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繋がる絆

 ここに連れてこられた次の日から、私達ニンゲンは強制労働というものをさせられていた。岩を運んで建物や川を渡る橋を増設するなど男は力仕事、女は料理に洗濯、掃除を割り当てられる。泣き言などはご法度で、少しでも嫌がる素振りを見せると叩かれて罰せられる。血が出ようが出まいがお構いなし。傷の手当てもされぬまま、何日も放置されると傷だって化膿する。

 そこで出会った労働者達はみな、現世で生活していた地球人達だ。彼らからの情報によると、あの黒い靄が現れてここに落とし込まれたらしいのだ。私達同様、この世界で奴隷のように働かされる。

 恰幅の良い男性がブタ獣人に反撃しようにも、手も足も出なかったらしく跳ね返された。いわく 「知性の生まれた我らの方が、支配するにふさわしい」と、反論も許されない感じだったらしい。


 何がどうしてこんな逆転生活を送らなければならないのか。

 彼らの誇るべき尻尾に秘密があるとのこと。

 どんなに小さな尻尾でも所持していれば生活の保証が許される。ただし、作り物ではなくリアルガチな尻尾でなければならなくて、毛皮アクセサリーでは簡単に見破られるらしい。


 じゃあ、わたしのこのモフモフ感あふれる魅力的な尻尾はなんだ。


 アライグマの横縞尻尾がフリフリ。

 マッサージしてもモフ。

 頬ずりしてもモフ。

 イジワルして爪で少しピンと弾いても、もっと構ってくれとモフモフアピールしてくれる。


 ほっこりなごんでいると、他にも癒されている人達がいて嬉しかった。それに、他のブタ獣人にも、アライグマ尻尾を拝んでくれるのでとてつもなく恥ずかしい。せめて少しのモフ具合を確かめさせてあげると、彼らはみなブヒブヒ鳴きながら狂喜乱舞していたから、これは使えると思った。覚えておこう。


 そして、ディップとの勝負の朝。

 わたしはというと、ストレッチしたり体を動かしていた。

 それと横縞尻尾を上手に動かせるのかなと思い、素振りしたら拙いながらも動いてくれる。違和感があるのかと思いきやそうでもなく身体に馴染んで、いつも以上に体が快適だ。

 

「玲奈、なんだか嬉しそうだね」

「うん。なんだか勇気をもらえる感じするんだ。この子のおかげだよ」 


 横縞尻尾が嬉しいと私も嬉しい。

 私が嬉しいと横縞尻尾も嬉しい。

 ブンブン振り回していると少し疲れた。

 でも、労わるように撫でてあげると嬉しそう。モフモフ感がアップして頬ずりしてあげたら、さらにモッフモフになった。


***


 牢屋から、別の部屋に私と千鶴ちゃんは移動した。

 そこの部屋は固いゴザとは一転、フカフカのベッドが二対あって、わたしと千鶴ちゃんは疲れた体を休めていたのだ。清潔なシーツがあって、毛布があって、当たり前だった過去の幸せに二人して泣いた。


 待遇が改善されたのは横縞尻尾のおかげだろう、わたし達を見る険しい目つきが幾分も和らいで親しまれているのを切に感じる。


「おはようございます、玲奈様。お食事とお着換えをお持ち致しました」

「あ、ありがとう」


 ブタ獣人の女性が白くて清潔な服を持ち込んでくれたので、有り難く頂戴した。これは私の分だけなので、ディップとの勝負に勝てたら千鶴ちゃんや、他の人達の分も要望を伝えてみたい。


「着替えたわ。じゃあ、あいつのとこに連れてって」

「仰せのままに、獣王様」

「獣王?」

「本能で決して抗えぬ、主さまのことでございます」


 ブタ獣人の女性がニコリとほほ笑んでくれたので、私と千鶴ちゃんは恐れおののいてしまった。ここに連れてこられた当初は、私達人間に恐喝していたブタ獣人の一人だったからである。大きな体をユッサユッサと動かして、今にも私を突き飛ばしそう。

 

