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 ティスティア男の子だったんだ事件から何日かが経った。妙な安堵感とおさまりの良さに俺はご満悦であの後ベットに入り、普通に眠りについた。


 入学式直前に突然倒れたことによりしばらくは自宅療養することになったらしく、暇を持て余していた。することと言ったら朝起きて、運ばれてくる食事を黙々と処理し、外を眺め、また食事をして、お風呂に入って、寝るだけだ。

 正直に言うと、とても退屈である。


 よほど俺が倒れたことに肝を冷やしたのか従者であるグレイは近くを離れないし、離れるときは部屋の鍵を閉めてしまう徹底ぶりである。鍵をぶち破ってまで外に出たいわけでもないため、現状何もすることがない状態である。


「いい家のお嬢様ってもっと礼儀作法とか教養とか、勉強に明け暮れるものだと思ってたなあ」


 ため息まじりに呟いた言葉に返事をする者はいない。仕事があるのかグレイは数刻前に部屋を出て行ったきり帰ってこない。部屋を出入りするのはグレイのみで、ほかの人間がこの屋敷にいるのかどうかすらわからない。

 またため息が零れ落ちる。


 生まれ変わってしまったあの日から俺はティスティアっぽいふるまいを心掛けている。椅子に座るときに足を開かないし、体を洗う石鹸で髪の毛を洗ったりしない。大きく口を開けて笑ったりもしないし、食事中に口を開いたりもしない。誰から見ても女の子だって思われるように気を付けた。

 

「俺が入る前のティスティアはどうだったんだろ。ゲームだとすっごく儚い感じに笑う美少女だったけど、こっちの世界じゃ男の子だもんなあ。以外に木登りとか好きなやんちゃ系だったりして」


 椅子に座りながら窓辺に映る景色を眺める。季節は入学式を控えた時期にふさわしく春真っ只中のようで、庭先に咲く花々は色鮮やかで美しい。温度調整は完璧で暖かいはずなのに、しゃべる人間が自分しかいないこの部屋よりも外のほうが何倍も暖かく思えた。


「……俺、これからどうしよう」


 グレイはいい人だった。朝は優しく起こしてくれるし、作ってくれるご飯は美味しい。声を荒げたりしないし、日がな一日外を眺めているだけの俺に何も言わない。髪の毛を洗う手つきは丁寧で、コルセットが嫌だと控えめに言ってみたら次の日から用意されなくなった。それが仕事だからだとしても、こんな女なのか男なのかよくわからない人間にグレイはとても優しかった。


 この生活は長くは続かない。おそらくあと数日したら魔法学園に行かなければならないし、俺の人生は学園に行って卒業した後もまだまだ続いていく。ゲームのシナリオ通りに学園生活が進んだとしても、卒業後は自分の頭で考えて生きていかなければならない。今はかわいいティスティアの体も、どんどん男らしくなって万人がうらやむ筋肉マッチョに変貌するかもしれない。

 考えたって仕方がないことをぐるぐると考えてしまう。何度目かもわからないため息がまた零れ落ちる。


「……お嬢様」


 思考の海におぼれ始めた頭に控えめなノックの音が届いた。いつ開けたって外を眺めることしかしてないのに、グレイは毎回律義に扉をノックしてくる。寮にいた頃は遠慮なしに人が部屋に入ってくることなんて普通だったから、その律義さに寂しさを覚えてしまう。そんなこと言っても仕方がないのに。


「どうぞ」


 声をかければ、失礼いたします、と頭を少し下げながらグレイが部屋に入ってくる。それを視線で追いながら口角を上げて笑顔を作る。


「どうしたの?」

「本日は天気が良いので庭園を散歩されてはどうでしょうか」

「そと、出てもいいの?」


 あれほど意識して動かしていた表情筋が勝手に動くのが自分でもわかった。別に外に出なくても、と諦めていたがどうやら自分でも思ってもみないほど外に出たい気持ちは膨らんでいたようだ。

 俺の気持ちを汲み取ったのか、準備してまいります、とグレイはまた静かに部屋を出て行った。


 数分して戻ってきたグレイの手には低いヒールの靴と肩掛け、日傘があった。ベッドに腰かけた俺の足を恭しく手に取って靴を履かせていく。その間にも俺の視線は窓の外から放すことができなかった。


「外は、お好きですか?」

「え?」


 グレイの声に振りかえるとこちらをじっと見つめる彼の目と目が合った。いつの間にか両足は靴を履いており、グレイは片膝をついた状態で俺の様子をうかがっていた。


「先ほどから熱心に外をご覧になられていらっしゃいますので」


 答えない俺を急かすでもなく、そっとグレイが口を開く。低い声が音のない部屋に零れ落ちる。


「よく、わかりません」

「……大変失礼いたしました」

 

 慌てて口をついて出た言葉はいろいろ足りなくて少し焦る。


「えっと、質問の意味が分からないのではなくて、あの、私別にそれほど外が好きなわけではなくて。あ、いえ、別に嫌いとかではなくて。だから散歩にイヤイヤ行くわけではないのですよ。だから、その」

「お嬢様」


 必死に言い訳をするように言い募る俺が哀れだったのかグレイが言葉を遮る。呆れられてしまっただろうか。俺が目覚める前のティスティアはこんなまともに会話もできない馬鹿じゃなかっただろうし。この体は泣き虫なのか視界が徐々にぼやけていく。


「今、ちょうどネモフィラが綺麗に咲いています。もしよろしければわたくしに庭を案内させていただけませんか」


 そっと肩口に肩掛けがかけられる。タッセルのついた少し重めのそれは、今日の朝グレイが着せてくれた部屋着の淡い色と合っていて、もしかして朝から庭に誘おうと考えてくれていたのかと思ってしまう。


「庭にはさまざまな種類の花を植えています。お嬢様の好きな花を教えてください」

 

 手を引かれて地面に足をつけると、初めて履いたはずのヒールでもきちんと立つことができた。部屋にいるときはスリッパを履いていたから、ヒールのついた靴を履くのはこれが初めてだ。

 促すように引かれる手に従って歩き出す。どうせ鍵がかかっているからと開ける気にもならなかった扉はすんなりと開き、俺は初めて部屋の外に出た。


 コツン、と軽い音が足元から聞こえる。歩くたびに聞こえるその音は、ヒールが地面をたたく音だ。楽しくなってもう一歩、また一歩と足を動かす。角度によって音が鳴らなかったり、少し大きな音が鳴ったり。気持ちのいい音が鳴るとうれしくなる。足元を見ながら歩く俺の手をゆったりと引いてグレンが誘導する。


「その音、お好きですか?」

「うん。いい音だね。楽しくなっちゃう」


 コツコツ、コツコツ。何歩歩いただろうか。いつの間にか自分の部屋の扉よりも大きくて重そうな扉の前に立っていた。

 グレイがドアノブに手をかける。なんてことない、ドアを開けるその動作もどこか洗礼されていて美しい。所作が綺麗とはこういうことを言うんだ。


「ねえ、グレイ。今度私に礼儀作法を教えてね」

 

 今度はちゃんとうまく笑えた気がした。



リアルで二か月ほど自粛していると、自分がいかにプロニートとしてのポテンシャルを秘めていたかがわかりました。普通は外に出ないと病みます(経験則)

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