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クリーニング屋探偵A  作者: 小田 亜矢希
3/3

小さな夢

8月も10日が過ぎた頃だった。

午前10時の日差しが肌をジリジリと焦がしていく。

しばらく大学も夏休みで会っていなかった美山から、突然、連絡があった。


「もしもし。優ちゃん?」


「おぉ、久しぶりじゃん。」


「あのさ…」


いつになく神妙な声で話す美山の声。

震えてるように感じるのは、電波が少し悪いからであろうか、それとも昨日買ったばかりの帽子が耳を塞ぎ邪魔をしているのであろうか。



「どうした?」


「ちょっと、知り合いのことで相談があってさ。協力して欲しいんだけど。」


やはり、声はいつになく震えてる。

いつも調子のいいことばかり話している美山の、ほぼほぼ初めての本気のお願いを、簡単に断ることは出来なかった。


「とりあえず、いつもの公園で話聞くわ。」


たまたま、北公園近くの本屋に寄って涼んでいたので丁度良い。



「ちょっと待って。今日は北じゃなくて、南公園にしよう。」


電話が切れると察知したのか、美山は急に早口で言葉を挟んだ。


「わかった。」


まあ、どちらもそんなに距離は変わらない。

多少、南公園の方が寂しい感じはするが、いつも小学生が何人かは遊びに来ている。


「みーやーまー」


ベンチに座りながら、自転車でやって来た美山に大きく手を振ったのだか、奴の覇気の無さに思わず、それを振り下ろした。

いつもの馬鹿みたいな笑顔は何処へ置いてきたのだろう。


「優ちゃん。お願い!!」


美山は、唐突に大きな声を上げた。


「何だよ。びっくりすんだろ。」


「俺の従姉妹の女の子が家出したらしくて、今、親戚中で探してるんだよ。まだ、中学3年生で、体も小さいから余計に心配でさ。もし、すぐ見つかった時に大事にしたくはないから警察にはまだ連絡してないんだけど。」


まさか、そんな話をされるだなんて思ってもみなかった。それに、美山に従姉妹が居たことさえ初耳だ。

家自体は案外近いのだが、俺は北公園側に住んでいて、割りと駅前などは栄えている。

本屋やコンビニ、ファミレスなんかがちらほらと健在する。

一方で、美山の住む南公園側は、商店街はあるものの、ほぼほぼシャッターは閉まっていて、あまり詳しくはないが写真屋さんや、総菜屋さんなんかがあったような。うろ覚えでしかない。


