74.『PC蛾ぶ壊れた』とかいう古のネットスラング
表記ぶれあり。
面白いと噂があればどんなジャンルにも手を出すが、はっきり言って『ホラー』が苦手である。
驚かされる演出が苦手である。エッセイにはいつか書いていたと思うが、僕は大きい音がとにかく苦手な人間だ。聴覚過敏というやつ。
台風とか強風とかマジ無理なおじさん。急に大きな声や音で驚かされるとかなりきつい。中年のおっさんがびくって椅子から飛び上がってる。
これが外出先で自身の精神に危険なほど驚くとなると、他者・対象に手(暴力)がでかねない。そういう事件はわりと起きているよなぁ。
それに加えて元統失だったり不安障害気味だったり、重度鬱状態経験済みのせいだったり、「しらふ」での幻覚や幻聴の状態といったものを経験済みなこともあり、不安や恐怖を煽ってくる視覚的な刺激にもとても弱い。
これがどういう理屈か健常な方にも説明すると、精神状態があまり良くない場合に視えてしまうイメージは、鮮烈な場面や不安をかきたてる場面といったものが多い。そういった場面は自分ですら忘れていた動画や画像や、ホラー映画やスプラッタバイオレンス映画で見たことのあるシーンなどが浮かび上がる。一部界隈で超有名な『コワすぎ!』シリーズとかジャケットが一番怖いまである作品だが、それでも刺激となる。いや、『コワすぎ』は中身はクソ笑えたり面白かったりするんですけどね。
日常生活で視界にそういったものが突然ダブって見えて、これまたびくっとしてしまい、他の方から不信の目で見られたりする。個人的にはシャワーの途中で眼球の表面をGが這い回っている画がいきなり視えてしまうのがなかなかきつい。そのせいでヒゲを剃っていたカミソリが鼻の真ん中を切った経験がある。それくらい、映ったものが自分の妄想か現実か稀にわからなくなる。いや、病気なだけですこれは。
そんなわけで『ホラー』は読んだり視聴はするが苦手なジャンルだ。たまに面白いものも見つけられるから止めはしない。どの程度なら自分の負担にならないかってラインもさすがに出来ている。いい歳なので。
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こんなことを書いておいて今更だが『ホラーとは?』という疑問がある。
恐怖心を煽るのがホラーなのだというのはわかる。
現代では幽霊やら呪いやらといったものはファンタジーのジャンルにすぎない。そんなものは無いと科学的に出されている。想像の余地はあるかもしれないが、信じていない者にとってはギャグみたいなものだ。
モンスターパニックであっても存在しない生物はファンタジーのジャンルに含まれるし、ゾンビパニックではスプラッタバイオレンスという要素が肝となる。グロい映像はそれだけで恐怖心を煽るかもしれないが、徐々に耐性がついてしまう。そもそも臓物なんて人間誰しもがついている。
残った「結局怖いのは人間だよね」という「ヒトコワ」な流れであっても、それはもうサイコサスペンスというジャンルが存在している。現実問題として人間以上に怖いものは存在しない。
自然災害や交通事故よりも見知らぬ隣人のほうが恐ろしいし、現実として何より怖いのはお金が 無いこと──と書きたいところだが、僕は無職を長期間経験して路上生活履修済みとしても言うが、やっぱり人間が一番怖い。他人がいなければ安全で、他人が居なければ人生は幸せだ。金や法が一番怖いというのは問題の根源に人間がいることまで踏み込んでいない。人間がいなければ金銭という価値基準も法律という判断基準も存在しない。話が逸れてる。
では現代における純粋なホラーとは何か? となる。結局驚かせるだけがホラーなのかと。驚かせるにしても大きな悲鳴と怖い画像ばかりだ。
現代の人間には恐怖というものすら、もはや共通の対象がなくなってしまったのだろうと思っている。
根源的な恐怖を求めたラヴクラフトの発想も現代ではファンタジービジネスだ。なにより自死の多いこの国では「死」よりも怖いと感じる恐怖の対象が多過ぎるわけで。
近年──ここ10年前後で国内ホラーよりもエンタメにふった作品が増えた。映画も漫画も小説も。今後を考えて多くは語らないけど。僕が気になるようになったようなことは、クリエイターはとっくに気がついていたという話だ。純粋なホラーなんてとっくに求められていないし、物足りなくなっている。




