表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

暴虐のキングダム

「ほら来い!」

「ちょ、引っ張らないでっ!」


 両手を突き出すようにくり抜かれた木の板で挟まれ、金具には鎖が付けられて引っ張られた。三番棟の通路を歩くとすれ違いざまに他の人達がわたしを驚愕の瞳で見てくる。


 みんながとっさに庇おうとしてくれた、その気持ちだけで充分だ。


「うっつくしい奴隷愛だな。お前のためにこいつら、俺様に立ち向かってきやがる。いいぞ、死にたい奴からどんどん来い」


 豹獣人の腕の筋肉がパンパンに盛り上がっていく。この状態で暴力されればひとたまりもない。暴虐の限りを尽くさんと立ちはだかる前に、わたしがあらん限りの声を張り上げた。


「みんなに乱暴はやめてよ! このくそ豹……きゃあっ!」


 頬を激しく打たれて床に身体を打ち付ける。

 頭と頬がガンガン痛くて楽に呼吸ができない。なに、この馬鹿力は。


「俺様に逆らうからいけねーんだよ、はい後ろ、ざんねーん!」

「うぐぅっ!」

「ぎゃっはっは! 弱ぇぜ、ニンゲン!」


 豹獣人に蹴られた男の人のそばへと近寄ろうとしても、鎖で引っ張られて近づけない。背後から羽交い締めにされて顎を上向かせられる。抵抗できないのが悔しい。


「奴隷の分際で他人を助ける余裕があるなんざ、てめぇ自分の立場ってものを分かってんのか?」 


「さぁ……わたしは普通の人間だしね」


「早くお前を駆逐してやりてぇ……食べるくらいはいいよな」


「気持ち悪い、それだけは勘弁してよ」


 じゅるじゅると、口からよだれが垂れ流れて気持ち悪い。

 獲物認定されたくないけど奴の気を引くためだ、多少の語弊も仕方ない。


「この単細胞! バーカ!」


「お前をいたぶってから殺すことにする――行くぞ、281」


「何なのその番号、さすがに200人もの奴隷がいるなんてことないわよね……」


「頭文字に2番棟の番号を入れているだけだ。お前は2番棟の81人目の奴隷なんだよ」


「……ふーん」


 舗装されてない砂利道を歩くと痛かった。

 足の裏が切れようが豹獣人はおかまいなし。

 わたしの前を歩いていた二人の女性も足の裏が痛そうで、つまずいていると打たれている。


「ちょっと、無意味な暴力はやめなさいっ」


「281、良いから!」


 でも、と続けようとしたけれど。


「私達は慣れてるから、おとなしくして……」


 二人の女性は口元が切れている。

 身体が震えているのに、どうして。


「200と280は懸命だぜ、命拾いしたな」


 わたし達がしばらく歩くと、目の前に巨大な建物がそびえ立つのが見える。あれが2番棟? 周りに有刺鉄線が張り巡らされて、外からも内からも容易に出入りすることは難しそうだ。

 


「暴虐のキングダムにようこそ、281。せいぜい長生きしろや」


 

 


***



 中に入るととても静か。

 硬質の床を歩くと向こうから誰からが近づいてくる。


「よう、クロゼス」

「アーバル、会議に出ないとは何事だ。お前はいつもだらしないぞ――」

「俺んとこにまた、奴隷が増えちゃってさ。餌が増えて喜ばしいだろ?」


 黒の軍服を着た長身の男が、わたし達の姿を見て呆れた表情をする。


「ふん、こいつらを見て羨ましいとでも俺が思うか? 汚らわしい奴なんてこちらからお断りだ」


「だとよ、お前らには味方なんていねーから希望を持たないほうがいいぜ?」


 豹獣人が気軽に話す黒髪の男、もしやこいつも獣人か? 

 長身の男を凝視すると、丸くて短い尻尾が見える。

 ウサギかクマの獣人かもしれない――と、横縞尻尾があざ笑うかのように、小さくくすりと笑った。侮辱すると正体バレるからおとなしくしてほしい。


「――?」

「どうしたクロゼス」

「気のせいか。この身に神聖な空気を感じたような?」


 目を丸くした豹獣人がクロゼスの背中を軽快に叩きつける。


「くっはっは! この暴虐のキングダムで神聖な空気だぁ~? 朦朧する年には早すぎるぜ、クロゼスよ。あとで俺の執務室にこい。酒でも馳走してやるぜ」

「ふん、飲んだくれめ。で、新人のそいつは……」

「こいつは最下層に入れる! クロゼスも暇つぶしにこいよ」

「あぁ……」


 家畜を引っ張るようにして、わたしはアーバルに最下層へと連れていかれる。牢屋の番人に言い、カギを開けてわたしを乱暴に床へと蹴り転がした。


「いたぁ……」

「お前の仕事は獣化していない豹の体を綺麗に水洗いすることだ。それとブラシで毛づくろい――おい200、明日は豹共の場所へこいつを連れていけ」


 コクリと頷くショートカット女性の瞳に感情が見えない。それを訝しんだクロゼスは、腕を組んでアーバルに問う。


「ネコ科の豹は水を毛嫌いする……なぜそんな仕事をさせるんだ」

「豹達がこぞって281を襲おうとするからさ。こいつはすぐに餌になるだろう、時間も省ける」


 ニヤニヤ笑いが気に食わない。

 ロールケーキ状態の横縞尻尾も、ブルブルと小刻みに震えて怒りを抑えている。


「それがあんたのやり方ってわけね……」

「お前は俺のお気に入りなんだ。楽に死ねると思うなよ? 甚振ってから殺してやる」


 アーバルの高笑いが棟内部に響く。

 わたしは今日から、奴隷でも一番扱いの悪い下層に落とされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