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信長物語  作者: 楠乃小玉
8/12

尾張のうつけ

那古野でウツケ呼ばわりされるにつけ、吉法師に優しくしてくれる津島衆に

傾倒していく吉法師であった。

 吉法師は津島衆が大好きになった。

 津島衆は本当によくしてくれた。

 吉法師が神社の鈴に興味を持つと、祭りの時に使う法具などを持ち出して

 神楽の時に使う冠をかぶせてくれて、大八車を押して街道を練り歩いてくれた。

 「津島はよい、船の往来のみならず、道が良いのでこのような車をなんなく引ける」

 吉法師がそう言うと、津島衆たちはその聡明さに目を丸くして驚いていた。

 津島の腕自慢というと、平野甚右衛門が有名だった。

 まだ若く背が小さく若ハゲだが腕がたった。

 その戦法は我流で、槍を投げて遠くの的に命中させたりした。

 槍を投げてしまったあとは、体に無数の小刀を隠し持っており、それを敵に投げる。 

 正道の武士には犬槍と呼ばれている外道の戦法であったが、吉法師はそれを見て喜んだ。

 それを見て平野甚右衛門も喜んだ。

 ひととおり大人たちと遊んだあと、小姓の池田勝三郎を連れてしばし津島を散策した。

 すると、前に会った祖父江の家の豪が、男の童に鞠を取り上げられてからかわれていた。

 それを見た吉法師はその童を一喝して鞠を取り返し、豪に渡してやった。

 豪は小さく会釈をしたあと、走ってどこかへ行ってしまった。 

 「なんだ、そっけない奴だな」

 吉法師は少し不機嫌になった。

 あとで、親の祖父江秀重が豪を連れて謝りに来たが、吉法師は笑ってゆるした。

 そのあと津島衆から食事を振る舞われたが、津島の料理は川魚を味噌で煮込んだものを

 ご飯の上に乗せ、湯漬けにして食べるものだった。

 吉法師はこれが大層気に入った。

 那古野ではよくご飯の上に味噌で煮込んだ鶏卵を二つに割って乗せ、その上から湯をかけて

 食べていた。

 味噌は松平家の特産物であり、安価で尾張にも大量に流入していた。

 「三河は味噌という特産物があってよろしゅうございますな、津島もあのような者を発案せねば」

 吉法師が湯漬けを食べている横で、ある津島衆が何気なくつぶやいた。

 すると、吉法師は少し不機嫌になった。

 「何が良いものか、国の基盤はコメである。松平は今川に豆ばかり作らされて米を作るための

 灌漑も疎かになっている。これでは民が飢え、国が崩れることとなろう」

 吉法師が何を言っているのか分からず、津島衆たちはきょとんとして顔を見合わせた。

 「若様の仰せの通りじゃ」

 そう言って現れたのは大橋家頭領の大橋重一おおはししげかづであった。

 「米は国の基盤、領国の民が食べる穀物を疎かにして他国に売る豆ばかり作る三河者は愚かじゃ。

 若様は利発なお方じゃ。若ならば、このご本の真価が必ずお分かりになるはず」

 そう言って大橋重一が差し出したのは北畠親房が書いた神皇正統記であった。

 「これは幼子に読ませるには少し難解ではございますまいか」

 隣に居た祖父江秀重が渋い顔をする。

 「何を言うか、我は平家物語を読んでおるぞ」

 吉法師が胸をはる。

 「おお、そのいきですぞ、若様」

 大橋重一は大層喜んだ。


 吉法師がこの本を那古野城に持ち帰り、熱心に読んでいると、

 不審に思った林秀貞がその本をのぞき込む込む。

 そこに書かれていることを斜め読みした秀貞の顔が青ざめる。

 即座に本を取り上げ、ビリビリに破り捨てた。

 「何をするか」

 吉法師が激怒して怒鳴る。

 「これはウソ八百が書いてある毒書でございまする。こんなものを信じては道を誤りまする」

 「何をいうか、朝廷に忠義を尽くすことの尊さを書いた良書ではないか」

 「その誤った忠義のせいで国が乱れました」

 「それは違う。吉野のお山には満開の桜が咲き乱れているという。それは何故か分かるか」

 「どうせ公家趣味の風流とかでしょう、まったくの無駄です」

