異なる世界に触れるとき
友人とカフェでお茶した後の帰り道。
交差点を歩いていたときだった。
「ねぇ、なんか暗くない?」
「ほんと、あの影、飛行船かな。なんかのイベント?」
空を見上げていると、影がどんどん大きくなる。
街を飲み込みそうな勢いで拡がりを見せ、やがて暗さだけが際立った。横断歩道は青と赤が繰り返されて車同士が衝突し、街灯にトラックが衝突してひん曲がっている。
動けない私の腕を慌ただしく掴んで、友人が歩道まで走り連れていってくれると、さっきまで立っていたその場所では玉突き事故が多発していた。そこに、動物らしきものが倒れている。猫か犬、もしくは狸がぐったりして横たわっている。
「な……」
「玲奈、とりあえずあのコンビニまで走ろう!」
「うん!」
二人で走って店内に走り逃げると、すでに多数の人達でごった返していた。エレベーターに乗っているかのような、下に引っ張られる感覚をじわじわと感じる。それが怖くて千鶴ちゃんの腕をぎゅうと握りしめていた。
船酔いをしたかのように気分が悪く、いつの間にか眠っていた。
***
「……れいな、玲奈……」
「う……いたた」
「玲奈、大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないかな。うーん、腰が痛い。千鶴ちゃんは大丈夫?」
「私は大丈夫よ……ねぇ、玲奈。それより、ここ見て」
「な……」
巨大な鉄の牢屋の中に、私達は閉じ込められていた。
「何の冗談なの。出して、ここから出して!」
「うるせーぞ、そこの女。ヤられてぇのか」
「!」
染めているのか、白髪で先端が赤色。目つきが悪く、睨まれると身体が硬直してしまう。でもそれ以上に不思議に思うのが頭のてっぺんにある耳だった。アクセサリーでも付けているのだろうか。皮レザーの上着とズボンを着用して、指輪とピアスを派手に付けている。チャラい見た目が軽薄そうに見えた。
「家畜の分際でじろじろ見やがって。お前の両目、くり抜いてやってもいいんだぜ?」
「か、ちく……?」
ブヒヒと笑う男に嫌悪感が募る。
「そ、お前らニンゲンて、尻尾もねー糞みたいな存在だろ。俺、一度でいいからペットにしたくてさ」
牢の外から腕が伸び、私の首元を絞めていく。
息苦しさに顔をしかめて、離れようとすると舌なめずりされた。
「この中のニンゲン好きにしてもいーって、女王のお達しなんだ。俺、お前にするわ」
「な、にを」
「ペットだよ。ペット」
「わたし、を……? そんなこと無理よ」
「無理じゃねー! そら、死にぞこないもここ入れよ」
扉を素早く開けて何かを放り投げられた。
道路の真ん中で倒れていた動物だ。
「煮るなり焼くなり好きにしろ。お前ら狸鍋とか食べるんだろ?」
「それは、一部の人が」
「女王にあだなす者には鉄槌が下される。こいつは見せしめだ。そら、鍋の用意してやったから」
こんな状態で鍋を持ち込まれても、誰も動ける者などいない。高笑いしながら蔑む男の目が、否応にも記憶の中に残る。
***
「……あの男のうしろ姿見た?」
「わかんない。千鶴ちゃん、何があったの?」
「くるんと巻かれた尻尾だよ。あれはなんて言ったらいいのかな、豚の尻尾に近いよ」
「ぶ、豚? あいつの尻尾? そーいえばブヒブヒ言ってたね。気持ち悪い……一体何がどうなってんの」
倒れたままの狸は、意識が朦朧としているのかフラフラだ。限界が近いのかもしれない。でも鍋に入れたくなんてない。どうにかしてやりたいけど私が何かできるわけでもないし、じぃ、と眺めているだけだ。
「……お、ねが、い」
か細くて小さい声だと聞き取れない。
わたしは狸を膝に乗せた。
「こ、この子喋ったよ。ね、千鶴ちゃん」
千鶴ちゃんは口をぽかんと開けて狸と私を何度も見比べる。
「喋るって何のこと? 私には玲奈の言ってる意味が分からないわ」
震える狸はわたしにしか聞こえない――?
「お願い、わたしの尻尾を……」
「え、なに、なんなの?」
ふわふわの尻尾に触れたとたん、狸から光があふれ出す。
周囲の人達も光に驚いて私を注視していたら、誰かから声が聞こえた。
「あなた、尻尾が」
「え?」
服装からしてコンビニ店員さんだ。
もう一度聞き直すと、ゆっくりと教えてくれた。
「気づかないの? お尻、触ってみて」
「……ふわふわしますね」
「じゃなくて! 玲奈、あんたのお尻から尻尾が生えてんのよ!」
「なんでーーー!」
私の絶叫に驚いた牢番たちが、私の尻尾を見て目を見開いた。鉄の棒越しに縋りついて何やら拝まれているのは気のせいか、潤んだ瞳から涙が流し始めた。
「お、おい。なんてデカくて尊厳に満ちた尊い尻尾なんだ。俺、あんな立派な尻尾を見たの初めてだぜ」
「お、俺もブヒ。あぁ、触れてみたい」
ブヒブヒ泣く男達に、わたしは戸惑いを隠せない。
ここに来た当初は、汚い物でも見るかのような蔑んだ瞳で暴力的だったのに。
「何の騒ぎだブヒ」
「あ、ディップ様。見てくださいよ、あの見事な尻尾を! 俺、あんなデカいの初めてで」
「……お前、いや、あんた名は」
「玲奈よ」
「チッ、玲奈様だけはここを出ることを許可する」
「待って、千鶴ちゃんも!」
「ダメだ。俺より尊い尻尾を持つものだけが俺に命令できる権限を持つ。そこの女や、人間を救い出したいなら……」
ジャラリと鉄の鍵を見せつけられる。
「俺と勝負して勝つことだ」
「分かったわ」
「明日迎えに来る。お前達、今夜はこいつらに普通の食事をとらせろ」
「はっ!」
いつものジャンクフードではなく、あたたかいリゾットとパン、キノコスープを人数分運び出された。こんな人並みの食事は久しぶりだ。他にも捕らわれていた人たちの分もあり、今夜だけはお腹いっぱいになった気がする。