93.あとどれだけの漫画の完結を見届けられるのかわからない中年
割烹でも書いていた漫画、
『ここは今から倫理です。』
の最終巻が少し前に出た。
最後まで作者が頑張って何かしらを勉強しながら伝えようとしている努力がわかる良い漫画だったと思う。中高生の図書室に置いてよいタイプの漫画。でも主人公が喫煙者じゃあ今のご時世に許されないか。
あの頃(2017)の予想通り数年前にはメディア化(ドラマ化)もされた。こちらは未視聴。
丁度あの頃は、割烹でも色々書いていたけど個人的に色んなことに敏感になっていた頃なので、1巻を読んだときにより深く刺さったのを今思い出している。1巻の漫画の内容よりもあとがきに惹かれたというか、わかり味深くて泣いたというか。
“『ここは今から倫理です』本編自体よりもあとがき。
エッセイに書いたことがありますけど「はやく死ななきゃ(使命感)」ってなるんですよね。
死ぬことが唯一やるべきことのように思考も身体も動く状況。迂闊なことは書けませんけど、死にたいって思うのとはまったく別もんやよねって。
なればわかるけど、そこまでなった人は大体生きてないでしょうから、理解は広まらない。“
というのが2018年の割烹に書いていた一言。念のためか何のためかはわからないけれど、割烹で消した文章は大体残しているので再利用できる機会があってよかった。
何かもっと多くを書いていた気がするけど割烹ではなくてエッセイのどこかだったろうか。この頃はまだコロナ以前で酒に頭をやられる前なので、本当に、単純に、脳がそういう方面のことばかりを考えていた時期でもあったのだろう。
割烹で書いたことかエッセイで書いたことかは思い出せないけれど、このあとがきの中のことについて言及した記憶がある。
それは自死が眼前に来ている人間が多くの『言葉』を求めることについてだった。この現象には身に覚えがあり、不意に涙が流れるような事態に陥った。これについては「なった奴にしかわからねえ」というようなことも書いた記憶がある。
残念ながら今生きている僕には、当時の僕の心情がおそらく完全には説明できない。ただ、どこかに救いや慰めを求めていたことだけはあからさまにわかる。あの頃に拾った言葉の幾つかが今でも僕の中でも強く残っているのは、何か心が頼れる拠り所が欲しかったのだろう。
今はもうわからない。猫がいるから僕も生きないとならないのがより辛い。




