豹達の絶対服従(i) ――デッドオアアライブ――
豹達の絶対服従にアーバルはうろたえ、クロゼスは迷いのない視線をまっすぐこちらに向けてくる。
「馬鹿な……なぜ、豹共が俺以外の奴に服従するんだ……!」
「この娘に靡いているな。だがなぜ……お前の秘密をここでさらけ出せ」
「……しないと言ったら?」
ダンッ! と激しく足を地に踏みつけた。
「――力づくでいく」
「俺様を馬鹿にしやがって……奴隷のくせに! 俺様を怒らせたこと、死ぬほど後悔させてやる!」
肌にびりびり響く怒声に豹達がおびえだす。この子たちの前に躍り出てアーバルをにらみ返すと、激しく歯ぎしりさせていた。
「なに、なんなのそれ……」
筋肉は盛り上がり、上腕の布が軋むとあっという間に破れ散る。この展開は某アニメを彷彿とさせるむちゃくちゃな展開じゃないか。誰に向けて吠えているのかというと、一般ピープルなこのわたし? 冗談じゃない、アーバルの狂った思考をまとめて受け止める力もないっての。けどなぜかな。この状況を喜んでいる存在が一人だけいる。わたしの可愛い尻尾、アライグマな横縞尻尾だ。
「さっさと引導を渡してやるから覚悟しなさい」
スカートの中でロールケーキ状態の横縞尻尾が興奮している。どうかわたしに力を貸してと願いを込めて、お尻付近をもそもそ触った。
「281に何ができる……よっぽど俺に殺されたいみたいだなぁ。なぁ、どうやって殺してほしい、手足を引きちぎってほしいのか、一思いに喉笛を噛み千切ってやろうか」
「どちらもお断りよ。でもね、アーバルの思惑通りにいくと思ったら大間違いなんだから! 尻尾ちゃん、お願い!」
スカートの裾から飛び出た尻尾は、モッフモフになった。
1メートル強の抱きまくら兼、尻尾ベッドにもなってくれる賢くて可愛いアライグマ尻尾だ。わたしの、わたしだけの愛しい尻尾ちゃん。生きるも死ぬも一緒だ。この子がいれば、アーバルとクロゼスなんて怖くない――
「な……な……!」
「獣、王……!」
二人とも、わたしから一気に後退した。
インパクトを大いに与えられたに違いない。
腹を見せて服従を示していた豹達はとっくにこの場から避難していた。よしよし、戦いの場は整ったわね。
「どちらが弱者で強者なのか、ここで決めましょう。わたしは、わたしの可愛い尻尾ちゃんのために戦いを挑むわ!」
命を賭ける覚悟で挑むしかない。
もう、やぶれかぶれだ。
********
――男二人の攻撃を両腕で防ぐわたしってどうよ。
クロゼスの風を切るかのような足蹴りと掌底打ちを、難なく薙ぎ払っている。かかと落としが決まる前に、わたしは体を転がして避ける。その先にアーバルが待ち構えていて、豹の肉球パンチを繰り出してきた。避けた地点を見ると芝生の部分が大きく抉れている。
「お前が獣王とは思わなかった。良いほうに予想を裏切ってくれて喜ばしい……! 楽しい、なぁ、アーバルよ……!」
艶めかしくペロリと唇を舐めるクロゼスに、わたしの横縞尻尾がぞわわと毛並みを逆立たせた。
「クロゼス! 俺はこいつを獣王だと認めちゃいねぇぞ……っ、てめぇ、早くくたばれ!」
「イヤよッ! 地を這う豹の戯言なんて右から左に受け流してあげるっ……戦闘狂のあんた達の方こそっ、世のため人のためにくたばりなさいっ!」
もはや何がどうなっているのかわからない。
わたしの拳から青色の光が迸って、力がどんどん漲っている。
「てめぇの方が戯言だろっ! ちいっ……死ね、奴隷がぁっ」
「遅い遅い、わたしの尻尾ちゃんの方がもっと! 力強いっての!」
わたし、いまどうなってるの。
クロゼスとアーバルの激しい連打を腕一本で弾いている。動体視力が格段に上がって、尚且つお尻の尻尾がモッフモフ状態でフルスイングしてるの。これってすごい爽快すぎる――!
