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信長物語  作者: 楠乃小玉
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第一話 簒奪

病弱で気弱で歌を愛する神官の織田信秀は、日々、その地域を支配する領主、今川氏豊と連歌の会を楽しんでいた。そんなある日、信秀は持病を悪化させて倒れてしまう。


 「コホッ、コホッ」

  織田信秀おだのぶひでは軽い咳をした。

 「これ大丈夫か信秀殿」

  心配そうに今川氏豊いまがわうじとよが信秀の顔をのぞき込む。

 「申し訳ございません、せっかくの那古野城での連歌会に水をさしてしまって」

 「気にするな、そなたの病弱は誰もが知っておる。何か望むものはないか」

 「恐れながら、外の風に当たればすこし楽になるかと」

 「うむ分かった。城の戸をあけて風にあたるがよい」

 「かたじけのうございます」

  信秀は那古野城の壁によりかかり、戸の外に視線を流した。

  その目尻から一筋の涙が流れた。

 「いかがいたした」

  驚いて今川氏豊が問いただす。

 「いえ、あまりにも夜空の星が美しい故、つい心が震えてしまいました」

 「これは……まことに心の美しい御仁じゃ。 

  これほど可憐ではかない美男子はこの東海廣といえども他にはおるまいて」

  氏豊は信秀のあまりの繊細さに心うたれたのか、少し目を潤ませた。

 「殿、お体にさわります。本日はそろそろ退散いたしましょう」

 信秀の腹心、林秀貞はやしひでさだが語りかける。

 「そうですね、本日はこの美しき星の輝きを心に焼き付けたまま

  床に入ることとしましょう。それでは氏豊様、

 本日は素敵な歌の会をお開きいただき、誠にありがとうございました」

 信秀は深々と頭をさげる。

 「ああ」

 信秀は体勢を崩し、倒れそうになる。

 「あぶない」

 すかさず林秀貞が体をささえる。

 「これはよほどお疲れのようじゃ、本日はもうお帰りなされ」

 氏豊が心配そうに信秀の表情をうかがう。

 「氏豊様はいつもお優しいですね」

  信秀は微笑をうかべた。

  その日、信秀は足下もおぼつかないまま林秀貞に体を支えられながら帰路についた。   



 しばらくして秀貞が回復したとの知らせが那古野城に届けられ、

 喜んだ氏豊は織田信秀快気祝いの連歌の会を開くこととした。


 連歌の会のあとの食事会では伊勢の鮑の煮付けなど

 豪華な食事が振る舞われ、和やかに時が過ぎた。

「ふう、少し飲み過ぎたようです、

 風に当たりたいので城の戸を開けてもいいでしょうか」

 信秀は微笑を浮かべながら氏豊に問う。

 「お待ちください、それはなりません」

  氏豊の家臣が警戒して信秀を制止する。

 「そうですか……それは残念……おえっ」

  信秀は体をふらつかせ、嗚咽しなら手で自分の口を抑える。

 「これ、無粋な事は言うな、信秀殿はお体が弱いのじゃ」

 「しかし、万一外から矢を射かけられましては」

 何を言う、信秀殿は津島の神官ぞ、国の領主でもあるまいに、

 神に仕える者がそのような事はすまいて」

 氏豊に言われ、家臣は唇を噛みながら後ろに下がる。

 信秀は那古野城の戸をあける。

 「ああ、遠くに熱田港の船の明かりが見える。

 風流ですね。あれは今川様の茶葉を乗せた貿易船でございましょう。

 今川様のおかげで尾張にも茶畑が増え、今川様に茶葉を貢ぐことができる幸せを

 尾張の民一同、心よりかみしめております。」

 「どれ、茶葉の船とな」

  氏豊も城の戸に近づく。

 「もっとよく見えるよう明かりを」

 信秀が命令すると、その家臣が手際よくたいまつを持ってくる。

 「そのよな、勝手にたいまつなど用意されては」

 今川の家臣が止めようとする。

 「これ、無粋な」

  氏豊が怒って制止する。

 信秀の家臣がたいまつを窓際に据え、頑丈な革紐で固定する」

 「いつまでも、この太平が続くとよいですな」

  信秀が氏豊に微笑みかける。

 「まことにのう」

 氏豊が微笑み帰す。

 その時である。


 「ああ……」

 信秀の足下がふらつき、その場に倒れてしまった。

 「いかがした信秀殿」

 「ううう……」

 信秀は答えずその場にうずくまる。 

 「これはいかん、誰ぞ床を用意いたせ」

 氏豊は自ら信秀の体を支え、織田の家臣とともに信秀を寝所まで運んだ。

 「はあ、はあ、はあ、苦しい……情けなきことながら、 

 もうこの信秀長くありません。どうか、家臣どもに遺言を……」

 「それは断じていけませんぞ」

 今川の家臣が怒鳴る。

 「黙れ、すぐに織田信秀殿の家臣を城に入れるのだ。

 林秀貞殿が城の外におられるはず。早く」

 氏豊が悲痛な声で叫ぶ。

 「くうっ……」

  今川の家臣が呻く。

 城門が開かれ、信秀の家臣らが那古野城の寝所に駆け上ってきた。

 「はあ、はあ、はあ、氏豊殿、氏豊殿に最期の一言を……」

  信秀は息を荒ぶらせなが絞り出すようにか細い声でつぶやいた」

 「いかがした、言うてみよ」

  氏豊は信秀ににじりよる。

 「この信秀……今までずっと今川様のご慈悲に対する感謝の念を述べてまいりました。

 ……ずっと、ずっと……」

 「ふむふむ、そなたの心分かっておるぞ」

  氏豊が頷く。


 「本当に、本当に今川様には感謝しておりますと言ったな」

 信秀の口調が急に変わる。

 「え」

 「あれはウソだ」

 信秀がニンマリと笑う。


 「それ、者ども、城に火を放つのだ」

  信秀が飛び起きて大声で叫ぶ。

 「えええええええ」

  今川氏豊は驚いてひっくり返す。

 「ぎゃはははは、今までよくも我ら尾張の民を使役してくれたな、

 これからは我ら自由にさせていただく」

「何を言う、今川のおかげで尾張がいかほどに豊かになったか。

 食も十分に与えていたではないか」

 「家畜の安寧などいらぬわ」

  信秀は大声で叫ぶ。


 「うおおおおー」

  城門のほうで叫び声が響く。

 「那古野城はほぼ制圧いたしました」

  林秀貞が血塗られた太刀を片手に持ち、信秀に駆け寄ってきた。

 「貸せ」

  信秀は秀貞から太刀を受け取り、氏豊に向ける。

 「ひいいいっ」

  氏豊は腰を抜かしたままあとずさりする。

「 さて、どうしてくれようかのう」

  信秀は薄ら笑いを浮かべる。

 「ぶち殺して首を城の天守にかかげましょう」

  林秀貞が即答する。

 「い、命ばかりはお助けを」

  氏豊は震えながら懇願する。

 「そうだなあ、クソのような今川勢の中では氏豊殿は一番まともで信仰心もある。

 よくしてもらった恩もある故、尾張追放で許してやろう」

 「誠に殿は甘うございますな」

 林秀貞が顔をしかめる。

 「神に仕える身なれば仕方あるまい」

 信秀は肩をすくめた。

 「はははははは」

 信秀と秀貞はカラカラと笑った。


尾張の英雄織田信秀の元に織田信長は生まれる、しかし、信長は信秀と違い、

周囲が理解できぬ奇行が目立ち、奇異の目で見られていた。

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