美山とは、中学までは別々だったが、おそらくすれ違っていた事は何回もあったのだろうな…という感じはしていた。

そんな、親友の頼みだ。協力しないわけにはいかない。

とりあえず、町内から探すしかないだろう。


俺は、まず中学生が行きそうな場所を探した。

公園、ゲーセン、図書館、少し遠いがショッピングモール。

何処にも、彼女の姿は見当たらない。



二時間程が過ぎ、また南公園へと戻ってきた。


あれ?此処って、大通りを挟んで目の前に千葉クリーニングの駐車場があったんだ。

今まで、大して気にしていなかったから知らなかった。


そんな事を思っていると、裏口から丁度、あす美さんが出てきた。


「こんにちは。」


急に話しかけたもんだから、少し彼女の肩が上に上がったような気がした。


「こんにちは、優さん。どうしたんですか?凄い汗だくじゃないですか。」


「あの、ちょっと人探しをしてまして。」


「人探しですか?」


不思議そうにきょとんとした瞳が何とも可愛らしい。全く年上には見えない。


「はい。友人の従姉妹の女の子が家出しちゃって。」


話始めようとした途端に、あす美さんの視線は俺の肩を通り越していった。



「ひゃっ…、後ろに…」


突然、悲鳴のような高い声を発する。


恐る恐る後ろを振り向くと、背後に美山が立っていた。

全く関係のない、あす美さんに話してしまってマズかったのだろうか。そんな不安が過る。


「ごめん、勝手に…」


「ありがと。店員さんまで話聞いてもらってありがとうございました。」


奴はペコッと一礼した。


「いえ。それより、私も心配です。同じ地区内ですもんね。」



「はい。中学校のジャージで出掛けたと思うと叔母は言ってました。」



「ジャージですか。」



「はい。最近は部活に行くときも常にジャージで登下校してたみたいで。」


スマホに入っている従姉妹の画像を見せながら説明を始める。



「そうなんですね。ちなみに、なに部ですか?」


「吹奏楽部です。」


俺は、その会話を三歩下がって聞いていた。



「もし、私もお見かけしたら連絡しますね。」


「よろしくお願いします。」


美山は、連絡先を交換し、女の子の顔写真を送信した後、親戚から呼び出されたのか、直ぐに家の方向へ自転車を走らせていった。



「俺の親友なんです。よろしくお願いします。」


「はい。もし何かわかれば、すぐに優さんにも連絡しますね。」


「ありがとうございます。じゃあ、これ電話番号。」


「はい。」


ポケットに入っていた、さっきの本屋のレシートの裏に電話番号を書いて渡してきた。



「ちなみに、兄貴とは連絡取ってますか?」


「橙さんとは特に連絡先の交換はしていないので。」


「そうなんですか。わっかりました〜!じゃあ、また。」


「はい。」



ニコリと見送った、あす美さんの笑顔が少しずつ雲っていったことを俺は知らなかった。





夕方になっても、日中に熱気を帯びた地面からはまだ夏を感じる熱が沸き上がってきている。

夕方6時のチャイムが鳴り終わるのとほぼ同時に、美山から連絡が入った。

要件はというと、あす美さんからお店に来るように呼び出されたという事だった。

もうすぐ着くという美山を追うように、俺は急いで自転車を走らせた。


ハァハァハァハァ。

炎天下の立ち漕ぎはさすがにキツイ。


「美山、お待たせ。」


「おぉ。」


やはり、一人ではお店に入りにくかったのか、駐車場の隅の方で待っている美山を見つけた。



チリンチリン♪


お店のドアを開けると、風鈴の音が鳴り響く。



「こんにちは。お待ちしてました。」


いつもの笑顔で出迎える、あす美さん。



「あす美さん、何かわかったんですか?」


顔から首にかけて汗だくの美山に、あす美さんは洗い立てのタオルを差し出す。


「ありがとうございます。」



「お店は6時で閉店しましたので、ゆっくりお話しを聞かせていただけませんか?」


俺たちは、お店の二階へと案内された。



「昔は、ここに伯父と伯母が住んでお店をやってたんですけど、今では二人とも身体が弱くなってしまって力仕事も出来ないもので、お仕事を引退したんです。ただ、私も以前に別のお店でクリーニング業をしていたものですから、だったら此処のお店を継ごうかなと思って今やってるんですけどね。2階は空き部屋になってるんで、良かったら少し休んで心を落ち着かせて下さい。今、麦茶持ってきますね。」



「ありがとうございます。」


あす美さんは、二人を残して階段をかけ下りる。



伯父と伯母が住んでいたというだけあって、ポスターの日焼けの痕や、柱についた傷の痕など生活感のある部屋ではあるが十分に整理整頓がされていた。

畳みもまだ変えたばかりのような、青色をしている。寝ころがったら、い草の香りがしてきそうだ。


「はい。どうぞ〜。」


キンキンに冷えた麦茶を、二人は同じタイミングで飲みはじめる。


「それで、聞きたいことなんですけど。その女の子は、何か家出をするような悩みは抱えてたんですか?」


「いや、そういった話は聞いてないんです。だから、余計に不思議で。まあ、反抗期だから母親とは少し口喧嘩はあったみたいですけど。」


「ちなみに、具体的に何日間家出されてるんですか?」


「先週の金曜日に部活に行ってからだから、今日で3日目です。前にも無断で友達の家に行ってた事があったらしくて。でも、その時は直ぐに友達のお母さんから連絡が入ったらしいんですよ。だから、今回も警察には言ってなかったんですけど…さすがにもう。あぁ。電車で遠くまで行ってなければいいけど