 「違う。桜は一度飢えれば雨水だけで育つ。それを堤の上に植えれば根が生えて堤が強くなる。

 また春には美しい花が咲き、そこを訪れる人に踏み固められて堤がまた強くなる。

 そのために南朝方は吉野に桜を大量に植えたのだ」

 「何を根拠に、そのような妄想を」

 「妄想ではない、吉野社は蔵王権現を祀る。蔵王権現は大貴己尊の化身にて建築土木の神じゃ。

 それを崇拝する南朝は建築土木によって国を復興しようとした。それに対して、

 建築土木よりも、直接の温床を武士にばらまいたのが足利高氏である」

 「恐れ多くも将軍家を愚弄なさるか、将軍家は天下様でございまするぞ」

 林秀貞が怒鳴った。

 「足利家は土蔵どぞう金融をもって利潤を得ようとした。その骨頂が日野富子じゃ。金を転がして

 何も作らず利を得ようとした結果が応仁の乱じゃ。悪いのは南朝ではない。国の要である土木を

 疎かにした足利家じゃ」

 「足利は御朱印貿易で莫大な利益を得、国を潤しました」

 「その結果が、この乱世か」

 「乱世は南朝の失政によるものです」

 「応仁の乱は南北朝合体の後の事。しかも悪いのは日野富子じゃ、これをなんとする」

 「妄想でござる。若様は津島の賊に騙されておる」

 「事実を確かめもせず、その場の勢いだけで言うお前の言葉など信じられるか」

 「織田家の忠臣である某より新参の津島衆どもを信じると仰せか」

 「どちらも信じぬ。己の目で確かめ、己の頭で考え、己が道理をもって判断するのだ

 そなたは、世間にながれる、意味の無い風評に踊らされている愚か者じゃ、信じるのではなく

 理解せよ、人に依存せず、己の足で地に建て。何かに依存する者は依存するものによって

 滅ぼされるのだ」

 「某、そのような戯れ言は信じませぬ」

 「信じるな、己の頭で考えよ」

 吉法師が怒鳴った。

 「まあまあ、林様、いつものお狂いでございまする、相手になさらずに」

 周囲の者たちが寄ってきて林秀貞をなだめる。

 林は怒りのあまり肩を揺らし、息を荒げている。

 「よいですか若君、この林、織田家に忠節をつくしているからこそ、若の妄言を

 注意してさしあげているのです。他の者のように相手にせず、裏で後ろ指をさして尾張のウツケと

 笑うことは容易い。それを、あえて、間違いを正してあげているのです。

 注意してもらっているうちが花ですぞ」

 「その、己だけが正しいと信じ込んでいる盲信が身を滅ぼすぞ。

 注意してもらっているうちが花じゃ、よく心得ておくがよい」

 「まことに、口先だけのお方じゃ」

 そう言って林秀貞は怒ってその場を立ち去って言った。

 吉法師だけではない、尾張の者の多くが吉法師を尾張のウツケといって笑っていた。

 吉法師の説法は「お狂い」と呼ばれ、大人は誰も相手にしてくれなかった。

 だからこそ、意味が分からぬにしても吉法師の言うことをニコニコとしながら聞いてくれる

 津島衆がいとしかった。

 



若年の頃の信長は実際に「尾張のウツケ」とよばれており、信長が熱心に語った言葉は

初期の頃は信長公記でも「お狂いになられ、鬱を参じさせられて候」と書かれており、

まったく理解されていない。

 信長が天下を手中に収める手前の朝倉戦においても、信長が言った通りに敵が動いたのにも関わらず、

 家臣たちはいつものクセで信長の言葉を聞き流し、信長を激怒させた経緯がある。

 今でこそ、信長はカリスマのように思われていますが、当時の人達は、信長の主張する理論が理解できず、「あれは狂っているのだ」で済ましていました。

作中で、信長が「何かに依存する者はそれによって滅ぼされるのだ」ということは、実際に信長が主張していることです。実際に残っている言葉は「人城を頼らば城人を捨てん」です、信長は部下に自分の頭で考え、何かに依存しないよう、何度も教訓を述べています。

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