81.今年
エッセイか割烹か。
どちらで書いたか覚えてはいないが、僕は風物詩やらイベント事やら祝日祭日やら季節感やらを無視して生きてきた。なので、これを書いている大晦日現在もそうである。ついでに書けば時代や流行りを無視して見たくなったものを視聴するし、聞きたくなった曲を鬼リピする。今は、ついさっきなんか思い出したコタニキンヤの曲なんかを聞いている。
それはさておき。
今年はコロナ感染以降はまるきり読書が出来ていなかった。大げさでもなく、話を盛っているでもなく、本当に頭が拒否しているレベルだった。
それが今月くらいからか、ようやく治りかけているかもしれない、という状態まで回復している、と思う。1時間集中して読めていた自分に感動すらあった。小説ではなく読み易いエッセイだったからかどうかはわからないが。
一番恐ろしいなと感じたのは、週刊少年ジャンプすら数回に分けないと読めなくなっていたことだろうか。1回読むごとに休憩が必要となる。ワンピ読んでヒロアカ読んであかね噺読んで、ここで15分くらい休憩挟んでウィッチウォッチ読んでアオのハコ読んでまた休憩、みたいな。
元来ならジャンプを読むのに休憩なんか必要なかった。読み始めれば読み終わるまで集中してしまったものだ。いい歳して。いい歳してアオのハコでやきもきしてるほうが問題かもしれない。
集中力以外で弊害があったのは記憶力かもしれない。
買った物を忘れてまた買ってしまう、というのはまだ全然マシなもので、「待ち合わせを忘れる」どころか「約束自体を忘れる」までいっていた。お前それ久々に再開したRPGとちゃうんやぞと。
こんな状態だったということを理由にストレスが増して、酒を飲む量が増えた。
僕が何かを書いているということは今この早朝の時点でも飲んでいるという話で。しかも昨夜の内から。もはやアル中の域になっている。身内に病院を勧められているので来年は行くかもしれない。もうね、酒を飲むくらいでしか現実を忘れられないおじさん。
コロナに感染した人が全員同じ後遺症を持つわけではない。なんの影響も残っていない僕の姉のような人間もいる。一方で僕のようにまったく誰にも知られずに、後遺症でダメな人生が余計勢いよく狂っていく人間もいる。
こういうことも人生のガチャ的な運と言ってしまえば、その通りすぎてもうね。さらに酒が進む。