。」


美山は、残っていた麦茶を一気に飲み干した。

グラスの中で氷がカランとぶつかり合う。


「ちなみに、みのりさんって、所持金はおいくらくらいあったかわかりますか?」


「叔母が言うには、金曜日の朝にお昼代を1000円渡したそうです。多分、それ以外は持ってないんじゃないかって…」


「そうですか。」


あす美さんは、再び俺らの空っぽになったグラスに麦茶を並々に注いでくれた。



「ん?何で、あす美さんは、美山の従姉妹の名前知ってるんですか?」


ふと、疑問が浮かぶ。俺も聞いてない情報なのに。



「俺、下の名前は教えてなかったですよね…」



あす美はエプロンのポケットに手を入れた。



「これを見てください。」


差し出された物は、一枚の手紙だった。

淡い水色の花柄模様で少し古風な封筒をしている。


「え?何ですか?」


「読んでみたらわかると思いますよ。」



美山は封筒から、一枚の便箋を取り出した、



【美山 みのりさんへ】


みのりさん。昨日は、大切なお話をしてくれてありがとう。

みのりさんは、毎日、吹奏楽部のために明るく頑張ってくれていますね。

そんな、あなたがご家庭の事で悩んでいるとは全く思ってもいませんでした。

気づいてあげられなくてごめんなさい。

みのりさんのことだから、きっとお母さんに迷惑をかけたくないと思っているのだと思います。

でも、みのりさんが頑張ってる姿を見たら、きっとお母さんも留学の話を理解して応援してくれると思いますよ。

今は、少し壁があるのかもしれないけれど、きっとまたわかりあえる時が来ます。

親子なんですからね。

先生は、みのりさんが毎日一生懸命に練習している姿を見て、きっとあなたなら夢を叶えることが出来ると信じています。

もし、あなたが一人で不安を感じているのであれば、先生も一緒にお母様や、担任の田中先生にお話をさせていただきます。

もちろん、月曜日の面談までに決めてきてだなんて言いませんよ。あなたのタイミングでいいですからね。しっかりと考えてみてください。


では、また明日、部活で待っています。


【大森より】



「これって…」


「実は、金曜日になんですが、一人の女の子が学生服のスカートをクリーニングに出しに来たんです。それで、洗う前にポケットの中に何か忘れ物が入っていないか確認をしていたら、このお手紙が入っていて…」


あす美は、美山から便箋を受けとり、四つに折りながら話はじめた。



「わざわざ、確認をしてるんですね。」


「えぇ。学生さんだと学生証や自転車の鍵だったり、お菓子のゴミなんかがそのまま入ってるってことも少なくはないですからね。」


「なるほど。」


またもや、二人でシンクロしたかのように感心する。


「それで、弟と相談して、本人が取りに来たら返すけど、もし親御さんが来たら返さないでおこうと決めてたんです。とても複雑そうな内容だったので、お母さんの目には触れない方がいいかなって思いまして。」


「そうですね。みのりの母だったら絶対に問いただす気がします。」



「ちなみに、美山さんってお名前、この辺りやお客様の中でも珍しかったので覚えていまして。」



「持ってきた時は、みのりは一人で持ってきたんですか。」


「はい。中学生くらいだと親御さんが持ってくる方の方が多いんですけどね、みのりさんはご自分で持ってきましたよ。きっと、部活帰りだったのかジャージを着てました。」


「そうですか。でも、まだ品物がここにあるってことは取りに来るかもしれないって事ですよね?」


うっすらと、美山の目に光が射したような気がした。



「そうですね。ただ、お仕上がり日は今日だったんですがいらしてないので、いつ来るかはわかりませんが。いらっしゃったら、ご家族が心配されてるということは伝えますね。」


「はい。お願いします。」


「ちなみに、遠くまでは行けないと思いますよ。あくまでも推測ですが…」


「何でですか?」


思わず口を挟んでしまった。


「だって、金曜日の所持金は1000円だったんですよね。クリーニングを出しに来た時に、お会計が594円だったんです。その時の伝票を確認すると、600円出しておつりは6円お返ししてます。その日、部活に行っていたとするならば、400円くらいはお昼代で無くなってしまっていてもおかしくないですよね。」



「なるほど、そうするとバスも電車も厳しいってことですね。じゃあ、どこへ行ったんだよ、みのりは。」


「でもさ、美山の従姉妹って、なんでクリーニングに出す前もジャージで登校してたんだろうね?」



「それは、楽だからじゃない?」



「それだけでは、無いんじゃないかしら。」


「どういうことですか?」


またもや、美山と言葉がシンクロした。



「実は、私もあの中学校の卒業生なんですが、確か文化部の子達は、みんな登下校は制服を着てと決まっていたと思います。運動部はジャージやウィンドブレーカーでオッケーなのに何で〜って文句を言ってた覚えがあるので。

