表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長物語  作者: 楠乃小玉
6/12

織田信光が蟹をもってきた

織田信光が蟹を持ってきた。

吉法師が小姓の池田勝三郎を連れて那古野城の中をウロウロしていると伯父の織田信光が来た。

「カニを食おうぞ」

信光はザルにいっぱいの渡り蟹を小者に持たせてやってきた。

 「これから熱田社にお参りに行こうと思っていたのだが」

 吉法師が少し困惑する。

 「神社なんぞいつでも行けるがや、蟹は今喰わんと腐ってまうでよお」

 「神社の神官の家にありながら、毎度信仰心のないことよのお」

 吉法師は怪訝な顔をする。

 「信仰で腹は拭く連でなあ、して何で神社なんぞ行くんで」

 「姉上の婚礼の引き出物何がよいか熱田の宮司千秋殿に相談に行こうと思う」

 「ああ、蔵殿かや、津島の頭領、大橋殿に嫁ぐんだでな」

 「左様。那古野城主としても何かせぬわけにもいくまい」

 「まあ、それは良いとして蟹喰おうで」

 「仕方ない。あやめてしもうた命、喰わずに捨ててはバチがあたるというものだ」

 「また小難しいことを言い寄る、ははは」

 信光は軽い声で笑った。

 吉法師の父の信秀や伯父の信康は細面の美男子であったが、信光は顔が横に広くアゴが発達している。

 眉も太く、目は大きく、いつもギラギラとしていた。

 神に手を合わせることもなく、ただ己の武芸のみを信じ、槍の鍛錬だけは怠らぬ男であった。

 信光は持ってきた蟹の甲羅を開いて、中の卵だけをせせって食べた。

 「これ、身も食べねばもったいなかろう」

 吉法師が眉をひそめる。

 「こんな細い足、めんどうでせせれんがや」

 「小者にやらせばよかろう」

 吉法師がそう言って小者の方を見る。

 「はい、ただいま」

 小者たちが人を呼んで信光が食べたあとの蟹の足を竹ひごなどでほじり、皿の上に出す。

 十匹分くらい出すと吉法師に差し出した。

 吉法師はそれを受け取ると、大口をあけて放り込もうとする。

 と、その様子を小者たちが見ていて、自分たちもつられて口をあけている。

 吉法師の動きが止まる。

 「そなたら喰うか」

 「いえ、とんでもございませぬ」

 小者たちは目をそらす。

 「であるか」 

 吉法師はそれを一口でたいらげた。

 「おい吉、殻の中の山吹色の身も喰え、これがうまいのだ」

 「それは伯父上が食べればよかろう、我は足を喰う」

 「殊勝な物言いだの、子供のくせに」

 「長幼の序は守らねばならぬ。先頃、信康の伯父上に叱られたばかりじゃ」

 「堅苦しいことを言いよるのお」

 「伯父上はくだけすぎじゃ」

 「そうか、ははは」

 信光は大声で笑った。

 

 織田信光の妻は松平氏の一族である松平信定の娘である。

 松平は徳川家康の血族の松平清康が今川方についており、これと対立する松平信定は

 結果的に織田家に近づいていた。

 

 津島の南朝方、津島南朝十五党は元々北朝方である織田家とは対立しており、

 長らく抗争を続けていた。

 それが大橋一重の代になって軟化したのには理由がある。

 元々、津島衆が南朝方として孤立しながらも徹底抗戦できたのは津島の湊の収益があったからであり、

 大橋氏がその頭領の地位にあったのは、大橋氏に後醍醐天皇の血筋の皇子である源良王

 が入ったため、実質的に天皇の一族という形で南朝方を統率していた、

 それが、男子の系譜が途切れ、大橋一重は大河内重元の家から養子として大橋家に入ってあ。

 よって、天皇の一族としての権威を失った大橋氏が新しい権威として織田を頼り、織田信秀の家から

 その娘である蔵を読めとして受け入れたのである。

 たとえ血筋が途絶えたとはいえ、大橋氏は津島にとっては大きな権威であったため、

 織田信秀も娘を嫁に出す価値があった。

 こうして大橋氏は織田氏の軍事的後ろ盾、織田氏は南朝方の名家の権威と津島の財産を手に入れたのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