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次に目が覚めたとき、イケメンは部屋にいなかった。ついでに明るかった外はとっぷりと暗くなっていた。ほんの数分現実逃避のために目をつぶっていようとしただけなのに、ふかふかでふわふわなお布団の魅力に負けてつい眠りの国へフルダイブしてしまったようだ。
「くっ、なんて魔力だ……!」
口の端に垂れていた涎を袖で拭いつつ体を起こすと、お尻がふんわりと沈む。なるほど、お高級なマットレスですね、わかります。
とぼけながらベッドの端に移動し、地面に足をつく。
長い寝巻の裾から細くて小さい足が覗いた。バタバタと動かすと小さい足もバタバタと動く。ぐっと指に力を籠めて丸めれば、小さい足のこれまた小さい足の指も丸まる。なるほど、これは自分の足ですね、わかりません。
初めて人間の足を手に入れて興奮する人魚姫のように足を動かしていると、肩口から絹糸のようなものが垂れてきた。
引っ張ると痛い。そして長い。なるほど、これは髪の毛ですね。
「わかりま、せん!」
驚きのまま立ち上がれば捲れ上がっていた寝巻がすとんと重力に従って落ちる。足首をぎりぎりまで隠す長さで、裾が広がるそのデザインはスカートと呼ばれる衣服であり、もっというなら着ていたのは寝巻ではなくネグリジェだった。
くるりと回れば追いかけるように裾が広がって閉じる。ついでに絹糸のような銀の髪もふわりとついてくる。かわいい。俺、いまとってもかわいい。
「いや、そうじゃなくてね」
一人でノリツッコミしないと頭がついていかない。髪の毛はついてくるけど脳みそが追い付かない。やだ、時代に取り残されちゃう。
足裏をやさしく包み込むような柔らかい絨毯を勇ましく踏みしめながら、部屋の中を当てもなく歩き回る。気分は密室トリックの謎を解く探偵だ。
「俺は目覚める前、というかぶっ倒れる前はたしか寮に向かって歩いてたはず……」
思い出されるのは、夕焼けの空と秋に入って少し涼しくなった風の感触。
その日もいつも通り授業が終わった放課後、部活で汗を流してる同級生の声を背中で聞き流しながら自分の寮の部屋に向かって学校の敷地を歩いていた。
俺が通っていたのは全寮制の男子校で、マンモス校の名前に恥じない大きな敷地面積を有していた。校舎のほかに全学生が生活する寮、購買に学食にちょっとした公園など、端から端まで散歩しようものならセグウェイか自転車か馬がほしくなるような広さだった。
俺はそこの2年生で、寮生活は中学校の頃を含めてもう5年になるベテラン寮生だった。寮母さんの実年齢から、来客用のお菓子の隠し場所まで寮の秘密のすべてをそこそこ知るベテラン。
見た目は平凡。スペックも平凡。家柄も平凡のいたって普通のやんちゃでかわいい盛りの男子高校生だった俺は今やまだ姿は見てないけどきっとすっごくかわいい吹けば飛んでいくような美少女になってしまったようだ。スカートはいてるから絶対そうである。
「そうと決まれば外見が見たい。鏡を探そう。最初のミッションだ」
くるくると部屋を歩き回るのをやめて鏡を探すと、ちょうど立ち止まった部屋の隅に大きなクロゼットと鏡があった。身支度はここでするんですね、わかりました。
ひょこりと鏡に顔をのぞかせれば、そこには目も眩むような美少女がいた。
鏡「フラグとは自らが立てて、自らで回収するものなのですよ」