でも、唯一、夏休みの部活の時はジャージでも良いと言っている先生もいたので…まぁ、何とも言えないんですけどね。」


「ちなみに、あす美さんは吹奏楽部だったんですか?」


「いえ、書道部です。」


「ちょっと地味でしょ。」


彼女は先回りして、そう付け足した。


あまりにも、文系のオーラが強いあす美さんにとって、書道部は凄く似合っている気がする。

でも、地味に思われるのが、きっと昔から嫌であったんだろうなというのが汲み取れた。

それほどに早い、「ちょっと地味でしょ」であった。



「だから、あす美さんって字が綺麗なのか。ね、美山。」


「うん。」


俺の褒め言葉に、もう少し共感をしてくれよ、美山。



「でも、もう13年も前の話ですけどね。ただ、叔母さんは最近はジャージで行っていたと言ってたんですよね?」


「はい。」


「と言うことは、みのりさんは、それまではしっかり校則を守って学生服を着て登下校していたということではないですか?」


「なるほど。じゃあ、何でみのりは制服を着てなかったんだ?…クリーニングに出してたから?」




「いや、金曜日に出す前からジャージだったんですよ。ね?美山くん。」


「はい。」



「わあー、頭混乱してきたわー。てかさ、美山とあす美さんって同じ、ちゅー」



「優ちゃん、ちょっと俺さ、叔母さんのとこ行ってくる。もしかしたら何かまだ手がかりがあるかもしれないだろ。

あ、学生服も持って行きます!!すいません。」



美山は、あす美から手紙と学生服を受け取り、急いで階段をかけ下り店を後にした。


「じゃあ、俺も今日のところは帰ります。お邪魔しました。」


いただいた麦茶のグラスをお盆の上に片付け、そっと部屋を出た。


「はい。早く解決するといいんですけどね。」


あす美は、優を見送ったあと、グラスを片付け始めた。



「姉ちゃん。わかってるんだろ?」


そう、台所の柱にもたれ掛かりながら話すのは弟の広樹だ。


「え?なにが?」


「また、そうやって。姉ちゃんっていつもさ、人にヒントばっかり与えて最後の美味しいとこ持ってかれちゃうんだもんな〜。」


腕組みしながら、少し呆れた声で話す。



「何言ってんのよ。クリーニング屋がお客さんのプライベートにまで勝手に入り込まないの!」


「はいはい。」


「でもまあ、家族だから知られたくない悩みもあるよね、きっと。」


彼女は、ふっと真顔になった。



「何?姉ちゃんもあるの?」



「別にないよ〜!あぁっ!でも、美山さんに手紙渡しちゃったけど。」


「まずいじゃん!あいつウッカリして見せそう。俺、電話で止めさせる!」



「ごめん、お願い!!まだ見せてないで〜」


彼女の願いは、おそらく届かない。



そんな中、優はもう一回り公園を見回ってから家路についた。



「そっか。それは心配だな、美山くんも。なかなかその年頃の悩みって打ち明けらんないもんだよな。」


今日は兄貴の方が先に帰ってきている。


「兄ちゃん、実はさ、俺さ…」


「どうした?優も何か悩みでもあるのか?」


「いや、やっぱりいいや。」


「俺で聞けることなら聞くけど。」


両親に聞こえないように配慮したのか、橙は部屋のドアを閉めた。


「あのさ、実は、あす美さんの連絡先聞いたんだけどさ、俺、彼女があんまり女の人の連絡先入れるなってうるさいんだよね。これ、どうしようかなぁって。」


可愛らしいネコ型のメモ帳に書かれているのは、千葉あす美 080-XXXX-X929

LINE ID asuxxx47 だった。



「え?まじで。わー、まじかー、お前に先越されるなんて。」


「兄貴、欲しいんだねこれ。」


「え、あぁ、欲しいです。」


「大事にしろよな〜!」


立場逆転、優はどや顔で橙の部屋を出ていった。


「うるさい。サンキュー。」



「はーい。さ、腹減ったから、ご飯ご飯。」


優は階段を駆け下りていった。

一日中、捜索していたので、昼食を食べることすら忘れていた。


橙は、一足先に夕飯を済ませ、お風呂へと向かう。今日のお風呂は長くなりそうだ。

日頃の疲れを吐き出すかのような溜め息をしながら、湯船へと浸かった。


弟からもらった、あす美さんの連絡先。

面識はあるものの、突然連絡をするなんて迷惑であろうか?

