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扉を開けた先には門に続く一本道とそれに寄り添うように整えられた草木や花壇があった。瑞々しい緑の景色に目を奪われていると、またグレイが促すように手を引いてくる。後ろ髪を引かれる気持ちでついてくと玄関の裏側、その奥まったところにある温室にたどり着いた。
「この温室を抜けると森があります。そちらにも遊歩道がございます。どうされますか?」
そっと開けられた温室の扉をくぐって周りを見渡すと背の高い草木や色とりどりの花、足元に流れる水路、視線の先には小さな噴水があった。初めて見た美しい光景に知らず知らずのうちにため息が漏れる。
「綺麗」
今度は自分の意思で歩き出す。水路の水は透き通っていて冷たそう。手を浸したら怒られるかな。盗み見るようにグレイを見るとニコリともしないけれど優しい目がこちらをみつめていて、思わずそらしてしまう。だめだ、恋に落ちてしまう。イケメンは反則だ。
誤魔化すように深呼吸をして向き直る。
「ねえ、ネモフィラはどこら辺に咲いているのですか?」
少しつっけんどんな言い方になってしまったが、気づかなかったのかまた手を取られる。
数日共に過ごしてきたが彼が俺に触れてくるのは必要最低限で、こんなにスキンシップをする人だとは思わなかった。ゲームの中の彼はいわゆるお助けキャラで、主人公が何をすればいいか迷ったときに話しかければヒントをくれるポジションの人だった。お菓子を作って渡してみたらいいとか、もっと積極的に話しかけたらいいとか、ゲームの進行をより円滑にするための誘導係。その結果、愛が深まろうが破滅に進もうが一切関与しない、見方を変えれば冷徹な人。
けれどこちらを見つめる目を見れば、血の通わない冷たい人には思えなかった。たしかに一切表情は変わらないし、言葉数が多い人ではないけれど。
案内された区画はどうやら背の低い花が多く植えられているらしく、小さな花がかわいらしい。しゃがんで優しく触れると、水をあげたばかりなのか細やかな水滴が指を伝って落ちていった。
「綺麗ね。春の花は赤とか桃色ばかりだと思っていたわ」
目のさえる涼やかな青い小さな花。前の俺はこうやって腰を折って花を見るなんてことはしたことがなかったから、なんだか新鮮な気分になる。お行儀悪くしゃがんだまま蟹股で移動したかったが、スカートの裾を踏んで転ぶ未来しか見えなかったので仕方なく立ってはしゃがみ、立ってはしゃがみを繰り返す。
「お嬢様は赤や桃色の花のほうがお好きでしたか?」
動き回って最後にまたネモフィラの前に戻ってきた俺にグレイが問う。
「どうでしょう。全部綺麗なのでこれが好き、というのは特にありません。ただ」
どの花も普通に綺麗だし、また見に来たいなあと思うものだった。大事に育てられたんだろうなあとか、誰が手入れしてるんだろうとか気になることはあれど、この花が好き!と猛烈に欲するものはない。
「あなたが見に行こうと誘ってくれたこの青い花が、私はとても好きになりました」
感情なんてありませんと言うように顔色一つ変えないこのイケメンが、俺と話すための口実に使った小さな青い花がなんだかとても愛おしく思えたから。この花がまたこうして二人で歩くきっかけになればいい。俺と話すたびに彼の後ろで隠すように握りしめられるその手の理由がいつかわかるといいな。
「だからまた、散歩に誘ってね」
仕事だから優しくしてくれる人。ひとりぼっちだったティスティアの従者。
ゲームでは語られることのなかった生きている彼をもっと知りたい、そんな風に思った。
その後ティスティアが「この花の名前は?」って一個ずつ聞いてくるから、次の日にはグレイお手製お名前プレートが全植物の前に刺さってると思う。