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心を摘む人

作者: 瞳

 私はある女の子の心の中に住んでいて、彼女の心に生える花を摘む仕事をしている。彼女の心の中にある野原には一面に鮮やかな緑の草が生えていて、いつも柔らかい風が吹いている。そこには毎日花が咲き、私はそれらを摘んで花束を作る。


 彼女が笑うとバラが咲く。ピンクや黄色や白、赤やオレンジなど色はその時によって様々だ。彼女が悲しい時や寂しいときは、白くて小さい花が集まったカスミソウが咲く。

 「怒り」の花だけは、他の花と咲き方が少し違う。まずカスミソウが咲いてからすぐ枯れて、そのあと同じ場所にデルフィニウムという青い花が咲く。


 聞いた話によると、その感情によって咲く花は人それぞれらしい。そして、その人の年齢や心の状態によっても変わるのだ。私が住んでいる心の持ち主である女の子の場合、小さい頃は笑うとヒマワリが咲いていた。今は大体バラが咲くが、稀にヒマワリが咲くことがある。それは彼女が恋人といる時が多いように思う。

私は彼女が生まれた時から、彼女の心の中で花を摘んでいる。


私は摘んだ花を束ねて花束を作る。バラの花束、カスミソウの花束、デルフィニウムの花束。それぞれ同じ種類の花をまとめて、美しい瓶に生けておく。私はバラが一番好きなので、バラを生けた瓶を一番よく見えるところに置いておく。彼女はよく笑う子なので、いつもいくつものバラの花束が生けられた瓶が並んでいる。カスミソウとデルフィニウムの花束はその奥に飾っておく。それらの花束もきれいだけど、私はやっぱりバラが好きだ。


 私は野原に種を埋めたり、水をやったり、肥料を撒いたりすることはない。彼女が誰かと笑い合ったり、誰かの胸で泣く時、野原に雨が降り空から肥料が撒かれるのだ。私はそこに自然と咲く花を摘むだけである。


 摘んでしばらく飾った花束を、私は瓶から抜いてある部屋に持っていく。その部屋には多くの花が吊り下げられていて、乾燥させられている。ここでドライフラワーにするのだ。その隣にも一つ部屋があって、そこにはきれいにドライフラワーにすることができた花たちが飾られている。多くの花は乾燥させる過程で色褪せてしまったり、花びらが落ちてしまうのだが、それらは処分してしまう。私は乾燥室を「時間」、その隣の部屋を「思い出」と呼んでいる。

 私は彼女が生まれてから18年間、彼女の心の中でずっとこの仕事をしているけれど、段々ドライフラワーを作るのが上手くなってきて、昔より処分してしまう花が減ってきたように思う。彼女が小さい頃に咲いた花は私がまだ仕事に不慣れだったために今ではほとんど残っていない。


 ある日のことだ。突然、野原が黒い雨雲に覆われた。いつもの穏やかで優しい風が強く冷たい風に変わり、咲いたばかりバラたちを吹き飛ばしてしまった。風は長い時間吹き続け、野原の花は一本もなくなってしまった。私は空っぽになった野原に立ち尽くした。


 しばらくすると、大粒の雨が野原を濡らした。それからまたしばらくして、そこに沢山のカスミソウと数本のバラ、数本のデルフィニウムが咲いた。


 ほとんどがカスミソウだったのでバラが好きな私はガッカリしてしまったが、いつものように花束を作り始めた。カスミソウの花束を作り終わってバラに取り掛かろうとしたのだけど、バラはたったの四本しか咲いていなかったので花束にするには少なすぎた。デルフィニウムも同じくらいしかない。

 仕方ないので二本の白いバラとデルフィニウムを合わせて一つの花束にしてみると、青いデルフィニウムが白いバラを引き立て、今まで見たことのない美しさを持った花束になった。驚いた私は残りの二本のバラもカスミソウと合わせてみたところ、これもまたバラが映え優しい温もりを感じる花束になった。


 この日から、私は違う種類の花を合わせて花束を作るようになった。今までバラの陰に隠れていたカスミソウやデルフィニウムもバラと共に美しく飾られるようになり、「時間」の部屋でも一緒に吊るされている。


 あの日作った白いバラとデルフィニウムの花束とピンクのバラとカスミソウの花束は、それぞれきれいなドライフラワーになって「思い出」の部屋の一番目立つところに飾られていて、私はそれを見るたびこの仕事をできていることに誇りを感じる。

 私はあの日の二つの花束にそれぞれ名前を付けた。「希望」と「愛」である。


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