尻尾だけの唯一の華。咲かせてみせます、あなただけを ――獣王は主が大好き――
モフっとした横縞尻尾に意思が存在すると誰が知る。たぶんそれは、未だに誰にも知りえない。以前の主だった狸だって尻尾を褒めさえこそすれ、語り掛けてきたことなんざない。
今回もそうだろうか。
でもなんだかこの子は違う。
だってこの子は、わたしという存在を認めてくれた唯一のヒト。
笑ってもいいんだよ。
悲しかったら、泣いても良いんだよ。
わたしに喜怒哀楽があっても良いって、暗闇から語り掛けてくれた唯一のヒト。
わたしを見て欲しい。
わたしだけを、欲して。
限りない欲求が形となり、わたしは唯一の主を見つけた。
玲奈が、わたしを認めてくれる。
玲奈が、わたしを大きくしてくれる。
玲奈が、わたしを主張してくれる。
玲奈が、わたしをそのままでいいんだと声をかけてくれた。
尻尾は思う。
この子のために獣王となろう。
悪でも正義でもいい。
玲奈を柔らかな揺りかごの世界で笑っていられるように。
「横縞尻尾、あなたを枕にして寝ても良いかな」
可能なことを告げるために、尻尾をモフッと膨らませてすり寄った。玲奈が気持ちよさそうに寝てくれる。横縞尻尾は玲奈の役に立つのが大好きだ。どんなに疲れていても、玲奈のためにモフモフ感をアップするのを忘れない。
「いいな~、玲奈に尻尾があって。うらやましい」
そうだろう。
相思相愛の主と尻尾がこんなに仲良しだなんて、きっと自分たちだけではないだろうか。
玲奈の友と呼ぶ千鶴と言ったか。この人間なら、崇高な存在の横縞尻尾を触っても害はないだろう。存分に触るがいい。特別に許す。モフモフしても良いんだぞとモフッとさせた。
「うひゃ、気持ちいいなぁ、玲奈なんてもう、夢の世界行ってるし」
友といえど、主の睡眠の邪魔をするな。
起きたらわたしとの触れ合いが無くなっちゃうじゃないか。
――というか。
本来、わたしの尻尾を触っても良いのは玲奈という主だけ。幾ら慣れた友人といっても、獣王と呼ばれるわたしの尻尾に慣れた手つきで触るというのは本来許しがたい行為なのだぞ。分かっているのか……分かっていないのだろうな。イライラしてもしょうがない。この世界に来たばかりの人間に獣王とか言っても分からないんだから、ここは我慢だ。
怒ってフルスイングなんかしたら、主の友人を怪我させてしまう。尻尾である自分が玲奈に怒られたくなんてない。それだけは避けたかった。
「ふふ、モフモフだねぇ……あっ、ディップ」
「お前、獣王の尻尾に触れるのはそれくらいにしておけブヒ」
「何でですか」
「獣王とは本来、不可侵の存在だ。誰にも汚すことのできない、獣たちを統べる尊い存在。俺達が逆立ちしても手に届く存在じゃないんだブヒ」
この豚獣人、自らの立場というものを弁えている。
ディップがわたしに触ろうものなら、フルスイング十発は覚悟してもらわねばならないことくらい、肝に銘じてくれていそうだ。
「このアライグマ尻尾が獣王?」
「主と尻尾を合わせて獣王と呼ぶ」
「へ、へぇ~。このモフモフがねぇ」
可愛さと強さ、モフモフ感を兼ね備えた尻尾はわたし以外にありえない。わたしは、玲奈の枕になりつつフンとそっぽを向いた。
「玲奈に」
ん?
「尻尾が生えても、玲奈は玲奈だと思う。きっと、ずぅっと玲奈だよ」
……主は、主のままであれ。
「だよね、アライグマ尻尾」
願いは一緒か。
わたしはモフモフっとしておいた。
「獣王は、何を思っておられるのか」
玲奈が嬉しいとわたしも嬉しい。
玲奈が悲しいとわたしも悲しい。
わたしは、彼女の当たり前の世界をもっと知りたくなった。
わたしが思うことは、玲奈のことだけ。
玲奈がしあわせになれるなら、世界のコトワリさえ変えてやるとモフモフッと膨らんでみせた。