アーバル、クロゼスと接近戦を繰り返して二人の両頬にフルスイングを叩きつけ、みぞおちにそれぞれ一撃を入れると吹っ飛んでくれた。グーパンチいたぁい! はふはふと息を吐いてると、二人は荒い息を吐き出していた。
「ぐっ――! てめぇ、ちょこまかとネズミのような奴だな! 動くんじゃねぇよっ!」
ひょいひょいとパンチを避けて、左足でアーバルのわき腹を蹴りつけた。インドア女子の軽い殴打なのに、アーバルてば大げさだよ。吐血して地面にダウンしているじゃんか。
「はっ……攻撃が当たらないのは、豹としてどうなのかな?」
「俺をただの豹共と一緒にするなぁっ!」
もうこいつの攻撃は横縞尻尾にはかすりもしない。モッフモフな尻尾は、幼子をあしらうかのように適当に弾いてるんだよ。
「さてと、もういいかなぁ」
「なっ――!」
アーバルの首根っこに狙いを定める。
わたしの細腕で掴み上げてやると、動かなくなった。
「首根っこ掴むとじっとするの、猫ちゃんと一緒だね」
「……く、そぉ!」
「次はクロゼスだからね」
アーバルを地面に振り落とすと、息を整えたクロゼスを睨み付けた。すると、口の端を上げてにこやかに笑っている。
「いえ、すでに勝敗は決しました。獣王の意のままに――」
「よっしゃあ、ん?」
傷ついた右手をそっと取られて、舌で舐められている。
「ちょ! ちょっとぉ! あんた何してんのぉっ!」
「忠誠としてキスを贈っています」
キスと頬ずりしてくるなんて、こいつは何を考えているんだろう。
「えっと、わたしのことを認めてくれたんでしょ? もういいから離してよ」
「嫌だ」
「なにこのわがまま!」
ぎゅぎゅっと力いっぱい抱きしめらると苦しいよ。そしたら横縞尻尾がフルスイングをぶちかました。すごいね、尻尾ちゃん。
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モッフモフな尻尾が大好きだから、横縞尻尾をモフモフと両手で抱えていると、クロゼスが惚けた瞳でこちらを見つめているのに気づいた。一体どうしたのかと聞くと、尻尾に触らせて欲しいと頼まれる。しょがないから少しだけというと、丹念に頬ずりされた。
ゾワワアッッ!
横縞尻尾の毛並みが爆発して、クロゼスに往復ビンタした。
「ク、クロゼス、大丈夫~?」
「心配してくれるのか、獣王は優しいな」
「……獣王、獣王てやめてよ。わたしの名前は玲奈っていうの!」
恥ずかしくて背中を向けていると、背後から尻尾ごと抱きしめられた。男性特有の硬い胸板に触れて恥ずかしい。ドキドキして見上げると、優しい笑みでベロチューしてれる――!
「むぅぅぅっ??」
「玲奈、玲奈……」
「ち……獣王の名を呼ばせるとは、それだけで獣達にとっては褒美に入るんだ、しくじったな、2……、玲奈」
わたしの口内を味わったクロゼスから距離をとって、ギロリと睨むとだらしのない笑顔だわ。これが先ほど、死闘を繰り広げた相手なの?
「守ってあげたいメスもそそるが、自分より強い獣王が惚れたメスだなんて、オスとしては手に入れたい象徴のようなもの。玲奈、玲奈」
「あわわ……」
「ところで、アーバルに何か言いたいことがあるようで?」
落ち着いたイケメンボイスが耳に囁かれる。こそばくて恥ずかしくて、慌てて耳を擦った。
「そうなんだよ。2番棟の奴隷達にも少しの休息をあげたげてよ」
「んだとぉ」
「ごはんだって少ないよ。自分たちの食べてる少しの量の食料を、彼らにも分けたげてよ!」
この世界の基準で言ってることはめちゃくちゃかもしれない。でもわたしは現実、アーバルに勝ったのだ。100回詫びても許さないと、地に伏してるときに上から目線で言いつけたのが効いたのか、やけに怯えている。
「俺様が受け持つ2番棟の奴隷達には待遇をよくするように言う。悪かったな、玲奈」
「それでいい。身の程をわきまえてくれる獣は好きよ。アーバルはあと99回謝っても許さないけどね」
クロゼスが先ほどからずっとわたしを抱きしめているんだけど、そのまま睨み付けて要望を告げる。
「クロゼス、あなたは? 棟の番人してないの?」
ほっぺにスリスリ。クロゼスはわたしを抱き枕か何か勘違いしてないか。
「4番棟の奴隷達にも破格の待遇をさせていただきます」
「ちなみにクロゼスて」
「ん……?」
「なんの動物? 丸くて黒い尻尾だよね」
「あぁ、俺ですか。気になりますか?」
「うん。獣化して。みたいな~」
メキメキ、と肌から獣特有の毛皮に変わっていく。クロゼスはヒグマのような熊さんだった。わたしやアーバルよりも倍デカいの。
「ひょ、ひょえぇ……」
「グオオオオォッ!」
クロゼスの威嚇音は凄まじい。
2番棟の全体が大きく響く。
獣化した豹達がかなり怯えて、キュンキュンと鳴いて縮こまっていた。
それに即発された横縞尻尾がブンブン振って、攻撃に転じようとスタンバイしているよ。またクロゼスをぶっ放す気? ダメだと可愛い尻尾をなだめると、モフモフでわたしの身体を守ってくれた。
「クロゼスやばい。リアル熊さんはとっても怖い!」
へっぴり腰で逃げようとすると、わたしの背中を追ってきたクロゼスに抱き寄せられた。あれ、モフモフですな。胸にすり寄ると、大きな舌で顔を舐められちゃう。
「ところで、ここは何番棟まであるの?」
「5番棟だ。1番棟は鳥、5番棟は犬が務める。この棟内全域の奴隷の生活を改善するにはそれぞれの棟の番人を倒さないと、ルールは変えられないからな」
「説明ごくろうさん。わかった、次は5番棟に行く」
とりあえず今日は疲れたから、ひと眠りしよう。眠気眼で歩こうとすると、クロゼスに抱きかかえられて暖かい寝床に連れられた。あれ、もしかしてここで一緒に寝るの? クロゼスはいま、熊さん状態だからいっか。
おやすみクロゼス――って、獣化を解いてやんの! そしてなぜ裸だし! せめて服着てよ。じゃないと一緒にベッドに寝ないから。
イメージイラスト
玲奈
クロゼス