78. シン・コ□ナ後遺症
前置きは書かない。
書けない、が正直なところだ。
数ヶ月前に僕はコロナに感染し、その後遺症が数週間で終わると思っていた。
その認識が甘かったという話だ。
生きる上では支障はないが、これまで通りにいくかというとそうでもない。
そんな感じになっている。これを支障があると言うのかもしれない。
僕はコロナに感染して以降の数ヶ月、まともに本が読めないでいる。
どういうことかというと、文字はなんとか追えるが集中力もなく、記憶にも感情にも結び付けることができない。何を読んでいても「文字」にしかなっていないし、読み続けることができない。非常に疲れるし、頭が拒否感を出してくる。
僕がこれまで読んだ本を記憶しているかと言えば、そんなことはない。けれど、読んだ直後から数ヶ月はそれなりに内容も覚えていたし、印象的な文章は記憶に留めていられた。
そういったことが出来なくなっている。
これがどれほど恐ろしいことか、どれだけの人に共感されるかはわからない。
けれど「文字を書く側」ないしは「クリエイター側」として立つことのある人ならば、「新しい何かを摂取することが不可能になった状態」というのがどれだけの恐怖かを理解できるかもしれない。
はっきり言えば、酔っているときに書くことにしているこのエッセイや割烹の文章すらもしんどい状態だ。
感染以降に書いた割烹とエッセイが極端に短かったり、誤字脱字だらけだったりするのは、実のところ酔っているからではなく、文字がきちんと読めていないし、文章を認識するのが難しくなっていたからだったりする。集中力の低下もなかなか影響あるのだと思うが。
2023年9月現在、世の中からコロナはもう、とても軽視されていると感じている。それでも、感染したらその影響というのは個体差に依るものなので、やはり軽視はしないほうがいいと、今の僕はここに書いておく。