 でも、それがされないのは何故か。


「あの、獣王様」

「?」

「ほんの、ほんの少しだけ、尻尾を触らせて頂けないでしょうか」


 巨体を震わせて懇願する様子に、私と千鶴ちゃんは顔を見合わせる。ブタ獣人の彼女を見ると、今にも泣き出しそうなので頷いたら、飛び上がるように大喜びしてくれた。


「では失礼します」

「どーぞ」


 今こそ横縞尻尾の魅力を使うべし。

 頭領のようにドンと構えて堂々とした出で立ちとなれ。厳しい風に吹かれて高い壁に突き当たっても横縞尻尾は我が道を行け――そんな願いを込めて横縞尻尾を彼女に見せると、感極まって泣き出した。


「うぅ、嬉しすぎます、獣王様、ありがとうございます!」

「う、うん」

「あぁ、他の仲間達にも獣王様の尻尾を見て頂きたいわ。あぁ、私ごときに幸せをありがとうございます」


 ドン引きの千鶴ちゃんとわたしは手をつないで、建物の外に出た。ここに来た当初は雑草が凄かったけど、わたし達人間が草抜きしたためきちんと手入れがされている。草につまずくことなくスムーズに歩けた。靴が無いから慎重に歩く必要があったけど、要らぬ心配に終わりそうだ。

 

 牢屋のある建物から少し離れた場所にある建物に入ると、ディップがわたし達を待ち構えて椅子に座っていた。わたしを見ると、頭を下げて挨拶してくれる。



***


「……玲奈様のお考えは変わらないようで?」

「当然よ。わたし達の奴隷環境を変えて欲しいわ」


 横縞尻尾が勇ましくブンッと一振りした。

 その動きにブタ獣人のディップが慄く。


「その尻尾は、女王にあだなす狸のものだったはずだ。なぜ玲奈が、いや、玲奈様が」

「そんなのわたしに分かるわけないでしょ。でも、この子がいま、言いたいことだけは分かるわ」


 は……と、ディップが息を呑む。

 そんな奴を横縞尻尾はあざ笑うかのように、モッフモフッと毛並みを膨張させた。


「な、そんな、高潔すぎる……それではまるで……」

「獣王、なんでしょ」

「それは、くぅ……」


 はなから勝負にならない――横縞尻尾はブタ獣人の小さな尻尾を見つめてはさらに大きく毛並みをモッフモフに格上げさせた。これ以上ない崇高さ。横縞尻尾は、横に振り回しても縦に振り回してもオールラウンダーに攻撃できると、自らをアピールしている。


 獣王の性質を受け継いだわたしと横縞尻尾は、上から見下ろす立場にあるのだ。わたしは、ディップの小さなプライドを砕くためにここにいる。


「えーと、勝負するんだったわね」 

「は、い」 

「何で優劣を付けるつもりか聞いてもいいかしら」


 勝負なんて、わたしに勝てるわけない。

 けれど上から目線で聞かねばならないのは、獣王たる所以のせい。とはいっても、わたし自身が本当に獣王なのかは分からないのに。


「わたしと殺し合い、するつもりだったの?」

「い、いえ、そんなつもりは!」


 ブタ獣人のディップはすでに膝を床につけている。

 頭は低く、絞り出した声が硬い。

 それなのに、壁に掛けられた二本の真剣がわたしの心を苛立たせる。


「真剣で勝負するつもりだったの、あんた、わたしをバカにしてる?」

「いえ! 玲奈様をバカにするつもりなどは微塵もありません!」

「獣なら獣らしく、尻尾で勝負なさい。わたしは逃げも隠れもしない。さぁ、立って」


 わたしの白いワンピースからはみ出した横縞尻尾はすでに臨戦態勢だ。ビンっと硬く引き締めてフルスイングさせると、毛並みを爆発させている。それを見たディップときたら、荒い息を吐き出してブヒブヒ鳴きだした。


「ま、負けました……」

「では、千鶴ちゃんや、他の人間達の奴隷を止めさせて」

「お、俺の権限では無理です、すみません」

「なんですってーー!」


 爆発した横縞尻尾がディップ目掛けてフルスイングした。

 打ちのめされたディップだが、涙を零しながら喜んでいる。


「今までどおり、労働はしてもらいますが部屋と食事の改善はさせていただきます。なんせ、獣王の願いなのですから」

「着替えやお風呂もよ。少しの自由もあげたげて」

「じ、自由ですか。それは少々難しい――ぐえっ!」

「できるの、できないの?」

「小一時間の休憩なら、自由を持たせます!」


 これが奴の限界らしい。

 わたしはディップの掴んでいた胸倉を離した。


横縞尻尾はアライグマの尻尾です。玲奈のためにモフモフ感をアップさせました

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