、中等部管理局のいつもとそう変わらない昼休みの風景だった。

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