そんなことを考えながら、早30分以上湯船に浸かっていたせいで、指の皮はしわしわにふやけてしまっていた。

その、ふやけた人差し指で慎重に慎重に、LINEの送信ボタンを押す。


1、2、3…8、9、10


よし、既読にはならない。

返事まで少しの猶予があるパターンだな。

そう安心したのもつかぬ間。

あす美から、5分も経たないうちに返信が来た。



その内容は、社交辞令以外の何でもないような言葉が並べられていただけのもので、橙の背中を押すようなものではなかった。


[こんばんは。いつもご来店ありがとうございます。またお待ちしてますね。]



撃沈。そして就寝。





翌朝、美山から一斉送信でメールが入った。

その内容は、従姉妹のみのりが見つかったというものだった。

チバクリの二階の一室を再び借りて、招集された。



「みのりさん、自分で帰って来たんですって?」


「はい。みなさん、大変お騒がせして、申し訳ありませんでした。」


深々と頭を垂れる。


「頭上げなよ。美山は悪くないじゃん。」


今日は、広樹も話に入ってきた。



「いや。全然気づかなかったんです。まさか、俺んちのすぐ隣に居ただなんて。」


「え?」


声をあげて驚いたのは、優だけだった。


「あいつ、本当は吹奏楽部でやってるサックスを極めたいらしくて。留学の話を顧問からされて、本当は行きたいみたいなんだけど、やっぱり母子家庭に育って、ただでさえ苦しい生活の中、サックスを買ってもらえたのだって贅沢で母親に迷惑かけてるって思ってて。それに加えて、留学したいだなんて言えなかったみたいで。」



「中学生ともなれば家庭の事情も理解せざるを得ないですもんね。」



「はい。それで、父親のとこにこっそり来てはアルバイトしてたみたいなんです。

うちの隣の家、小さいけど、弁当屋やってて。俺の親父の弟がさ。あ、おじさんね。

そこで、洗い物とか手伝ってたみたい。

部活が始まるギリギリまでやってたみたいで。だから、最近になってからは、毎朝ジャージで出掛けて行ってたんだよ。」



「なるほどね。1000円もらって、600円でクリーニング出しても、お弁当屋さんで働いてたら食には困んないよな。むしろ、親の所なら安全だし。」


いつの間にか、広樹は座敷にあぐらをかきながら、食い入るように聞いている。



「まあ、でも、母親にはだいぶ怒られたみたいだよ。正直に、留学のこと話して欲しかったって…最後には二人とも泣いちゃってさ。」


言葉が出ない男二人の沈黙を破ったのは、あす美だった。


「それでも、家族ですから。ちゃんと話せる場が出来たことは良かったと思いましょう。」



「もしかして、あす美さんは気づいてたんですか?」


優は、やっと今、その事実に気がつき愕然とした。こうなったら、あす美さんの見解を聞かせてもらおう。



「えぇ、まあ。だって、あの子は確信犯ですからね。」


ニッコリと笑う。


「確信犯?」


「はい。金曜日にクリーニングを出します。早くて日曜日の夕方には出来上がります。そして、翌日の月曜日、まさに今日、三者面談があります。」


「彼女は、しっかり者の母親であれば今日必要な学生服を必ず引き取りに行くと確信していたのでしょう。そして、その時に、店員からポケットに手紙が入っていましたと返却されることまで見込んでいたのではないかと思います。」



「え、でも、実際は、あす美さんは手紙を返さないつもりでいましたよね?誤算じゃないですか。」




「そうですね…正直、渡すかどうか迷ってしまいました。手紙越しに知らされたお母様の気持ちを考えてしまって。余計なお世話ですね。

そして、もう一つの誤算は、みのりさんのお母様は学生服を取りに来なかったということですね。」


「でも、一か八か、みのりちゃんは賭けたんじゃない?ここの店でポケット点検をしっかりしてるのも知ってたから、あんな普段使わないような裏ポケットに手紙を忍び込ませてきてさ。それに反して、クラス章や校章はしっかり外してるんだぜ。ちゃっかりしてるよ。」


広樹は、あぐらを組み直しながら右側の頭部をポリポリと掻いてみた。



「本当に。広樹なら絶対見逃して洗ってしまってたわね。さっきも乾燥機の中から、キーホルダーが出てきたわよ。」


「はい、すみません。ちゃんと確認します。」


「信用問題に関わるんだからね!!」


「まあまあまあ。」


優は、二人の姉弟喧嘩を阻止した。



その後、みのりさんは無事に母親と和解し、海外留学したという。

しかし、その前に父親と彼女が親戚中から酷く叱られたのは言うまでもない。




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