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尻尾あそび


「じゃんけんぽん! あっちむいてほいっ」


 横縞尻尾が上方向へブンッと動く。


「じゃんけんぽん! あっちむいてほいっ!」


 横縞尻尾が左へブンッと動く。


「玲奈……それ楽しいか?」


「うん、すっごく楽しい。なによりわたしの尻尾ちゃんが可愛いの! アーバルもやらない? 豹の尻尾は長いから遊べるでしょ」


「俺様はやらねぇよ。チッ……こんなのが獣王だなんて世も末だぜ」


 横縞尻尾がピクリと動く。

 バシバシッ、と激しくフルスイングしてアーバルに攻撃したいと訴えている。それをわたしは諫めてあげた。ここで戦うとこいつの部屋の中がぐちゃぐちゃになるからね。

 

 ポットを持つクロゼスにわたしが目配せすると、冷気を纏った視線をアーバルに投げつけている。


「俺の玲奈にこんなのと言っていたな。踏みつけられたいか」


「……いつからわたしはクロゼスのになったの? はぁ……そこのバカ豹を痛めつけてくれたらデートしてあげても良いけど」


「よし」


「うげ……悪い、俺様が悪かった! 頼むからそのデカいだけの尻尾で威嚇してくるんじゃねぇよ! クロゼス、てめぇは鞍替えしすぎだろ! どっちの味方なんだっ」


「玲奈だ」


「ぐ……いでぇっ! 首が締まるッ! 息ができねぇだろっ! この馬鹿力がぁっ!」


 可愛いわたしのアライグマ尻尾は、グーしか出せない。だからわたしがパーを出して勝つ。あっち向いてほいで尻尾ちゃんがフリフリするのを当てるこの遊びは単純だけど面白いのよ。尻尾ちゃんが負けると、ブルブルと尻尾を震わせてスリスリってすり寄ってくれるんだ。いったい何を体現しているって? 負けて悔しい花いちもんめ――もっと遊んでくれって言ってるに違いない。


 クロゼスに淹れてもらった香り高い紅茶をたしなみつつ、窓の外を覗くと雨が降りだした。こんなにドシャ振りでは5番棟まで歩くのは嫌気が差すよね。風邪なんて引きたくないし、アーバルのキングダムとやらに居させてもらいましょうか。約束通り、人間達への待遇改善を考慮してもらえているのか気になるしね。

 

 すると、ドアの外からノックする音がした。

 一応、アーバルをチラ見すると勝手にしろという感じで不貞腐れてるけど知らぬふりっと。


「どうぞ~」


「失礼します……れ、玲奈さん!」


「ひゃっ……ぶへはっ」


 タックルされて、座っていた椅子からひっくり返った。

 横縞尻尾もわたしも、いきなりのことで頭がついていけない。


「玲奈っ! 大丈夫かっ」


 クロゼスが何事かと物騒な空気を醸し出す。

 野獣の力をうかつに出されては周りに死者が出る。わたしは慌てて、クロゼスに大丈夫だと目くばせした。

 

「ご無事だったんですね。アーバル様とクロゼス様に連れていかれて、玲奈さんが殺されるんじゃないかって、わたし、それだけが心配で……」


「真奈ちゃん、心配かけてごめんね。わたしはほら、この通り大丈夫だよ。ピンピンしてるから」


「うん、うん……」


 こんなにも他人を悲しませていたとは不覚。

 どうしようとオロオロしていると、横縞尻尾が任せろとモフッてくれた。


 スリッスリッスリッ


「ふわ、き、気持ちいい……玲奈さん、慰めてくれてるんですね。ありがとうございます……」   


「なんのなんの。女の子は笑顔が一番だよ~。笑って、ね?」


 やっとのことで泣きやんでくれると、真奈ちゃんのお腹がぐうぅと鳴った。そういえばわたしも、朝から何も食べてないんだよねぇ。


「アーバル」

「うっ……」

「お昼にしましょ?」


 さーて、楽しいランチタイムの始まりだわ。



***




 自分たちで田植えした米を収穫し、炊いて食べる喜びを思い出してもらえただろうか。しゃもじで清潔なお茶碗に掬って、できたてほやほやの白米を噛みしめるたびに、家族や故郷の姿を脳裏に描いてくれただろうか。

 

 当たり前だった幸せを再確認できた頃には、アーバルの奴隷達は泣き崩れていた。どうして自分たちがここに居て、奴隷に身を落としているのだろうと。 


 いつだって綺麗な衣服に囲まれていたのに服はボロボロで。化粧だって剥がれて肌や髪も不潔に染まり、耐え難い異臭に目を背けられない。これが現実。いつだって死と隣り合わせだった彼らにやっと訪れた生活改善。歓喜は、大勢の人の口から漏れ聞こえだしてきた。


 死んだ瞳は生気を宿し、自分たちの誇りを浮上させるには充分で、少なくともわたしにはそう見える。元の日本に帰れるかはわからないけれど、彼らにとっては必要不可欠であってほしい。それだけが、彼らが生きる唯一の目標となりえることに光明を見出してもらえるならば、わたしは幾らでもアーバルに願いを乞おう。


 もちっと優しく対処しろとね。

 せめて奴の堪忍袋の緒がブチ切れるまでは、わたしがしゃしゃり出てやろうじゃないか。


「美味しいよ、ほんとうに美味しい……玲奈さん、ありがとう」

「そうだね。とっても美味しいや……アーバルってば出し惜しみしてんじゃないわよ」

「チッ……! ぶげっ」

「マナーがなってないぞ、アーバル。男なら紳士らしい所作を持て」 

「ありがとね、クロゼス」


 だけどそれだけでは、何の解決にもならないことをわたしは知っている。


 アーバルのキングダムだけではない。

 この世界に住んでいる限りは、人間達の身分を改善してもらえなければ不遇の死に遭遇する人々がたくさんいるのではないかと。


 わたしはその先を知るためにも、獣王としてこの世界で生きていこうと心を決めた。

 









 雷鳴が轟く。

 山の頂に立つ城の中、女王は頬杖をついて酒を飲む。


「なんだと、不可侵の獣王とな……」


 白い肌、妖艶なる肢体、尻を纏う尻尾を撫で、スカートのスリットから覗く長い足を組み変えた。


「狸の仕業かえ。わらわの邪魔ばかりしやる……忌々しい」


 右手で握りしめたグラスが砕け散った。

 赤色のワインが手から床へと零れ落ちる。

 

「女王様、いかほどに致しましょう」


「そやつは今どこに居るのか所在は知れておるのか」


「ニンゲン奴隷化施設の2番棟におられますが、すでに何名かの番人が獣王に絆されているとの情報です」


「死んでなお、わらわの野望を阻止するか……憎らしや、狸め……殺せ、名ばかりの獣王を。わらわの野望のために」


 高笑いと雷鳴が共鳴し、いっそう不気味さが漂うキャッスルで、女王は黒い靄を発動させた。新たなる奴隷を求めるために。駆逐するには生易しい――この世界で奴隷として、新たなる基盤をニンゲンに染みつけるため。


 

「女王の御心のままに」


 

 クイーンナイツが動き出した。

 





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