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隣の客はよく喋る客だ

 ディップが納める奴隷3番棟に客人が現れた。豹獣人が奴隷美女を侍らせて、アポ無しで応接室へと土足で入ってくる。ソファにどかりと座り込んで、二人の美女を両手に花状態で体を無理やり寄せていた。嫌がる女性になんてことを。


「おいそこの奴隷、俺をもてなさんか」

「え? わたしのこと?」


 ディップにご自由にお寛ぎくださいと言われてたから、応接室を掃除してただけなんだよ。もしかしてわたし、奴隷に見られている? この立派な印が目に入らぬか――って、そういえばアライグマ尻尾に普段はロールケーキのように丸まっててねと言ってたんだよな。


 でも窮屈なら、たまには尻尾もあくびや背伸びもしてねとは言ってあるんだよ。嬉しそうに尻尾をフリフリしてくれるんだから。


「お前だ、なぁ、200と280?」

「お、仰せの通りでございます……」

「は、はい、ご主人様の言う通りでございます」

「そうだろうとも。さぁ、俺が怒る前に茶をさし出せ」

「はぁ……少々お待ちを」 


 しょうがない奴めと、わたしが厨房に行くと料理人達が大騒ぎしだした。

 

「これはこれは、レイナ様。そろそろクッキーをお持ちしようかと思っておりました」


 大和撫子な女性のナナコさんは、わたしと同じ3番棟の奴隷だ。ぼろぼろの布切れを着せられていたものを、ワンピースタイプの服の上にエプロンをして、すっかり可愛い看板娘のようだ。


「ナナコさん、実は、2番棟から豹獣人がやってきたの。ディップに用事だと思うんだけど、先に茶を出せってしつこくて」

「まぁ、それでレイナ様に? 私がお持ち致します」

「いえ、私なら被害を最小限に防げるかもしれないので、大丈夫ですよ。それと、敬語やめてくださいね。ナナコさん」

「え! で、ですが」

「同じ日本人じゃないですか。ナナコさん、お願い」

「……ありがとう、玲奈。あなたが居なかったら、私達は今でも劣悪な環境に身を置かれていたのに……」


 涙ぐんで手を握られた。

 まぎれもなく、この人も犠牲者だ。


「これから先を生きることだけ考えましょう。まずは、あいつにお茶とクッキーを用意してもらっていいですか?」

「もちろんよ。このトレイに乗せて、持っていってもらえるかしら」

「ラジャー!」

「ふふ、玲奈ってば可愛い」

「て、照れますな……ふわぁ~、ナナコさん良い匂いぃ」


 ナナコさんのふわふわの胸元って、なんでこんなに良い匂いなんだろう。くんくんと匂いを嗅いでいると、嬉しそうに笑ってくれた。


「お菓子作ってたからね。さ、用意できたわ。玲奈、厨房にまた来てね、いつでも待ってるから!」

「うん、千鶴ちゃんと一緒にまた来るよ! またね、ナナコさん」

 

 四角いトレイの上にクッキーの入ったお皿と紅茶を四人分乗せて、わたしはもと来た道を戻る。他の日本人たちも窓拭きや床拭きしたりと勤勉で、わたしが会釈だけするとみんなが笑みを返してくれる。やっとまともな生活を送れるようになったんだ。豹獣人に命を脅かされてたまるもんかってんだ。


「失礼します……」

「ふん、遅い、遅すぎる! こんな程度の低い奴隷しかいないなんて、3番棟の奴隷もマシなのいないな!」


 こいつのおめでたい頭を叩きつけたい。しかし今はおとなしくしないと、お供している二人の女性が巻き込まれるかもしれないのだ。


 口は災いの元だと脳内リピートを繰り返してお茶を差し出すと、ショートカットの女性が震える手で紅茶のカップを受け取ってくれた。あれ、手がブルブルと震えてる。紅茶の入ったカップがスローモーションでひっくり返っていくのを、わたしは止めることもできなかった。


「きゃあっ!」

「あちぃぃっ!」


 ショートの女性はドジっ子なのか、ありえないミスをしでかした。豹獣人の太ももに熱い紅茶をぶちまけて、クッキーをひっくり返してしまう。


「す、す、すみません!」


 ショートカットの子は床に跪いて許しを乞うた。

 頭をこれでもかと低くしているその上に、あろうことか豹獣人は足蹴にして踏みつけている。


「この、くそアマがぁっ! 奴隷の分際で、奴隷の分際でぇぇっ!」


 ギロリと血走った目が女の子を睨み付けると、もう一人の女性も体を震え上がらせる。


「お、お許しを! この子はまだ、子供です!」

「子供だろうが関係ねぇっ……俺様に口答えするなぁっ!」


 バシッと頬を叩かれて、ロングの女性が床に崩れ落ちた。

 その様を見せられて黙って見ていられない。

 

「このクソ豹、さっさとその臭い足をどけろ!」


 どこからこの低い声を出せるのか、わたしでも不思議だ。けれど今、怒りに身を震わせているだけにはしたくなくて、咄嗟に豹獣人を跳ね飛ばした。


「何をする! てめぇ死にてぇのか」

「死にたくはないよ。でもあんただけの手には掛かりたくないね」


 ゆらゆら、と横縞尻尾が臨戦態勢に入ろうとした。フルスイングでこいつをぶちかますことはできる。でも、それでは根本的に解決することは不可能なのではと思い至った。いまここでこいつに当たっても、こいつが治める2番棟内にいる人間達を救うことはできないのでは?


 上手くいけば、もしかしたら棟内を巡れるんじゃね? とナイスアイディアを思いつく。



「俺の手に掛かるのは嫌だぁ? そーかそーか、それは良いことを聞いた。お前、3番棟から2番棟へ移れ」

「はぁ~?」

「お前は! 俺様が! 直々に調教するって言ってんだよ!」


 悪くない展開になってきた。

 そうだ、そうこなくては、他の人間達を救うことなんてできない。

 3番棟はわたしの命令がつつがなく行き渡るようにしたんだ。ディップには獣王の怖さを重々と骨の髄まで叩き込んだからね。


「さぁこい! てめぇだけは冷たく硬い、いっそう凍える部屋をご用意するぜぇっ!」


 今度のターゲットはこいつに決まりだ。

 調教したと思えば良い。逆に調教されてると気づいた時には、自分の愚かさを知ることになるだろう。


 誰に背いて唾を吐き付けたのか。


 死んでも死にきれないくらいの嘆きと悔みを吐き出させて、さらなる畏怖を叩き込んでやる。低頭平身、百回詫びてもまだ許さない。


 わたしの異世界ライフの目標が一つ決まった瞬間だった。





***





「ふー、会議も楽じゃないブヒな」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとディップ~~!」


「なんだブヒ、千鶴のくせに……ごほん、どうした、獣王がらみか」


「当たってるんだったら早く対処しなさいよ! この脳無しブタ!」


「俺、これでも番人なんだけどブヒ。最近俺の扱いが酷くないかブヒ?」


「そんなことより、玲奈よ! 玲奈が、玲奈が、豹獣人に連れ去られちゃったのよ~~!」



 ガクンガクンと体を揺さぶられて、そうかそうか、あの豹獣人にな、と数秒だけ思考が止まった。



「な、な、なんだって! アーバルに連れ去られたってブヒ? おま、そんな、獣王が?」


「私、玲奈についていこうとしたら、シーッてされたの。玲奈は、一人で解決しようとしてるんだよ!」



 くらりと崩れ落ちそうな千鶴をなんとかソファに座らせて、思案する。



「二番棟には豹の獣人と獣が多数いるんだブヒ。そんな場所に俺が助けに入れるわけない」


「あんた豚獣人だもんね。逆に獲物として狙われるわよね」


「何度も言うが、この世界では尻尾の大きさで全てが決まると言ってるだろう。俺の尻尾では奴の長い尻尾に勝てるわけないブヒ」



 ちょろりとした尻尾が可愛いすぎて勝負にならない。

 けれど玲奈の横縞尻尾なら? 


 

「逆転した主従関係が見れるかもしれんブヒな……いや、玲奈様だからこそもっと違う方向へ向かうやも……」



 獣王が支配するこの国を、見てみたいと思ったディップだった。



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